第200話 東の決戦

 帝国東部の平原。マクシミリアン・ガレド率いる帝国東部と北部の軍勢およそ七万が、レジス・ルフェーブル侯爵率いる皇帝の軍勢およそ七万と対峙していた。

 数の上では互角。兵の質では、マクシミリアンの陣営が上回る。

 今まで隣国との最前線として戦い続けてきた東部と北部は、徴集兵でさえも貴族領軍の兵士並みに強い。戦わなければ自分たちの故郷や財産、家族が危うくなるからこそ、彼らは果敢に戦いに臨み、実戦経験を積んできた。

 その経験は未だ生きており、そしてやはり士気も高い。西からの脅威に対しても、これまでと同じだけの熱量をもって対峙している。


「我が騎士と兵士たちよ! ガレド大帝国の、真の皇帝の下に集った戦士たちよ!」


 そんな軍勢を前に、マクシミリアンは声を張る。


「諸君こそが、帝国の真の守護者である! これまで帝国を守り続けてきたのは、簒奪者フロレンツの率いる帝国中部の兵どもではない! 他ならぬ諸君である! そして、帝位を正しき者の手に渡らせるのも諸君である! 諸君は今日、帝国領土の守護者であると同時に、帝国の歴史の守護者となるのだ! 諸君こそが帝国の英雄だ! 英雄にはふさわしい名誉と、そして褒美が与えられるであろう! ……生意気な帝国中部の連中に、我らの力を見せつけよう!」


 高らかな宣言に、騎士と兵士たちは大地を揺さぶるほどの声で応えた。

 そして、戦いが始まる。

 攻め手に回るのはマクシミリアンの陣営だった。歩兵が前、弓兵が後ろ、その両側面に騎兵という単純かつ王道の陣形で前進したマクシミリアンの軍は、ある程度の距離まで敵軍に近づいた上で、弓兵による曲射の一斉射と同時に歩兵が突撃を開始する。

 受け止める皇帝の陣営は、歩兵が前、その後方から側面にかけて、弓兵が八の字を作るように布陣している。

 両者ともに比較的単純な陣形となるのは、帝国の歴史上でもあまり見られない大軍である上に、帝国軍と複数の貴族家の兵が混ざり合った軍勢であるが故にそう複雑な行動をとれないことが理由だった。

 弓兵の斉射によって怯んだ皇帝の陣営の歩兵に、マクシミリアンの陣営の歩兵が激突する。両軍合わせて十万近い歩兵が激突する、皇帝の陣営の弓兵が曲射による援護を開始し、マクシミリアンの陣営も、歩兵に追いついた弓兵が曲射で援護を行う。矢の中に混じり、魔法攻撃も飛び交う。

 小細工なしの、力による攻防。その中で優勢なのはマクシミリアンの陣営だった。


「何故だ! おのれ、何故我らの兵が押されている! 皇帝陛下の軍勢なのだぞ!」


 自軍が劣勢に陥るを後方の本陣から見ながら、レジスは叫ぶ。

 自分たちは帝国東部や北部の貴族とは違う。かつて戦争に敗北し、降伏して取り込まれるかたちで帝国に加わった辺境の田舎貴族たちとは違う。

 自分たちこそが真の帝国貴族である。帝国の黎明期、いや帝国の建国前からガレド家に仕え、守ってきた伝統ある貴族である。そして今は、帝冠が、帝位が自分たちの後ろについている。

 なのに何故、自分たちが押される。

 無謀な戦いを挑んだわけではない。数で負けているわけではない。地勢が不利なわけでもない。それなのに、どうして神は自分たちに微笑まない。

 レジスには本気で分からなかった。

 一方のマクシミリアンは、自軍の優勢を当然のものと捉え、落ち着いて戦況を見ていた。


「……負けるわけがない」


 兵士一人ひとりの精強さ。実戦経験。士気の高さ。全てこちらが上。その上で兵力は同数、小細工なしの正面からぶつかったのだから、こちらが押されるはずがない。

 皇帝の旗を掲げながら正々堂々戦うという面子にこだわり、馬鹿正直に会戦に臨んだ時点で敵側の負けは決まったようなものだ。

 そう思いながら、自軍が敵軍を押し込んでいく様を見渡していた。

 しかしさすがに、皇帝の軍勢もこのまま押されて終わるわけではなかった。


「騎兵部隊を敵陣の側面にぶつけろ! 鉄床戦術だ!」


 本隊で敵を受け止め、その隙に機動力のある騎兵部隊が敵の側面や後方を叩く。会戦の王道であり、だからこそ強力な戦術をレジスは叫んだ。


「し、しかし閣下。本隊から騎兵部隊を離すのは……」


「温存していてどうするというのだ! 本隊の守りは歩兵の予備軍を使えばよい! 強烈な一撃を加え、敵の攻勢を乱せば勝てる! ここが勝負どころだ!」


 総大将としてのレジスの決定で、本陣近くにいた騎兵五千が動く。味方の右翼側を抜け、敵軍の左翼側に突入しようと大地を駆ける。

 その動きによって生まれた敵本陣の隙を、マクシミリアンは見逃さない。


「こちらの騎兵を動かせ。敵の騎乗突撃を牽制しつつ――敵本陣を直接叩く」


 即座に、マクシミリアンの陣営の騎兵七千のうち、左翼側に配置されていた三千が前進を開始する。敵騎兵による側面攻撃を妨害しようと、そのさらに側面を狙う。

 そして右翼側に置かれていた四千の騎兵が、皇帝の陣営の本陣を目指す。大会戦の戦場は広大であり、敵本陣までは遠いが、それでも全速力で駆ける。


「閣下! 敵はやはりこちらの本陣を叩きに来ます!」


「予備の歩兵を動かせ! 槍衾で突撃を受け止めるのだ!」


 皇帝の陣営、その本陣を守っていた予備軍およそ三千が、騎乗突撃に備える。

 本陣直衛も兼ねて比較的精鋭の兵士が集められているこの部隊は、盾を並べ、槍を突き出し、強固な槍衾を構成する。

 それに対し、マクシミリアンの陣営の騎兵部隊はまったく怯むことなく進む。

 その先頭を行くのは、肉体魔法を使う騎士たちだった。彼らは常人であれば片手で振り回すのが難しい大槍を構え、鋒矢の陣、その鏃の先端を担う。


「放て!」


 最先頭を進む指揮官の貴族が叫び、肉体魔法使いたちは一斉に大槍を投擲した。まるでクロスボウの矢のような勢いで放たれた数十本の大槍は、槍衾を構成する盾を容易に突き破り、敵歩兵たちを怯ませる。

 そこへ、騎兵部隊がついに突撃する。大槍を手放した肉体魔法使いたちは剣を、その他の騎士たちもそれぞれの得物を構え、槍衾の僅かな隙に己と愛馬をねじ込むように突入する。

 少なくない損害を負いながら敵歩兵の陣形に踏み入った騎兵たちは、そのまま左右に押し広がるように進む。そうすることで、鋒矢の陣の軸の部分、後続の部隊が前進する道を作る。後続の部隊はさらに突撃し、また敵歩兵の隊列を押し広げるように崩す。

 敵味方がせめぎ合う、その間に作られた僅かな進撃路。そこを突破したのは、騎兵部隊の陣形の最央にいた百騎ほど。最も厚く守られていた彼らは、ついに敵将レジス・ルフェーブル侯爵たちのいる敵本陣と対峙し、停止する。

 マクシミリアンの陣営。その七万の軍勢は、彼ら百騎をここまで通すために戦っていたと言っても過言ではない。

 馬上にいるのは、魔法使いたちだった。自ら馬を操っている者もいれば、小柄な騎士の背に、重量を減らすためにあえて鎧なしで乗っていた者もいた。

 魔法使いたちが一斉に手を構える。その隊列の先頭中央に、一際豪奢な軍装の男がいた。

 男の名前はアンセルム・ドヌーヴ。帝国北部の雄ドヌーヴ伯爵家の嫡男であり、稀代の火魔法使いであり――処刑されたディートリンデ・アーレルスマイアー・ガレド第二皇女の婚約者だった。

 その怒りを表すように、手から赤い光が生まれ、次の瞬間には火球が放たれる。一人の魔法使いが作り出したとは思えない爆炎が、いくつもの火球とともに敵本陣に迫る。


「馬鹿な。この私が――」


 その呟きが、帝国中部の貴族たちの派閥盟主として圧倒的な権勢を誇ってきたレジス・ルフェーブル侯爵の最期の言葉になった。




 総大将以下、指揮をとるべき大貴族や帝国軍将官の多くを失った皇帝の陣営は、戦闘態勢を維持できずに崩壊。

 半数近くが死傷あるいは降伏し、残る半数のうち貴族の手勢は領地へと逃げ帰り、帝国軍人は帝都まで後退した。

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