3

 ジムニーは元来た道を戻り、空港を通り過ぎてさらに進んで行く。


「シオリ、中学生活はどうだ?」


 さっそくぼくは能登に来た第一の理由に関わる行動を開始した。と言っても、普通にシオリと話をするだけだ。だが、彼女の話す様子から何かつかめるかもしれない。まずはそこから始めないと。


「うーん……ほうやねぇ。ま、小学校の時の友達もみんな一緒やさけぇ、あんま変わらんね。でも、違う小学校の子とも、何人か友達になったよ」


「そっか。勉強はどう? 難しくなった?」


「そんなことないよ。今のところは全然大丈夫や。分からんとこもなんも無いしぃ」


「それはよかった。安心したよ。宿題の面倒を見なきゃならないかと思ってたからさ」


「えー! カズ兄、ウチの宿題やってくれんがけ?」シオリが目を輝かせた。


「あのなあ」ぼくは呆れ顔をしてみせる。「なんでぼくがお前の宿題やらなきゃならないんだよ。自分の宿題は自分でやんないと。ただ、もし分かんないところがあったら、教えてやろうかな、って思ってたからさ」


「実はウチ、国語も数学も英語も、もうなんもわからんげん! ほやさけカズ兄、ウチに一からきちんと教えてま!」


 ……こいつ。


 さっきと言ってること、全然違うじゃないか……


 ふと、シオリがキョトンとした顔になる。


「あれ? お母さん、高速乗らんが?」


おいねそうよ。天気いいさけ、海沿いで行こうかなと思うてね。急ぐこともないしぃ」


ほんなんそうなの。ああ、でも確かにその方が気持ちいいかもしれんね」


「ほうやろ」伯母さんがニッコリする。


---


 ジムニーはいつの間にか、海岸沿いの道路を走っていた。なかなかに曲りくねっているが、伯母さんの運転はとてもスムーズだった。G(加速度)のかかり方が穏やかで、免許がないぼくにもこれが上手い運転だって分かる。ぼくの母さんのギクシャクした運転とは大違いだ。まあ、東京にいると車を運転することはあんまりないんで、仕方ないのかもしれないが。


 もう16:00をとっくに過ぎているのに、まだまだ日差しが強い。遠くの青空の下には白い入道雲が浮かんでいる。そして、ぼくの左側に広がる海には、ほとんど波がない。なんだか海じゃないみたいだ。水がとても綺麗で岸に近いところは底がよく見えた。


「カズ兄、ほら、あれ見てま」


 シオリが左の海を指さす。海の中に、木の柱を組み合わせて作られた、謎の物体があった。


 高さは10メートルくらいだろうか。上を向いた四角すいの形をした骨組みだが、それぞれの辺に当たる柱が頂点の位置よりもちょっと長いので、頂点からさらに少しだけ放射状に広がっている。そこに板が置かれていて、その板には人が座っている。さらにその上に、骨組みだけのスカスカの天井があった。日よけにしても雨よけにしても役に立っているようには全く見えない。


 また、補強のためか、人が登るためのはしごの役割を果たすためなのか、四角すいの一つの斜面に、横になった木材が八十センチ間隔くらいで柱に縛り付けられ、上から下まで並んでいた。


「何? あれ」


「ボラ待ちやぐらやよ」と、シオリ。「昔はボラを捕るためにぃ、あれで漁師が上から見張っとったんやって。でも今では全く使われとらんけどね」


「え、けど人いるじゃん」


「あれ、人形」


 ……ずるっ。


 思わずズッコケてしまった。


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