11

 再びぼくらは八幡神社にやってきた。


「なあ、ヤス、確かめておきたいことって、何なんだ?」


 ぼくが問いかけると、ヤスは相変わらず少し青ざめたような顔で話し始めた。


明後日あさって石崎奉燈祭いっさきほうとうまつりがあるよな」


「ああ」


 石崎奉燈祭は、キリコと呼ばれる高さ十四~五メートルの巨大な燈籠とうろうが幾つも石崎の街中を暴れ回る、勇壮な祭りだ。ぼくも子供の頃にヤスやシオリと一緒に見たことがある。今回も一緒に見るつもりだった。


「石崎奉燈祭って、どうして始まったか知ってるか?」


「ううん」


「昔、石崎で火事が続いたことがあってんね」シオリだった。シオリは歴史が好きで、戦国武将なんかにも詳しい。「それで、それを鎮めるために明治22年に奉燈祭が始まってんよ」


「そうなのか」


「それでな……」ヤスが深刻そうな顔になる。「あの『神』ってヤツ、言ってたよな。他に位相欠陥が使える時空を探して、爆弾を送る、って……」


「ああ。その、イソーケッカンとか言うの、よくわかんないけど」


「もしかして、それ……過去の石崎なんじゃないのか?」


「は?」


「つまり……例の『神』は、最初はおれたちのいる、今のこの石崎に爆弾を送ろうとしてたわけだ。だけど、おれたちの願いを聞き入れて、それをやめて別の時空に送った。時空ってのはその名の通り時間と空間の連続体だ。つまり、空間は同じでも時間が違うなら別の時空と言える。だから……『神』は今じゃなくて過去の石崎に爆弾を送ったのかもしれない。それで……火事が起こって、奉燈祭のきっかけになったんじゃ……」


「!!!」


 頭をぶん殴られたような衝撃だった。


 ということは……


「つまり……ぼくらが、ここに送るのをやめてくれ、って『神』に頼んだから……過去に火事が起きて、奉燈祭が始まった……って、こと?」


「ああ」ヤスがうなずく。「おれは、そうかもしれない、って考えている」


「……」


 ぼくは言葉を失う。


 なんてことだ。


 結局ぼくたちは、過去に全てを押しつけてしまったのかもしれない。


「ほんなら、お兄ちゃん……ウチらのせいで、過去に火事が起きて何人もの人が亡くなった、ってことながけ……?」


 シオリの顔も真っ青だった。


「おれはそれを確かめたいんだ。だからシオリ、協力してくれ。お前だけが『神』と直接コンタクトできる存在なんだ」


「で、でも……ウチ、何をどうすればいいんか……なんもわからんげんよ……」


 シオリが困った顔になった、その時。


「あ……」


 彼女の身体が、ぼうっとした微かな白い光に包まれる。先ほどと同じだ。


「来たよ、お兄ちゃん! カズ兄ぃ!」


 さっきと同じように、シオリがぼくの左の二の腕を自分の右手で握り、左手でヤスの右手を握る。


 目の前に文字が見えた。やはりゴシック体の日本語で。


 ”まだ私に用があるのか”


「!」


 ヤスがぼくに視線を送る。ぼくはうなずき、スマホを取り出して入力する。


『聞きたいことがある。別の時空を探して爆弾を送る、って言ってたけど、結局その爆弾はいつのどこに送ったんだ?』


 相手は自称「神」だが、ぼくは最初からタメぐちで書いた。敬語をいちいち書くのは面倒だし、さっきもそれで特に何も問題はなかったのだ。


 "お前たちの時代から数えれば、130年ほど過去の石崎村だ"


 ……!


 ちょうど明治時代だ。やはり……ぼくたちのせいで、過去に石崎で火事が起こった、ってことなのか……


 ぼくらは顔を見合わせる。恐れていた通りだった。すでにシオリは泣きそうな顔になっている。ぼくはスマホの画面に指を滑らせた。


『そんなことをしたら、石崎村に大きな被害が出るじゃないか!』


 "そうだとして、何が問題なのだ? 時代の違うお前たちには関係のない話ではないか"


「関係ないはずないだろう!」


 ぼくは思わず怒鳴ってしまった。「神」のくせに、なんて非情なんだ……


「やっぱり、こいつは人間とは完全に考え方が別なんだ」ヤスだった。「だから、人間の気持ちが分からないのかもしれない」


「でも……ぼくらの気持ち、分かってもらえなくても、伝えなきゃいけないよな」


「ああ」ヤスが力強くうなずく。


「よし」


 気を取り直して、ぼくはスマホに入力する。


『関係ないわけないよ。ぼくたちは、ぼくたちが原因で過去の人々が火事で亡くなったりしたのなら、とてもつらいし悲しい』


 少し時間が経ってから、返答が来た。


 "人間はそのような社会性が進化の過程でつちかわれたのだな。しかし、過去に起こったことは今更いまさら変えようがない。変えようとすれば、世界の分岐を生むことになる"


「世界線ってヤツだな」と、ヤス。「過去に戻って歴史を変えれば、その後の歴史も変わることになる。だけど元々の世界の歴史がなければ、タイムマシンで過去に戻ることもできない。これがタイムパラドックスだ。それが起きないためには、歴史を変更した時点で世界が元の歴史と変更された歴史の二つに分かれなくてはならない、って考え方だ。SFでよく見るパターンだな」


 なるほど。それならぼくも知ってる。


「世界線って、ぼくも聞いたことがあるよ。ぼくが好きなアニメにも出てきてた。でも……どちらにしても、ぼくらのせいで過去の石崎町が火事になっちゃうのは……やっぱり嫌だよ。他のところに送れないのか、聞いてみよう」


「そうだな」


 ヤスがうなずくのを見て、ぼくは再び入力する。


『石崎じゃなくて、どこか他の場所や時間に送ることはできないの?』


 "それは無理だ。私の本体があるハノイ市ザーラム県バッチャンと君らの時代、そして130年前の時代の石崎がつながったのは、単なる偶然なのだ。それは私の制御の範囲を超えている。私はただ、バッチャンの本体上空、そして石崎の八幡神社の半径300m以内の範囲にワームホールを作る、ということしかできない。だから、爆弾を送るとしたら、お前たちの時代か130年前の石崎のどちらかしか選べないのだ"


「それっておかしくないか?」ヤスが納得いかなそうに眉をしかめる。「なんでベトナムでは本体の上空にしかワームホールを作れないんだ? そっちで他の場所にワームホールを作って回避すれば、わざわざ石崎まで持ってこなくてもいいだろうに」


 ぼくもその通りだと思う。そのままスマホで質問すると、応答はこうだった。


 "石崎にはかなり近い距離に拠点きょてん二カ所があり、それらをつなぐショートカットも存在する。私はそれを利用して、八幡神社から300m以内の範囲なら任意の場所にワームホールを作成できる。バッチャンにはそのようなショートカットは存在しない"


「拠点二カ所……?」ぼくが首をかしげると、ヤスが何かに気付いたように顔を上げる。


「もしかして、八幡神社と西宮神社のことじゃないか? この二つの神社は祀られてる神様が同じなんだ。だから、ショートカットみたいなものなのかも」


「なるほど、そういうことか。しかし、そうなるとやはり今か過去の石崎に爆弾を送るしかないことになるな」


「ああ。だけど、今の時代の石崎はおそらく過去に比べたら人口はものすごく増えてるはず。そこに爆弾が落ちたら、被害は過去よりも大きなものになるのは間違いない。やはり過去に爆弾を送るしかないのか……ったく、『神』のくせに中途半端な能力しかねえヤツだな……」


 ヤスがため息をついた、その時だった。


「ねえ、お兄ちゃん」シオリだった。「火事を防ぐのは無理でも……せめて石崎の人たちだけでも、助けることはできんがけ?」


「!」ヤスの目がまん丸になった。「そうだな。もしできるのなら、おれらが直接過去に行って救助活動をしてもいい。カズ、それ聞いてみてくれ」


「分かった」


 ぼくがスマホに入力すると……全く予想しなかった返答の文字が目の前に現れた。

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