28

 19:30。かすかに太陽の光が見えるけど、もうすっかり空は暗くなっている。だが、石崎奉燈祭はようやくキリコが動き出し、盛り上がってきたところだ。そして、その灯りのおかげで暗くなってもワームホールが見つけやすい。これにはとても助かった。


 ぼくらはワームホールを見つけ次第銃撃して消滅させまくった。意外に広い範囲にわたってワームホールが発生していたため、F-35Bの機動性が実に役に立った。やっぱりこの機種を選んで正解だったようだ。


 そして、次から次へと生まれていたワームホールが、だんだん見つからなくなってきた。念のため和倉から田鶴浜、七尾の中心部まで飛び回ってみたが、どこにもそれっぽいのはないようだ。


「ふう。どうやら任務終了コンプリートミッションってところかな」


 ぼくはもうすっかり仕事を片づけた気持ちで二人を振り返るが、ヤスはまだ心配そうにキョロキョロしていた。


「うーん……まさかなあ……」


「どうした、ヤス?」


「うん。なんかさ、ワームホールのできる場所が、だんだん高くなっていったのが気になってさ……ひょっとしたら……ああっ!」


 いきなりヤスが大声を上げたので、ぼくはビクリとする。


「ど、どうしたの?」


「あ、あれ……」


 その一瞬後、ヤスの言いたいことはぼくにもすぐに理解できた。そして、それはとてつもなく恐ろしいことを意味していた。


 ぼくの視界の左上に、TDボックスが現れたのだ。思わず見上げると、TDボックスの右側で月がぐんにゃりと歪み、消えた。しかしそれも一瞬のことで、TDボックスの左側から再び歪んだ月が現れ、元の姿に戻る。


 それでおおよその大きさが分かった。そこにあったのは、もはや直径数十メートルほどに成長してしまった、ワームホールなのだった。


「ちくしょう……思った通りだ……」ヤスが悔しげな顔になる。「今までおれらは下ばっかり気にしてて、上は全然見てなかった……だけど、おれらの上にだって、ワームホールができる可能性はあったんだ……くそ……すっかり見落としてたな……」


「だ、だけど、ここは高度六百メートルだよ? それ以上の高度にあるワームホールだったら、それほど問題なくない?」


 ぼくがそう言っても、ヤスの表情は相変わらずだった。


「それが下に降りてこないっていう保証はないんだ。それに、これ以上大きくならないとも限らない。今は夜だから見えないけど、朝になって明るくなったら、みんなの目にも見えるかもしれないぞ。そしたらきっと大騒ぎになる」


「……」


 確かに、それはまずい気がする……


「そもそも、ワームホールはみんな消滅させるのが、おれらの任務だったろ? だったらアレも何とかしないと」と、ヤス。


「で、でも……あれだけ大きいと、消滅させられるかどうか、分からないよ……」


「とにかくありったけの弾丸をぶち込むしかないな。ただ……そうなると、問題なのは……弾丸を連射している時間、機首をそれに向けるわけだから、下手したらこの機体ごとワームホールに突っ込んでしまうかもしれない、ってことなんだが……」


「だったら、遠くからホバリングして撃つか?」


「3秒しか弾丸がもたないんだ。近づかなきゃ届かない。だけど、ホバリングしたまま近づいたら、ワームホールの重力場につかまっちまう可能性がある。あれだけでかいと重力場も無視できないと思う。動いていれば振り切れると思うんだが……」


「……分かった」


 ぼくは機体を旋回させ、針路を180度変える。


「どうするつもりだ?」と、ヤス。


「このままワームホールに向けて直進。射程距離に入ったら全弾一気に発射し、その後ワームホールをギリギリで回避する」


「……分かった。お前の腕を信じるよ」


 ヤスの声を背に、ぼくは真正面のTDボックスを睨みつけた。照準がそれに重なる。射程距離外を示す×マークが……消えた! レンジイン!


「フォックス・スリー!」


 トリガーを引き続ける。弾丸の連なりが目の前の目標に吸い込まれていく。残弾数ゲージの数字がみるみる減っていく。200……100……ゼロ!


 いつの間にか、真っ黒なワームホールが目の前に迫っていた。


「!」


 とっさにぼくは操縦桿を押す。こんな時は地球の重力を利用できる、下に逃げるのが一番速いのだ。


 だが。


 完全には避けきれず、ワームホールの縁にキャノピーの上部がかする。その瞬間。


「うわっ!」


 ぼくの体がふわりと浮き上がる。とっさに操縦桿とスロットルレバーを掴むと、体はそれ以上持ち上がることなく、元の座席に戻った。


 しかし。


「きゃああっ!」


 シオリの悲鳴に、振り返ると……


 彼女の姿が……消えていた……


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