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 セミの声が響き渡る、炎天下の駐車場。


 伯母さんがバックドアを開けたのは、ライトグリーンのスズキ・ジムニーだった。オーバーフェンダーがあるから、軽じゃなくて1500ccのシェラってヤツだろう。三年前は丸っこい形の黒い軽のジムニーに乗ってたと思うんだけど、買い替えたんだろうな。


「背中のバッグ、ここに置きまっしまなさいね


「はい」ぼくはバックパックを下ろし、伯母さんが指差した、リアシートの裏の荷物スペースにそれを乗せる。シオリが左側のドアを開け、助手席を前にスライドさせて右の後席に乗り込んだ。


「ほらカズ兄、乗ってま」シオリがぼくを振り返り、となりの後席を指差す。


「え、ぼくも後ろ?」


「ほうやね。後ろの方が安全やさかいね」伯母さんもニッコリしてうなずく


「わかりました」ぼくは助手席の後ろに体を潜り込ませ、なんとかシオリの隣の席に収まる。なぜかシオリが嬉しそうな顔になった。


「あ、ごめん。ドア閉めてくれん?」


 伯母さんが開けっ放しの左のドアに視線を送る。


「あ、すみません」あわててぼくは身を乗り出してドアのハンドルを掴み、バタンと閉じる。


あんやとありがとう。5ドアの車でないさけ、色々めんどくさいげんて」言いながら伯母さんは助手席を後ろにスライドさせて元の位置に戻す。


「二人共、ベルト締めたけ?……オーケー。ほんなら、出発すっさかいね」


 キュルルン、という一瞬のセルモーター音の後、エンジンが軽快な排気音を奏で始めた。


---


 空港からシオリたちの家、即ちぼくの母親の実家までは、四十キロくらい離れている。だけど空港の高台を降りてから、伯母さんはいきなり彼女の家とは真逆の方向に車を向けていた。


「カズヒコくん、せっかくここまで来てんさけぇ、ちょっこし寄り道して行かんけ。桜峠の道の駅にさ」


「道の駅? って、空港も道の駅だったでしょ。何でわざわざ別な道の駅まで行くんですか?」


「そんなん、そこにしかないもんがあるからに決まっとるわいね。忘れたんけ?」


「……え?」


「ほらぁンね。カズ兄、ブルーベリーソフトクリーム好きやったやろ?」と、ニヤニヤしながら、シオリ。


「……ああっ!」


 思い出した。


 三年前にも連れてってもらったっけ。ブルーベリー味のソフトクリーム。とても美味しかった。ブルーベリーはこの辺の名産品らしい。


「行きましょう! それはもうマストで行かないと」


「カズ兄、めっちゃ目ぇキラキラしとる」


 シオリが呆れ顔になった。


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 かすかな記憶に残っている通り、桜峠の道の駅は、とても小ぢんまりとした建物だった。しかしその中には特産品がたくさん並べられていて、飲食できるテーブル席も置かれている。奥のカウンターに向かった伯母さんが、さっそくブルーベリーソフトクリームを人数分注文した。


 しばらくして店員から渡されたのは、ワッフルコーンの上に盛られた、全体的に微妙に青紫色に染まったソフトクリームだった。


「いただきまーす!」


 テーブル席に座り、ぼくたちはソフトクリームにかぶりついた。


 そう、これだよ。この味だ。ブルーベリーのさわやかな風味が、ソフトクリームの甘さと一つになって、なかなか美味い。ブルーベリーの入ったアイスクリームは割と見かけるけど、ソフトクリームってあんまりないような気がする。


「カズヒコくん、美味しい?」伯母さんがニコニコしながら聞いてきた。


「はい。美味しいです」


 ぼくがそう応えると、伯母さんの笑顔がさらに輝きを増した。だけど……

 確か、以前来たときはシオリの兄、ヤスヒロ、通称「ヤス」も一緒だったはずだ。彼女の一つ上で、ぼくと同い年。てっきり彼も一緒に今日迎えに来るのか、と思っていた。それに、ヤスもここのソフトクリームが好きだった。なのに、なんであいつは来ていないんだろう。聞いてみるか。


「伯母さん、今日はヤスはどうしたんですか?」


「ヤスヒロはねぇ、私らが家から出るときぃ、まだ学校から帰って来とらんかってんね。シオリ、あんた何か聞いてない?」


 伯母さんがシオリに顔を向けると、ぼくの隣でバリバリとワッフルコーンにかじりついていた彼女が顔を上げる。右のほっぺに紫色のクリームが付いていた。ずいぶん成長したなあ、と思ったけど、こんな風に無邪気にソフトクリームを食べている彼女の姿は、昔のまんまだった。


「お兄ちゃんはねぇ、部活が忙しいんやって。でもぉンね、ウチらが家に着く頃にはさすがにもう帰っとるんやないかなあ。お兄ちゃんも花火楽しみにしとってんよ」


 そう。今日は三年ぶりに開かれる、和倉わくら温泉の花火大会。それを見るためにぼくはわざわざ東京から一人旅をしてきたのだ。これが今回の旅の第二の理由。第一の理由は……シオリには教えられない。彼女に深く関わることなのだ。


「さ、二人とも食べ終わった? ほんならボチボチ行かんか?」


 伯母さんが立ち上がった。


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