27

 時刻は 18:00 を過ぎたところだった。まだ日は沈んでおらず周囲は明るい。ぼくらを乗せた UFO改めF-35Bはあっという間に石崎上空に到達した。現在、高度は約千メートル。ぼくは機体に半径五百メートルの円を描かせて待機していた。


 めちゃくちゃ静かなフライトだった。エンジン音はおろか風切り音すら聞こえない。そして、いくら急旋回しても全然Gがかからない。まるでスピーカーをオフにして自分の部屋でフライトシミュレーターをやっているようだった。


 八幡神社の手前の交差点、堂前どうまえ広場には、既にいくつかのキリコが並んでいる。空の上から見るのは初めてだった。


「すごい……キリコを上から見たの、初めてやわ……めっちゃエモい……」


 シオリもすっかり感動している様子だった。


 "エキゾチック物質は機関砲の砲弾として装填してある。弾数に制限はないが、急激に消費すると生産が間に合わなくなるので注意することだ"


 ぼくの視界の片隅に「神」からのメッセージが表示される。なんだかフライトシミュレーターのチャット画面みたいだ。ちなみに本物のF-35Bの機体には標準で機関砲は搭載されていないが、この機体にはあるようだ。


「了解。目標以外を誤射してしまう可能性は、本当にないの?」


 スマホにマイク付きイヤホンを接続し、音声入力できるように設定したので、いちいち指で入力しなくてもよくなった。今、ぼくの右手は操縦桿、左手はスロットルレバーをそれぞれ握っているので、そうせざるを得なかったのだ。もちろん時々誤認識されることもあるが、よほど致命的な間違いでもなければぼくはそのままにしておいた。


 "その通りだ。エキゾチック物質は負の質量を持っているため、正の質量をもつ通常物質とは衝突せずに反発する性質がある。それも考慮に入れて弾道を計算し照準を表示しているから、照準を目標に合わせて発射するだけで命中するはずだ。それに、例え目標を外れたとしても、エキゾチック物質は3秒ほどで崩壊して消滅するから問題はない"


「了解」


 よかった。ぼくはそれが気がかりだったのだ。祭の人ごみの中に向かって機関砲弾をぶっぱなすなんて、一歩間違ったら大惨事になってしまう。


 "そろそろワームホールが大量発生する頃だ。視認の上、銃撃し処理せよ"


「了解。だけど、ワームホールはどうやって見つければいいの?」


 "ワームホールの存在は重力レンズ効果で検出できる。私の視覚認知能力では不可能だが、お前たちならできるはず"


「……」


 ぼくはマイクをオフにする。そうしないとシオリやヤスとの会話も「神」に伝わってしまうのだ。


「ヤス、重力レンズ効果ってなんだ?」


「ワームホールの周りの風景が歪んで見える現象だよ。大きな重力場の近くは空間が曲がっているから光もそれに沿って曲がって進む。レンズみたいにね。それが重力レンズさ。基本的に、宇宙にあるブラックホールも重力レンズから見つけるんだぜ」


「へぇ……」


「しかし、これだけ明るければ分かりやすいと思うけど、この先日が沈んでしまったら見つけにくくなるかもな……ああっ!」


 下をのぞき込んでいたヤスが、いきなり大声を上げる。


「どうした?」


「あったぞ。あれ、そうじゃないか?」


 ヤスが指さす方を見ても、ぼくにはワームホールらしいものは見えなかった。


「え? どこ?」


「いや、だからさ、あそこだって!……あれ? なんだ、これ……」


 ヤスが不思議そうな顔になる。それがなぜか、ぼくにもすぐ分かった。


 ぼくの視界に、細い白線で囲まれた小さな正方形が現れたのだ。たぶん彼の視界にも現れたんだろう。その正方形の意味は、ぼくには明らかだった。


「これ、TDボックスだよ。目標を示しているんだ」


 そう。TDボックス(目標指示Target Designationボックス)。戦闘機の索敵システムが見つけた機体を示すマーク。フライトシミュレーターでもおなじみだ。


 そうか。今、ヤスが索敵システムの役割を果たしているんだ。そして視線入力で目標をロックオンして、それがぼくにも見えている、ってことなんだろう。


 ようし。さっそくやってみよう。


 スロットルレバーのスイッチを操作し、武装アーミングリストから機関砲キャノンを選択。とたんに、視界に照準レティクルマークが現れる。機体を操り、ぼくはそれをTDボックスに重ねる。


「フォックス・スリー」


 コールと共に操縦桿のトリガーを引く。機関砲の発射音はなかった。だが、ぼくの目には確かにエキゾチック物質の弾丸がレティクルめがけて飛んでいくのが見えた。そしてTDボックスが、ふいに消える。目標は消滅したようだ。


「ふぅ……撃墜スプラッシュ、って言っていいのかな?」


 ぼくは額の汗をぬぐう。


「やったな、カズ!」ヤスだった。「ところで、『フォックス・スリー』ってなんだ?」


「ああ、戦闘機パイロットが機関砲を発射する時に言うコールサインなんだ。ちなみにレーダーホーミングミサイル発射が『フォックス・ワン』で、赤外線ホーミングミサイル発射が『フォックス・ツー』。アメリカ空軍と日本の自衛隊ではこうだけど、アメリカ海軍は微妙に違うらしいけどね」


「……やっぱカズ兄、オタクやわ」


 声に振り返ると、シオリがジト目を送っていた。あわててぼくは応える。


「べ、別にオタクでもいいじゃん! そのおかげでこういうことができるんだからさ!」


「こいつ、とうとう開き直りやがった」ヤスも呆れ顔だった。


「うるさいなあ。それはともかく、ヤス、お前視力いくつ?」


「自慢じゃねえけど、両目とも 2.0 だ」


「マジか。ぼくは両目とも 1.2 なんだけど」


「ウチも両目とも 2.0 やよ」シオリだった。


 なんと。意外だった。そういや伯父さんも伯母さんも眼鏡かけてないし、この二人の視力がいいのは遺伝なのかも。


「分かった。それじゃ、ワームホールを見つけるのは二人に任せるよ。見つけたらしばらくそれを見つめるだけでロックオンできるから。そうなればぼくにも分かる」


「OK」と、ヤス。


「了解やよ」シオリも応える。


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