「タウンカレントの守り神」

前編 海に愛された姫

 今日の狩りが始まった!

 岩場から飛び込んで、いざ潜水!


 透明度の高い海中は隅々までよく見える。おっと、見つけた。ぐるぐる渦巻き模様の殻の穴から、触手がちょろちょろと飛び出している。


 近づくわたしに気づいて、一本の触手が伸びてきた。

 腕に巻き付く。ぐぐぐ、と力が込められた。うん、いつも通りの握手。


 ぽてっと頭に乗っかってきたのは赤い球体だった。足のないタコだ。沈んだり浮いたりを繰り返して海を漂う。指でつつくと口から墨を吐くから面白いんだよね。でも、やられるのが嫌だからやめて、と言われたのでもうしない。嫌なことはしちゃいけないって教わっているからね。


 次に、わたしの股の間に潜り込んできたのは、丸い形をした瞳のイルカだった。わたしを背中に乗せて水面から顔を出す。

 振り落とされないように体を密着させる。

 背ビレがないので抱き枕みたいに抱きやすかった。ぎゅむー。


 スリムでマッハなイルカと遊んでいると、体が引っ張られて浮遊感。服になにかが引っかかって、わたしの体が浮いているらしい。

 で、どんどん高くなっていく。

 足をばたばたさせると振り子のように揺れて……わわっ、高っ。

 真下は水面だけど、それでも落ちたら痛いんだよ!?


「狩りの最中に遊ぶな」


「遊んでないもーん。今のは海の友達と挨拶。あのね、買い物をする時も、お店の人に挨拶したりするでしょ? 無言で商品を取っていかないでしょ? それと一緒なの」


「挨拶しなくとも金は払うけどな」

「屁理屈ばっかり!」


「ははー、世間ずれしてるなあー、お姫さんは」


 くわえただけの煙草を口で遊びながら、狩猟者ハンターのおじさんが馬鹿にしたような笑みを見せる。お姫様と言われるのはむず痒いから、そう扱わないで、と言ったのはわたしだけど、意識されないとそれはそれでムカつくっ!


「というか下ろして! お姫様だって思ってるなら、釣り針を首元に引っ掛けないでよ!」


「おいおい、これも王族に伝わる狩りのやり方なんだぜ? お姫様にしかできねえことだ。お姫様が餌になっていれば、魚たちも警戒しないで寄ってくるし、攻撃的にならねえだろ?」


「え、そうなの? 確かに……なるほどー」


 なら、がんばらないと! 拳を握って、おー!


「嘘だっつの。お姫様はちょろいなあ。本当に釣りやすい」

「なんて鮮やかな嘘だ!」


 流麗過ぎるよ! 

 真実と嘘の接続部がぜんぜん分からなかった!


「いつまで引っ掛かってんだ。狩りの邪魔だ、さっさと下りろ」

「わ、わたしのせいなの!?」


 猫を掴むように持ち上げられているから、どうしようもない。腕を伸ばすも見えないし、届かないし……、しばらく努力しても無理だった。

 不可能だし。ちらっとおじさんを見る。


 竿を固定して本を読んでいた。


「しばらく放っておく体勢だ! ねえねえッ、本当にわたしを餌にするわけじゃないよね!? お魚さんも食いつかないよ!」


「まあ、だろうな。食いつくのは特殊な性癖を持ったおっさんだけだろうな」


「百パーセントロリコンがくる!!」


 ロリコンの女の子がくればいいのに! いないよね、そんな都合の良い子。ああでも、おじさんよりは良いってだけで、女の子でもロリコンは嫌だけども。


「って、わたしは今年で十四だよ! ロリって感じじゃないでしょー!」


「いるんだよなあ、自分の年齢を基準にするやつ。ロリコンは年下を対象として見ている側から見たロリって判断であって、お前が決めることじゃねえよ。六歳以下だけがロリなわけじゃないんだよ。お前よりも年上で、ロリって言われてるやつだっているんだからな」


 はえー、そんなものなんだねえ。――それにしても暑いな……。


「いいなー、そこ、日陰じゃん」


「日に焼けたくねえんだ」


 確かに、狩猟者って呼ばれている人にしては色白だ。


「お前は黒いよなあ。どんだけ外にいれば気が済むんだ。ちょっとは肌のこと、気にしたりしねえのかよ。一応、女の子だろうが」


「一応はいらない」

 女の子なんだから!


「あと、年上には敬語を使え」

「じゃあ格上には敬語を使え」


 一瞬、黙ったおじさんだったけど、へいへい、お姫サマ、と馬鹿にされた。くわえた煙草を口からはずし、ゴミ箱に入れた……本当に吸わないんだ。

 体には良いけど、ちゃんと買ってると経済的には悪いんじゃ……。


「ま、こういうのは気分だしな」


「風情だね」

 まあ、完全に間違っちゃいねえが、とおじさん。


「お前、意味、分かってねえだろ」

おもむきがあるってことでしょ?」


「あ、ああ……、分かってんのか分かってねえんだか分かんねえな。

 お前、馬鹿キャラのはずだろうに」


「そんなキャラでいく気は毛頭ないよ!」


 確かに勉強からは逃げてばっかりだけども! 外で遊んでばっかりだから、こんなに日に焼けちゃっているんだけども! しかし馬鹿キャラでいく気はまったくない!


「……あれ? みんな、もしかしてそういう認識だったりする……?」

「浸透してるぞ」


 なんてこった! 不満しかない評価になっちゃってる。


 ふぁっしょんしょーで腰をくねくねさせながら歩く美女を目指しているのに! 

 これじゃあ計画が頓挫しちゃうじゃないか!


「ま、その発想が既に馬鹿だもんな」

「おじさん、ふぁっしょんしょーを知ってるの?」


「お前はそのひらがなをやめろ。つーか馬鹿にすんな。俺だって狩猟者だ。情報には敏感なんだよ。……FashionShowくらい知ってる」


「なに今の発音!?」

「あん? 普通に言っただけだが?」


 未来言語みたいだった。

 いや、そんなのないけど。わたしの勝手なイメージだ。


「つーか、全然引かねえじゃねえか。今日は食いつきが悪いなあ」


「釣り針にわたしがいるからね! わたしに食いつくわけないよ! ……わたしに魅力がないわけじゃなくて!」


「なんだよ、気にしてんのか? お姫サマが発情したなら、あのお堅い兄ちゃんに言っとかねえとな。あいつが保護者の代わりなんだろ?」


「ウスタのこと? 保護者っていうか、パパの代わりに今はわたしが雇い主なんだよ」

「お前が? 世も末だな……」


「あのね、パパがいない今、わたしがこの国で一番っ、立場が上なんだからね!? そこんところ分かって接してよね!」


「ああそうだな。……じゃあ、俺は打ち首か?」


「そんなことしないよ」


 でも、やらなくちゃいけねえ時もあるぜ、とおじさんの目が、強く。

 ――鋭く。今までの会話からは考えられない、狩猟者のそれになる。


「この国は比較的、穏やかだがな。国民も穏やかなやつばっかりだ。けど、お前が姫として信用できねえと思われたら、簡単に下剋上を突き付けられるぞ。反逆者だって出る。そういった時、悪質な『敵』は、排除しなくちゃならねえ。国のためにな。……ま、この辺のことはお堅い兄ちゃんに言われていることだろうし、俺も深くは言わねえよ」


「かなり踏み込まれた感じなんだけど……」


 心が太い車輪で踏みにじられた感じ。遠慮がないよ……。


「もうっ。……分かってる」


「分かってねえよ」


 分かっていたら、こんなところで狩りの手伝いなんてしねえ。

 ……痛いところを突かれた。


「国民の手伝いをしています、わたしには役目があります、だから勉強をする時間はありません――とまあ、卑怯な手で逃げてるんだろ、お前は。これもこれで必要なコミュニケーションではあるが、俺ら側からしたら、きちんと勉強をしろって思うぜ、マジで」


 ……分かってる。んだけど、さ。


「……勉強、嫌い」

「おお……屁理屈を言われるかと思ったが、一番、子供っぽい理由がきたなおい」


「遊びたい」

「本音が過ぎるわ。そしたら大人も同じだよ。遊びてえよ」


「……そうだよね、みんな、必死に生きてるんだもんね、楽しいだけじゃ、好きなことばかりしてるんじゃ、ダメなんだよね――うん!」


 そしてわたしは決意する。


「とりあえず一週間は遊ぶ! 来週から勉強を始めるよ!」


 国のために! と意気込んだら、わたしを釣っていた釣り針がはずされた。

 結構な高さを落ちて、水面に落下。ぷはあっと顔を出して怒りマークを出して見上げる。


「こらー! いきなり落とすなバカー!」


「うだうだ言ってねえで、今から頑張れバカ。

 とりあえず今日はもう帰れ。狩りにお前の役目はねえよ」


 まったく、この国の先が思いやられるぜ……と頭を抱えるおじさんに、べーっ、と舌を出して、わたしは泳ぎ始める。

 寄り添ってきたスリムなイルカに乗って、お城が見える離島へ向かった。

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