後編 この牢獄から連れ出して!

 机の目の前の窓を全開にしようとしたら、びくともしなかった。

 押しても引いても動かない。

 横ってことはないだろうけど……やってみたけど当然、動かなかった。


 ちゃんと見たら扉と一緒で、窓も鎖によって固められていた。わたしの力じゃ絶対に開けられない強度だ。

 ……外側で抑えつけられているなら押し窓で、引いても意味ないじゃん。

 気づいたところでなにも変わらない。


 あー、暇になっちゃったなー。と椅子にもたれかかって足を上げる。

 机の上に乗せて、パパだったら間違いなく、「だらしないッ」と怒ってくる体勢だ。

 けど部屋は静かで、虚しい。


 太陽が見えるのに部屋の中にいるって、なんだか勿体ない感じ。

 空に手を伸ばす。

 視界には日に焼けた褐色の両手足が映って、服をめくってみると、はっきりとした境目が見える真っ白な肌——。


 服の形にくっきりと。本当ならここも同じように焼きたいけど、さすがに裸で歩くのはなあ。

 人がいない時間に浜辺で裸で寝転ぶのも勇気がいる。

 姫様だけど、プライベートビーチとか、持ってないんだよ。


「やることないなあ」

 じゃあ勉強しろよ、と言われるかもしれないけど、というか絶対に言われるけど、そうじゃないんだよ。理由はないけど、なんというか、勉強って全然、やる気が起きないんだよね。


 で、やる気がない時に勉強をしても、身に付くわけないし、つまり時間の無駄になっちゃう。

 それはいかん。無駄はなくすべき。

 そんなわけで勉強は一旦中止して、やるべきことをしよう。


「……脱獄だ」



 部屋を探索してみた。

 ガラクタばかり。自分のことだけど、ここって本当に女の子の部屋なのかな……? 

 昔から女の子っぽくはないと言われていたけど。自分でもそう思っていたけど、ここまでらしくないとは。


 姿見すらない。

 服装もいっつも統一してるし。それに、海浜の国は年中真夏。服装も大体、決まってる。


 日に焼けたくない人は長袖。しんどそうに町を歩く。男の子はノースリーブ、短パン。女の子でもスカートやショートパンツの子がいる。

 で、この町の特徴として、その服は全て、水着として使えるのだ。


 簡単に言うと、私服が水着だから、すぐに海に潜れる。上がって町を歩き、買い物ができる。

 こんな生活風習があるのは、ここだけなのだ。

 暑い気候で海があるのはここだけなので、当たり前だけども。


 わたしは裸ノースリーブ!(裸エプロンみたいに言っても、単純にノースリーブの服を着ているだけだ、エッチな勘違いはしないように!)

 そして超短いショートパンツ。——以上! 身に纏うものはそれだけだった。

 裸足がデフォルト、これはわたしに限らず。だから足の裏は意外と強い。


 自然の子は、自然と強かになっていくのだ。


「ふむ。そろそろ邪魔になってきたから切るかなー」


 と、これは髪の毛の話。服を切ってもいいけどね、暑いから。

 おへそを出すと、これはこれで、ふぁっしょんとしてありかも? 


 脱線したけども、髪の毛の話だ。

 わたしのは、肩をくすぐる長さ。

 伸ばす気とかなかったんだけど、放っておいたらこうなった。


 お店の子に綺麗な黒髪だから切らない方がいいよー、とにへら顔で言われた(いま考えたらそのにへら顔は、実は褒めていないのかもしれない)ので、踏ん切りがつかずに放置していたんだけど、さすがに泳ぐにも、崖を登るにも、いちいち目の前を横切るので鬱陶しい。


 じゃあ切っちゃうかな、と思ってハサミを探し、そこで気づく。ハサミを使えば鎖を切れるかも!? 期待をしてハサミを探すも、そりゃそうでしょう、と見つからなかった。


 ウスタが部屋に置いておくはずがない。

 そもそもわたしの部屋にハサミってあるの……?


 自分の部屋なのに、ぜんぜん分かんない。ガラクタと拾い物ばかりで。まったく。――ちょっとずつ整理しないから、こういうことになるのになあ。

 昔のわたしめ。

 と、ちょっと未来のわたしもそう思っているんだろうなあ、と考えて、ごろんと寝転ぶ。


 完全に勉強する気がないな……まあ、ずっと部屋にいるならそれならそれでも――。


 いや、ダメだ。ダメダメダメ! 袋を使った簡易的なトイレだけはしちゃいけない気がする!


 さすがに女の子として描写しちゃまずいよ!


 描写しなきゃいいわけで、解決しちゃった。でも恥ずかしかった……というか、ストックが三つくらいしかないんだけど……これは一種の時間制限なのかな? 

 これがなくなる前に、勉強を終わらせろ、みたいな。

 ……ちょっとやる気が出たというか、強制的にというか。


 これもう脅しだよ。


 用意された質素な夕食を食べ、監禁されてから一夜明けて、翌日。

 森でも寝れちゃうわたしにとっては、布団でなくとも寝心地は良かった。

 いつの間にか、椅子の上で丸まって眠っていた。


 目覚めは最高。気持ちの良い朝だねー、風がないのが勿体ない。そんなわけで扉を開ける。ふぉん! と音がして、ほぼ一日ぶりに風を浴びる。


 ……ん、あれ? 扉、開くの?


 ぎちぎちに固められていた鎖が、いつの間にかはずされていた。監禁は夢だった? いやでも、課題も白紙だし……元々やっていないから、どうしたって白紙だった。

 そこは夢を見たかった。


 夢じゃなく、現実。だって後ろの扉は鎖で開かない。でも、窓は開くのだ。窓だけ。


 誘われているような気もする。なにこれ、恐い……。


「わあっ――」


 そんな不安も、窓の外を見て一瞬で吹き飛んだ。


 見慣れた景色でも感動ってするもんなんだなあ……。透明度の高い海は、海底がここからでもよく見える。浜辺から階段を上がり、さらに坂を上った場所にお城があるため、目線が高い。

 それでも、鮮やかな色の魚たちが群れで泳いでいるのがよく分かる。

 遠目だからこそ綺麗なのかもしれない。


 近くで見たらなにがなんやら……みたいなことも、遠くで見たら分かることもある。

 貴重な景色の一枚だ。


 これを見て、まだ部屋に閉じこもっているなんてこと、できる? 

 泳ぐことが生きがいのこの国の住民なのに!


 ――できるわけがない!


 がまんの限界だったわたしは、思い立った瞬間に窓枠に足をかけていた。

 太陽を掴むように手を伸ばす――と、その手首ががしっと強く掴まれた。

「いっ」と顔をしかめ、思わず引っ込める。


「ご、ごめんなさいごめんなさいッ! もう逃げないから勉強するからだからゆるし――」


「?」

 間違いなくウスタだと思っていたら、

 手を掴んでいた正体は、まったく知らない男の子だった。


 金髪で、裸に半袖の上着を羽織り、短パンで。きょとんとしたその瞳がわたしを見つめる。そして、うーん、と迷った仕草をしてから、ぐいっとわたしを引っ張る。

 頬と頬が触れるくらいの近さで、わたしと男の子は出会った。


 なぜか男の子はわたしの名前を知っていた――当たり前か、これでもわたしはお姫様だ。たとえこの国の者でなくとも、一般常識的に知っているはずだ。おかしいことはなにもなかった。


「ニャオ、遊びにいこう!」


 不思議なことばかりだったけど、なにも質問せず、言われるままにわたしはついていく。


 正確に言えば、連れていかれた。

 それはまるで、お姫様を救い出す、王子様のような手腕だった。



「ニャオ?」

「ごろにゃん」


 と、恥ずかしさを誤魔化すためにそう言ったら、さらに恥ずかしいことになった。


 手を繋がれて、最終的にはお姫様抱っこをされて(お姫様だけどされたことなどなかった!)、浜辺までやってきたわたしと男の子。

 顔を覆うほど恥ずかしかったお姫様抱っこと二人だけの空間。それが今のごろにゃんで、全てを覆した。今のが一番、恥ずかしい。というか、寒い。暑いはずなのに、途轍もなく寒いよ!


「可愛い可愛い」

「お前の方が恥ずかしいわ!」


 なぜ平然とそんなことを言えるんだこの男は! 

 ナンパか、これがナンパってやつだなー!?


「金髪で、チャラチャラしてる……ふんっ、そう簡単についていくわたしじゃないからね。安く見ないでよ」


「ついてきた結果が、ここなんじゃ……」


「…………」

 む、無理やりだったし、わたしの意思はないから、ノーカウント!


「うん、分かったよ」

 男の子が頷いた。

 ……ま、まあ、安い女って思われないなら、いいけど。


 浜辺にはちらほらと観光客だったり、運動のため、日課のためなど、それぞれの理由できている人が数人いた。

 広い浜辺に数人なら、スペースは全然あるし、ちょっと端にいけば、わたしたちの姿は見えなくなる。……これなら目立たないね。


 この男の子に無理やり連れ出されたー、って言えば、脱獄を許してくれるかなあ……でも結局、課題、一ページどころか一文字も書いていないから、どうだろう。

 やっぱり怒るんじゃないかなー。


 ウスタのことだから、ぷんぷん、とはいかないだろうし。


 暴力がありなら、次は武器を持ち出しそうで。洒落にならないよ……。


「気分、悪かったりする?」

 男の子がそう聞いてくる。座り込んでしまったのが原因かも。


「ううん。気分は悪くないよ。……頭が悪いの」

「いきなり自虐されても……ニャオはどこも悪くないよ」


「だよね!」

 人から言われると自信がつく。

 うん、わたしはどこも悪くない!


 悪いのは環境なんだから!


 立ち上がって男の子を見る。見定める。足下から頭のてっぺんまで。ふーん、ふんふーん、イケメンだなあ。こんな子、この国にいたっけ? 一応、国民全員には会ってるつもりだけど、見たことないってことは、旅人なのかな。それとも、引っ越してきたとか?


「僕はリタ。えーと、そうだね。向こうからきた、んだけど……」


「向こう……?」


 リタと名乗った男の子が指差す方向は、思い切り海だった。……大陸が存在しない方。世界に果てがあるのか分からないけど、リタが指を向ける場所は、まさにそれなのだ。


 濃い霧によって見えない世界の向こう側からきた……なんて、もー、冗談でしょ?


 リタは愛想笑いだった。……追及したらいけないのかな。

 とにかく、まあ、話が広がりそうになかったので、それはいいや。


 知りたいことは一つ。


「なんでわたしを連れ出したの? 目的はなに?」


 姫なんてやってると、その立場を利用する人がいるから大忙し。全部に付き合っていられるほど、暇じゃないんだよね。

 勉強しなくちゃいけないし。やっていないけども。全部もなにも、一つも付き合う気はないんだけども。


 後を絶たないけど、大きく減ったのはウスタのおかげ。けれども、さすがに漏れる悪人はいるわけで、リタがそうだとは言わないけど、やっぱり理由は気になる。

 わざわざ鎖を切ってまで、わたしを連れ出すなんて、なんとなく、じゃあ済まない。

 優しいけど、これって拉致とも言えるんだから。


「いや、まあ、その、なんだろうね……」


 はっきりしないなあ……。

 男の子なら、ずばっと言ってくれればいいのに。


 わたしはがまんができる方じゃないってことを教えてあげよう。


「じとー」

 言うまでやめないからね。


「わ、分かったよ。言うよ。……ニャオと遊びたかった、からかな」


「え? なんだ、そんなこと? じゃあ遊ぼう遊ぼう!」


 わたしは男の子の手を引っ張る。そういうことなら、警戒なんてしなくていい。

 遊ぼ! とわたしを誘ってくる子はたくさんいるから、その中の一人ってことだもんね。


 リタは一瞬、不満そうな顔をしたけど、すぐに笑顔になった。

 ……笑顔が可愛いな、男の子なのにね!


 ―― ――


 完全版 ↓↓


「タウンカレントの守り神」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354055160851532

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