ぼくらと「神」と、能登の夏。

Phantom Cat

1

「あ、カズにぃ!」


 のと里山空港1F。到着ロビーの人混みとざわめきの中で、一人旅の終わりを告げるその声を、ぼくは確かに耳にした。


 一人でこんなに遠くまで来るのも、飛行機に乗るのも初めてだった。父さんに、揺れると飛行機酔いになったりするよ、などと言われてビクビクしていたけど、ボーイングB737-700による1時間ちょっとのフライトは快適そのものだった。

 天気が良かったからか揺れることはほとんどなかったし、窓から見える風景は素晴らしく、いつまでも見ていたいと思えた。もちろんメカ好き男子としては、右主翼の補助翼エルロンやフラップ、スポイラーの動きが見られたのも大満足だった。


 それはともかく。


 聞き覚えのない声だ。しかし、ぼくをその名で呼ぶのは間違いなくこの世で一人しかいない。


「シオリ……?」


 声の方を振り向くと、満面の笑顔で右手を大きく振っている人物がいる。


 確かに、その笑顔には昔の面影があった。だが、目の前にいるのは、声も姿もぼくの知っている従妹いとこのシオリとはかけ離れた女の子だった。身に着けているのは中学の制服のように見える。部活帰りか何かなんだろうか。


「シオリ……大きくなったなぁ」


 三年でこんなにも変わるものなんだ。背も高くなったけど、体つきもずいぶん女の子らしくなったみたいだ。紺のスカートに包まれた腰回りの部分は大きさを増しているし、白いシャツの上に羽織ったベージュのベストも、胸のあたりがふっくらと盛り上がっている。顔立ちにはまだ幼さも感じられるものの、ぐっと大人っぽくなったのも確かだ。ショートボブの髪がよく似合っていて、正直、綺麗きれいになったな、と思う。


「当たり前やわいね。最後に会ったのウチが小四の時ねんよ?……でもカズ兄もぉンね、ずいぶん背が伸びたし声も変わったけどぉ、顔はあんま変わらんね。すぐ分かったよ」


 ニコニコしながらシオリが言う。語尾が伸びて揺れる、この地方の独特の訛り。久々に聞いた。懐かしい。


「そうか」


 ま、そのあたりはお互い様、ってところだよな。


「で、迎えに来たの、お前だけ?」


「まさかぁ。おんと一緒やわいね。今トイレ行っとれんてるの」そう言ってシオリが後ろを振り返る。「あ、来た。お母さーん! カズ兄おったよー!」


 すると、向こうの方から彼女の母親の、ヤスコ伯母さんが駆けてきた。


「お久しぶりです、伯母さん。お世話になります」ぼくは頭を下げる。


なんもいいえ。そんな他人行儀な挨拶せんでもいいがいね。それにしてもぉンね、カズヒコくん、えらい背ぇ伸びたねぇ。まんでとても大人っぽくなったぜ?」


 この人の笑顔はシオリのそれに通じるものがある。てか、むしろシオリがこの人に似てきているのだ。昔からこの人はかなり美人だったと思うけど、やっぱりちょっと老けて、おばちゃんぽくなったような気がする。

 ちなみにこの人のセリフの最後の「……ぜ?」は男言葉ではなく方言で、「……じゃないの?」っていう意味らしい。ぼくも最初に聞いたときは驚いたものだ。女の人なのに「……ぜ」なんて言うんだ、って。


「ほんならぁ、さっそく家に行かんけ? 荷物はそんだけ?」と、伯母さん。


「ええ、これだけです」ぼくは背中のバックパックに親指を向ける。


「オーケー。ほんなら、つんだって来てまついて来てね


 伯母さんが歩き始めた。


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