中編 ニャオーラ・スタディ
海浜の国。
三日月の離島をはじめ、沈んだ離島、人のいない離島……その三つの島を合わせて、『タウンカレント』と呼ばれている。
わたしはこの国のお姫様で、日々、勉強漬けの毎日を送っていた。
「どの口が言うんですか。勉強漬け? ペンもまともに握ったこともないでしょうよ」
「だよねー。握れるのは人心くらいだもんねー」
「それに関して言えば、握られているじゃないですか」
弄ばれていますよ、とわたしを脇で抱えながら。
王様代理兼、わたしの保護者役であるウスタは、王城の無駄に広い廊下を歩く。
真っ白な壁、赤い絨毯。
他の国のお城の内装を真似しましたよ、みたいな、そんな感じがする。海にご執心な先代、そのまた先代の王族の人は、お城の内装にこだわりがなかったのだろう。
テキトーなのだ。さすが田舎の国と呼ばれるだけある。
都市と呼ばれる国の真似をするところがそれっぽい。
騎士もお手伝いさん(他の国ではメイドさん、と呼ばれているらしい)も少ないのに、なんでこんなに広いんだろう。馬車が通るくらいの廊下なんていらないと思うけど……。
「走り回るには最適だけど」
「だからじゃないですかね」
あー、なるほど。手をぽんっ、と打つと、ウスタの足が止まる。目的地に着いたらしい。
というか、わたしの部屋だ。
なぜわざわざ抱えて運んだのだろう……ここまで手厚く奉仕される立場じゃないよ。
お姫様だけど、やり過ぎ。
「離したらすぐに逃げるからでしょう。おとなしく勉強をしてください。――時間を作らなかったのは、お姫様が選んだことなんですよ? 言い分はありますか、ニャオーラ姫」
「う……、いい加減に、ウスタもニャオって呼んでくれていいのに」
国のみんなはニャオって呼んでくれるのに。まあ、おじさんみたいにお姫様って呼んでくれる人もいるけど、良い意味でみんな遠慮がないのだ。
けど、わたしに一番近いはずのウスタは、いつまで経ってもよそよそしかった。ニャオーラって呼んでるの、ウスタだけなんじゃ……そう呼ばれるのは、なんだかこそばゆい。
なんだか照れるんだよね……。
「はいはい、思春期真っ只中なのは分かりますが、場と立場を考えてください」
「あ」と、声を出し、わたしはほとんど顔から地面に落下した。
ウスタが部屋にわたしを投げ入れたのだ。
しかも部屋の中心まで――結構、強めだよね!?
ごろんごろん、勢いそのまま前転をして、ちょうど頭を机にぶつけた。がんっ、とついでに机の上のペン立てが落ちてきて、色ペンが地面に散乱。あわわわ、と錯乱。
「なにすんの!」
「部屋には鍵をかけますので、机の上にある課題をこなしてください。お父様が存命していた時、ニャオーラ姫のために作られたカリキュラムです。
まあ、巻きで回収していますが。とにかくあなたに合った課題ですので、解けないこともないですし、つまづくこともないですよ。……今までのことが、身に付いていれば」
ぎくっ、とわたしの体が強張る。体は正直なんだねえ……。
「質問は受け付けます。なんなりと。では、課題が終わったら呼んでください。すぐに駆けつけます。不正行為は見逃しませんので、分かっていますね?」
ぎくっとしてぞくっとした。
「ぎくっとする必要はありませんが……」
目ざとく気づいたウスタの瞳が鋭くなる。
わたしは慌てて視線を逸らした。ぐ、戻せない。
「まあ、いいです。そういう心理もまた、あってもいいものですしね」
「やっぱり! だよね!」
ちょっとずる賢いくらいが生存率は上がるって聞いたことがある。
「調子に乗らないでください。……食事は扉の下の隙間から、トイレは簡易的な袋を用意しましたので、そちらの方に。課題が終わるまで、部屋から出ることは許しません」
「いやいやいや! 見たことあるよこれ! 監禁部屋だよ、独房じゃん!」
「なにを言っているんですか、ここはニャオーラ姫の部屋ですよ?
自分の部屋さえも覚えていないのですか?」
「わたしの部屋だけど! 外観……じゃなくて、内装って意味じゃなくて、システムそのものが独房チックだよねって話!」
「ああ、思い出しました。時計もはずしましたので、時間は気にしなくていいですよ」
「チックで思い出したの!? チクタクからの連想か!」
どうでもいいよ! 時計なんて正直、わたしには必要ないものだし!
「景色と空腹具合で分かりますか。
……さすが、野生児。なんで姫様なんてやっているのでしょうか」
「わたしのことを否定し始めたよ。わたしのこと、嫌い過ぎだよ!」
「いいえ? 好きですけど?」
「…………」
嘘にしか聞こえない。
「っとと、くだらない話をしている場合じゃないです」
「くだらないかあ……」
くだらないですけど、どうでもいいわけじゃないですよ? とウスタのフォローが入ったけど、信用できない。
しかし、いつになっても冗談です、という言葉が聞こえてこないな。
ほんとに閉じ込める気なのかな……。
「ゴールの見えない監禁じゃないですよ。
今まで勉強時間中、サボって遊んだ分、ここに閉じ込めるだけです」
「じゃあ超長いよ!」
「……自覚あるんですか」
自業自得ですよ、と言い、本当に部屋を去ろうとするウスタ。
「待って――待ちなさい!」と柄にもなく、わたしはお姫様っぽく部下に意見をぶつけ、扉を開く。――ん、開くの!?
廊下に足を一歩出し、と、気づいたら部屋に押し戻されていた。
瞬間的に頬が熱くて、じわぁ、と涙が出てきた。痛っ。
左頬を手で押さえる。……殴られた? お姫様を! グーで!?
「グーじゃないです、パーです」
「どっちもダメだよ!」
ちょっとチョキも知りたかったのは内緒だ。
「最終手段です」
ウスタは扉に鍵をかける。キーを捻るだけじゃなくて、鎖でぎちぎちに固めていた。
わたしは幽閉された化物なのかな、と思うほどに厳重だった。
「言って聞かないのなら、力づくです」
「こ、こんなことをして……」
「ええ、ただでは済まないでしょうね。私に刑罰を与えるためにも、ニャオーラ姫にはそれなりの知識を身に付けて頂かないと困ります。いつまでも無知ではいられないんですよ。他国にこれ以上の恥部を晒すわけにはいきません」
それは、そうだけども……。
「……もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん。ママは昔に死んじゃって、パパもこの前、死んじゃって。わたしは一人ぼっちなのに……ウスタはそうやってわたしを敵みたいに!」
「もう一度、言いますよ? ――この選択をしたのはニャオーラ様、あなただ」
見下ろされる。
ウスタの目は、年中が夏のこの島でも、とても冷たかった。
「あなたが決めたことだ……責任は、あなたを一生、縛り続ける」
そして、今度こそウスタは去っていく。
わたしは追いかけることも、叫ぶこともできなかった。そして数分して、はっと放心状態から戻ったわたしは、とにかく叫ぶ。
思いついたこと、一つ。
「その執事服ッ、ぜんぜん似合ってないんだよバカ――――っっ!」
騎士で鎧バカだったウスタを知っているからこそ、尚更だった。
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