10

「!」


 ぼくたちは顔を見合わせる。同じ文字はシオリやヤスにも見えているらしい。


 神、だって……?


 どうにも信じられないけど、会話は成り立っているようだ。ぼくは入力を続ける。


『邪魔してるつもりはない。お前こそ何をしているんだ?』


 "私は、ただ私自身を落ちてくる爆弾から守りたいだけだ"


『爆弾から守る? どうやって?』


 それに対する答えは、ぼくを戦りつさせるものだった。


 "爆弾をここに転送する"


 なんだと? ぼくたちを殺す気か? やめろ! 絶対にやめてくれ!


 そのまま入力すると、しばらく経ってから、ようやく返事が来た。


 "お前達は皆私に仕える者の末裔だな。吉田詩織の装束もまさしくそれを裏付けている。私もそのような者の命を奪うには忍びない。他に位相欠陥が利用できる時空を探すこととしよう"


 そして、シオリを包んでいる白い光が、すっ、と消え、同時に目の前の文字と扉から漏れていた光も消える。


「……」


 ぼくらは、しばらく互いにぼう然と見つめ合ったままだった。


「こら。君たち、そんなところで何をしているんだ?」


 その声に、ぼくたちは現実に引き戻される。自転車にまたがったお巡りさんが、懐中電灯の光をぼくたちに浴びせかけていた。


---


 お巡りさんにこっぴどく説教されたぼくらは、「今度やったら家の人に報告するから」と脅されたあげく、ようやく解放された。ぼくらは並んで帰り道を歩く。


「やれやれ。ひどい目にあったな」


 ぼくが苦笑いしながら言うと、


「そうだな」


 ヤスが短く応える。なんだか、物思いにふけっているような顔だった。


「でもさ、お父んとお母んに言わんでおいてくれるって言うんさけぇ、お巡りさんも優しい人で良かったよね」と、ニコニコしながら、シオリ。こいつはいつもこうなのだ。叱られても落ち込んだところを見た記憶があんまりない。


「だけど、またやったらたぶん家まで来るだろうなぁ」苦笑しながら、ぼくはシオリに応える。「あ、そうそう、なんかあの『神』ってヤツが言ってたけど、ぼくらは神に仕える者の子孫なの? 先祖に神主さんとか、いたのかな?」


「実はそうねんて」と、シオリ。「お祖母ちゃんのお父ん、ウチらのひい祖父ちゃんが神主やってんね。お祖母ちゃんがまだ生きとった頃、よう言っとったわ。その関係で、お祖母ちゃんも一時期昔巫女さんやっとってんて」


「へぇ……知らなかった」


 シオリはお祖母ちゃんが5年前に亡くなるまで、同じ部屋で寝ていたという。かなりのお祖母ちゃんっ子だったのだ。だから彼女は若いくせに普段から言葉のなまりが強い。ヤスなんかぼくと話すときはほとんど標準語なのに。


 その時だった。


「カズ」


 やけに真剣な顔で、ヤスがぼくを見つめる。


「なに?」


「お前、あの世界がどこだか、分かるか?」


「え……」


「だってお前、あそこで飛んでいた飛行機、知ってたじゃないか。だとしたら、あそこがどこなのかも……分かるんじゃないのか?」


「……」


 確かに、ぼくもあの世界がどこなのか、なんとなく見当はついている。だけど確信してるわけじゃない。それでも……ここは話しておいた方が良さそうだ。


「ぼくも本当にそうなのかはわからないんだけど……たぶんベトナムじゃないかな。それも、ベトナム戦争当時の……」


「ベトナムぅ!?」ヤスの声が裏返る。


「ああ。F-105Dサンダーチーフ、F-4Jファントム……あそこで飛んでた飛行機は、みなベトナム戦争で使われてた戦闘機だよ。でも、今ではどの国でも使われていない……」


「そうか……やはりな……」


 そう言ったきり、ヤスは再び押し黙ってしまう。


「どうしたんだよ、ヤス?」


 ぼくが声をかけると、いきなりヤスの足が止まった。


「やっぱ、戻ろう。例の『神』とか言うヤツに聞いて、どうしても確かめておきたいことがあるんだ」


 心なしか、ヤスの顔は青ざめているように見えた。


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