西遊霊界喜劇(さいゆうれいかいコンメディア) ~GO!THE WEST!~

月偲織 慧泉明

序章、或いは魁。

 ……ここはどこだろうと少女は薄く目を開ける。どうやら眠っていたようだ。……どこで?……わからない。何だかふわふわした物の上に体を横たえている。ふわふわ。ふわふわ。急に何だか、何だか可笑しくなって、少女はふふっと小さく笑う。そして、寝返りを打ってみる。

 寝返りを打ってみると、そこには見知った顔のもう一人の少女が眠っていた。やがて、その少女もゆっくりと目を覚ます。愛しさがこみ上げて来るのを感じる。目覚めた少女はしばらくこちらを見つめ、そして微笑むと、

眞魚まお

 と呼びかけて来た。

 思い出した。眞魚まお。それが私の名前。そして目の前の少女は――

「はい、みかど様」

 眞魚も微笑む。

 二人は共に手を伸ばし合う。そしてその指先同士が触れ合い、




 眞魚の前に、三人の少女がひざまずき、こうべを垂れている。眞魚がよく知る顔の三人だ。三人とも、もうすぐとおになる眞魚と同じか、やや上くらいの年頃に見える。

 三人の内の一人、首輪を着け、身体からだ中に鎖を巻き付けた少女に眞魚は声をかける。その頭には、何やら犬の耳の様なものが生えている。

夜光桃やこうとう

「はい」

 声をかけられた少女は顔も上げず目も開けずに答える。

 眞魚は、これが夢である事に気付いた。眞魚がこの三人を呼び捨てにする事はない。

 夢と気付いてなお、夢の中の眞魚は別の眼鏡を掛けた少女に向かって声をかける。

玻璃檸檬ハリー・レモン

「はい」

 声をかけられた少女は先の夜光桃やこうとう同様に顔を上げず目も閉じたままだ。どことなく無機質な雰囲気を漂わせたこの少女は、動かなくなるとまるで彫刻のようだ。

 最後に残った三人目の少女に、眞魚は声をかけた。

瑠璃林檎るりりんご

 瑠璃林檎るりりんごと呼ばれた少女。美しい黒髪に褐色の肌、ひたいには金色こんじきのサークレットが光輝いている。

 彼女は、 顔を上げ、

 目を




「……!…………しさん!」

 ………………???!

「……さん!おさん!」

 眞魚は目を覚ました。今度は夢の中ではない。それが証拠に両肩を掴まれ揺さぶられている自分を認識出来る。掴んでいる相手は──

 目の前で、先程の夢の中で『瑠璃林檎』と呼んだ少女が悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて覗き込んでいる。

「目ぇ覚めたかお師さん!」

 眞魚は軽く辺りを確認する。東の空がほんのりしらんで来てはいるが、まだまだ暗い。

「……何かありましたか……?」

「まぁな!!」

 その言葉を聞いた瞬間、眞魚の警戒レベルが一気に上がる。

金苺かなめ号と夜光ちゃんと玻璃ハリーちゃんは無事ですか!?何事ですか!!?」

「え?!あ、あぁ、別にそんな大袈裟おおげさな事でもねぇんだ、ははははは……」

 よくわからないが、瑠璃林檎の歯切れが悪い。改めて辺りを見回してみると、瑠璃林檎以外の仲間が見当たらない。いつもは玻璃檸檬ハリー・レモンが引いている荷車が置かれているばかりである。

 眞魚達一行は昨日さくじつの夕暮れ時に森の中の開けた場所を見つけ、そこで野宿したのだが、眞魚が眠りにつく直前までは確かに全員揃っていた筈である。

「瑠璃ちゃん?」

 眞魚が瑠璃林檎に詰め寄る。

「いやぁ………………」

 観念した瑠璃林檎が語るところによれば、眞魚の愛馬である金苺かなめが行方不明になり、夜光桃やこうとうと玻璃檸檬が探している最中だという。もうすぐ日が昇るので、太陽光が嫌いな瑠璃林檎は棺にこもるから、荷物番を頼もうと眞魚を起こしたのだった。眞魚は呆れを通り越して、もはや何を言っていいのかわからない。

 そうこうする内に、いつの間にやら瑠璃林檎の姿が見当たらなくなっていた。

「………………………………」

 眞魚は小さく溜め息をくと、気を取り直し、先程まで自身が使用していた簡易テントを片付け始める。

 目覚めたら愛馬が行方不明という、なかなかの緊急事態にもかかわらず、この少女は妙に落ち着きを払っている。楽天的な性格なのか、或いは、仲間を信じているのか。



 ほど無くして、泥と草葉にまみれた少女と芦毛の大きな馬が森の奥から現れた。夜光桃と金苺である。夢の中と違い、夜光桃が頭に布を巻いているのは、犬の耳の様なものを隠す為だろうか。

 金苺は眞魚に気付くと、ばつが悪そうに顔をそむけた。この金苺という馬は、中に人が入っているか、何者かが馬に化けているのではないか?と思わせる様な仕草をちょくちょく見せる。

「……お師匠様、瑠璃林檎あのバカは……!?」

 問い掛ける夜光桃の声と表情には、疲れと怒りが入り交じっている。怒りはかく、夜光桃が疲れを見せるのは珍しい。眞魚は夜光桃の身体中に付いている泥や草葉を払い落とす。

「…………難儀なんぎでしたか……」

 思わず出てしまった眞魚の小さなつぶやきに、夜光桃は過剰に反応した。

「いえいえいえいえ!これしきの事、全然ですよ全然!!少し、ほんの少しおなかいたってくらいのもんですよ!?」

 夜光桃は、眞魚に心配をさせた事がたまらなく悔しかった。そんな夜光桃を見て、眞魚は自分の思慮のいたらなさに気付き、其れを恥じて謝りそうになったが、思いとどまった。謝ればきっと、夜光桃を更に悲しい気持ちにさせてしまう。

「…………少し早いですが朝餉あさげにしましょうか。今気付きましたが、どうやらわたくしもお腹が空いているようです」

 眞魚のその言葉を聞いて、夜光桃はほんの一瞬考えた。そして、何やら呟き始めたのだが、眞魚の耳には届かない。

「冗談?いやいや、御気遣い?え?え?」

 夜光桃が戸惑ったのは、彼女には眞魚の物言いが何だかとても面白かったからだ。勿論眞魚に相手を笑わせようなどという意図など無い。とっさにではあるが、夜光桃を気遣ったつもりで発した言葉である。

「ふ……くっ………」

 吹き出しそうになる夜光桃を、不思議な表情かおで見る眞魚。そこではたと気付く。玻璃檸檬がまだ帰っていない。

 玻璃檸檬は金苺と夜光桃が戻って来た事を知らず、未だどこかを捜索しているのだろう。不憫ふびんに思い、こちらから捜しに行こうかと迷って夜光桃と金苺の方を見遣みやると、一人と一頭は揃って空を見上げている。

「…………?」

 彼女達の視線の先にあったものは………………高い場所に浮かぶ少女だった。

「………………玻璃ハリーちゃん?」

「……ですね…………」

 朝焼けで赤く染まる空を背景に、どのような能力ちからを用いているのか、玻璃檸檬が宙に静止していたのである。いや、よく見ると、静止ではなくゆっくりと時計回りに旋回しているようである。

「…………あの様な事が出来たのですね……」

「そうですね…………」

 少しの間、二人の思考が止まる。その時、金苺がいなないた。その声に反応して、玻璃檸檬が眞魚達の方に視線を向ける。

「…………………………金苺・確認」

 玻璃檸檬は誰にも聞き取れない声で呟くと、下降を開始した。

「……蒲公英たんぽぽの綿毛……くらいでしょうか…………?」

 玻璃檸檬の様子を眺めていた眞魚が、一人言の様な問い掛けの様な言葉を洩らす。

「え?あ、あぁ、玻璃檸檬あいつが降りて来る速さの事ですか?まぁ、そんな感じですかねぇ……?」

 二人がそんなたわいも無い会話を交わしている内に、玻璃檸檬は無事、着地した。

「御苦労様でした、玻璃ちゃん」

 眞魚が玻璃檸檬をねぎらう。

「……はりー・問題無し」

 無表情で答える玻璃檸檬に眞魚は微笑む。其処そこに何やら思う所があったのか、夜光桃が割って入った。

「そうだお師匠様、此度こたび何があったのか聞いて下さいよ、瑠璃林檎あのバカ、何をやらかしたと思います!?この近くにですねぇ……!」

 一気に捲し立てる夜光桃の鼻先を、眞魚は人差し指で軽く押さえた。

「ふ、ひゃ?」

 戸惑う夜光桃に微笑む眞魚。

「……事の顛末は朝餉の後に……いえ、朝餉を頂きながら聴こうと思います。さあ、皆で用意しましょう」

「はりー・了解」

「え、あ、はい、それでは…………」

 玻璃檸檬も夜光桃も眞魚の指示に従い、朝食を作るべく行動を開始した。金苺の嘶きを聞きながら、三人は各々手を動かす。程無くして、慎ましい鍋料理(?)が出来上がる。

「お師匠様、こちらへどうぞ」

 夜光桃に促された場所に眞魚が腰を下ろす。

がとうございます、夜光ちゃん」

 会食が始まった。其れは彼女達に取って、嬉しく楽しい大切な時間。食事が終わったならば、彼女達は又今日も旅に出る。



 西へ。西へ。



「あ、お師匠様、金苺の頭に!」

「まぁ」

 何時から其処そこにあったのか、金苺の頭に蒲公英の花が一輪乗っている。当の金苺は其れに気付いているのかいないのか、何やら咀嚼そしゃくしながら二人の方に顔を向ける。其の様子が可笑おかしくて、眞魚と夜光桃は共に吹き出した。

「……………」

 そんな二人を無言で見詰めていた玻璃檸檬だったが、ふと視線を荷車の上に移す。其処には小振りな深紅の柩があった。

「………………」

 無言で見詰め続ける玻璃檸檬。眞魚が、夜光桃が、金苺までもが其れに気付く。はて。玻璃檸檬の視線の先を、一同が見遣る。



 本の少し、柩の蓋が動いた様な気がした。



































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