9
目の前にいたのは……シオリだった。両眼を真っ赤にして、ほっぺたをぐしょぐしょに濡らしている。
「カズ兄!」
いきなりシオリがぼくの胸に飛び込んできた。
「……うわっ!」
思わずよろけそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「うわあああん! カズ兄!」
そう言ってぼくに抱きついたまま、シオリは大声を上げて泣きじゃくっていた。
ふと見ると、シオリのすぐ後ろにヤスがいた。彼も右手の甲で涙を拭っている。
もしかして……また、元の世界とつながったのか……?
よかった……
ぼくは心の底から安堵する。と同時に、自分は今、女の子に抱きつかれているのだ、という状況にも気がつく。
「ちょ、ちょっと、シオリ……心配かけて、悪かったけど……も、もういいだろ? な?」
優しくそう言って、ぼくは相変わらず泣きじゃくっているシオリの体を、自分のそれからゆっくりと引きはがす。
「え……あっ!」
いきなりシオリが、パッと離れた。
「ご、ごめん、カズ兄……いきなり抱きついてしもうて……ウチ、めっちゃ嬉しかったから、つい……ごめん」
真っ赤な顔でうつむきながら、シオリが言う。ヤバい。なんか、かわいいと思ってしまった……
「べ、別に……気にしてないから……」
なんだか、ほっぺたが熱い。きっと今、ぼくの顔も真っ赤になってるんだろうな。
扉を踏み越えたぼくはそれを閉めて振り返る。そこは夜の八幡神社の境内らしいが、さっきまで真っ昼間の場所にいたから、真っ暗でよく見えない。
しかし、近くに何か、ぼうっと白く光るものがあった。なんだろうと思って視線を向けたぼくは、ギクリとする。
「シオリ!」
そう。光っていたのは、シオリの体全体だったのだ。さっきまでは明るかったから気がつかなかった。
「お、お前……それ、どうなってんの?」
「あ、これ?」シオリが自分の体を指さす。「ウチにもわからん。いつの間にか、こんなになっとってん。ほんでぇンね、さっきぃ、ウチの目の前にぃ、変な文字が浮かんでんよ。『まだ仲間がいるのか』、ってね」
「はぁ……?」
何を言っているのか、さっぱり分からない。目の前に文字が浮かんだ、って?
「おれも見たよ」ヤスだった。「最初は見えなかったけど、シオリに触ってると見えるんだよ。しかも、不思議なことに、目を閉じてもなぜか見えるんだよな」
……。
そんなこと、あるんだろうか。
「それでぇンね」シオリが続ける。「ウチ、そうですよ、って応えてん。ほやけどなんも反応なかってんね。で、声は聞こえんけどぉ、こっちの様子は見えとんがかな、って思うて、両手で大きくマルを作ってんね。ほしたらぁ……いきなり扉からドンドン、って音がして、開けて見たら……カズ兄がおってん」
そうだったのか……
「ってことは、たぶんお前がぼくを……助けてくれたんだな。シオリ、ありがとう」
ぼくはシオリに向かって頭を下げる。
「な、なんもやわいね! カズ兄、そんなことせんといて……あ」
あわてふためいていた様子のシオリの言葉が、ふいに途切れる。
「お兄ちゃん、また来たよ! 今度は……『お前たちは何者だ?』……だって」
「マジか!」ヤスが彼女の右手を握る。「ホントだ……目の前に文字が見える……」
「カズ兄、ウチの左手を握って。カズ兄も見えるかも」
シオリがぼくに向かって左手を差し出した。
「あ、ああ」
ぼくは右手でシオリの左手を握る。あったかくて、柔らかい手のひらの感触……いや、今はそんなことどうでもいい。
「……!」
見えた!
ぼくの目の前にも、「お前たちは何者だ」っていう文字が見える。ヤスの言った通り、ゴシック体だ。たぶんこれは、今回の出来事を引き起こした存在がぼくらに送ってきた、メッセージなのかもしれない。
だけど……
これ、どう答えたらいいんだろう。
シオリの話では、どうやら声で会話はできない相手らしい。さっきはシオリが両手で大きくマルを作って答えたというのだが、Yes/Noで答えられる質問だったらそれでもいいけど、「何者だ?」と聞かれて Yes/No で答えるわけにもいかない。
その時だった。
「カズ、お前、スマホ持ってたよな」ヤスだった。「それを使って答えられないか?」
「え? どういうこと?」
「こっちに文字でメッセージを送ってくる、ってことは、たぶん相手も文字だったら理解出来るんじゃないかと思う。だから、お前のスマホで文字を入力して筆談してみたらどうだ? おれらはまだスマホ持てない身分だからさ」
そう。石川県は県の条例で中学生以下の子供には携帯電話を持たせない、ということになっている。まあ、タブレットとか音楽プレイヤーをWi-Fi接続すればスマホとほとんど変わらない事ができるので、実際のところどれだけこの条例に意味があるのかは分からない、ということだったが。
それはともかく、カズの分析能力とアイデアには、いつもながら驚かされる。彼は理科が大好きで、将来は科学者になりたいらしい。きっと彼なら将来すごい科学者になれるんじゃないだろうか。
「分かったよ」
ぼくは胸ポケットからスマホを取り出し、さっそく入力しようとした……のだが、いきなり目の前の文字が消えてしまった。
「あれ……文字が消えた?」
「え? ウチは見えとるよ」
そうか、両手でスマホを操作するのに、シオリの手を離したからだ。どうやら彼女はアンテナ的な役割を果たしているのだろう。
「なるほど……やっぱウチがくっついとらんと、文字は見えんげんね」
「ああ。だけど……片手で持ちながら入力はきついな」
「……これなら両手空くやろ?」
言うが早いかシオリがぼくの右の二の腕を左手でつかむ。
「!」
ドキッとした。女の子に二の腕をつかまれるのって……こんなにドキドキするものなのか……なんでかわからないけど……
だが、それが良かったのか文字が再び現れた。そのままぼくはスマホに入力する。
『今入力しているぼくは藤田和彦、その右にいるのが吉田詩織、さらにその右が吉田泰洋。お前こそ何者だ?』
すると、目の前の文字が書き換わる。
"お前達の言葉で言えば神が最も近いだろう。なぜ私の
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