第181話 要塞の緒戦②

 一方で、城壁を上がっての攻勢も問題なく防がれていた。

 二十を超える梯子がかけられ、何十人もの敵兵がそこを上ってくるが、その多くは半ばまでも到達できずに矢や石を食らって落下していく。城壁の二階部分に作られた銃眼から今は槍が突き出され、敵兵を貫いて落とし、そこまではできない場合でも前進を妨害する。

 激しい攻防が続く中で、防衛側の兵士たちには疲労が溜まっていく。入れ代わり立ち代わりで攻める帝国側とは違い、要塞の防衛側は同じ兵士が同じ持ち場を守り続けている。


「交代だ! 城壁上のクロスボウ兵から、急いで交代しろ!」


 イェスタフの命令で、兵士たちが動く。まずは城壁上にいたクロスボウ兵たちが駆け足で階段を降り、要塞内に控えていた交代要員がこちらも駆け足で階段を上がる。

 これまで数年にわたって訓練を積んできたため、その動きは無駄がなく迅速だったが、それでもこの交代の時だけはどうしても敵に隙を見せることになる。城壁上に残る弓兵と、二階部分の銃眼から敵を攻撃する兵士たちだけでは手が足りず、梯子を半ばより上まで上る敵兵が増える。

 当然、この隙を凌ぐ手段も事前に考えられている。


「魔法使い! 敵の侵入を防げ!」


 イェスタフが次の命令を飛ばし、城壁上で盾の陰に潜んでいた風魔法使いたちが、盾の陰から要塞の外へと手を突き出す。その手から緑色の光が生まれ、真下に吹き抜けるように強烈な突風が放たれる。

 不意に突風の直撃を受けた敵兵たちは、多くがバランスを崩して梯子から落下。地面に叩きつけられる者もいれば、空堀の中に落ちて無数の杭に全身を貫かれる者もいた。

 そうして敵が怯んだ隙を突き、今度は火魔法使いが攻撃を仕掛ける。護衛の大盾兵に守られながら、城壁から身を乗り出すようにして放射状に火炎を放ち、梯子を上ってくる敵兵を焼き払う。

 魔法使いたちが稼いだ時間で、城壁上のクロスボウ兵が交代を完了。彼らが攻撃を再開し、敵に矢の雨を浴びせる中で、今度は城壁上の弓兵が、そして城壁裏側の足場にいる兵士たちが交代を完了する。

 攻防で疲れた兵士たちが下がり、万全の状態の兵士たちが最前線に出たことで、防衛側の攻撃は勢いを落とすことなくくり広げられる。

 そしてまた、激しい攻防が展開される。数に任せて強引に迫り来る敵兵を、防衛側は強固な城壁と様々な防衛設備、さらには魔法を駆使して退けようとする。

 数十分も攻防が続いた頃、ついに少数の敵兵が梯子の頂上に辿り着く。

 その城壁への侵入を防ぐために戦うのは、王国軍や貴族領軍の兵士と騎士たち。クロスボウを主装備とする徴募兵や予備役ではない、白兵戦を行うことを想定した正規軍人。

 イェスタフ自身も、自ら剣を抜いて迫り来る敵に立ち向かう。副将軍で子爵という地位にありながら、常に最前線で戦ってきたその自負と度胸を武器に、矢が飛び交う城壁上で臆することなく剣を振るう。

 狙いを定めたのは、全身鎧を身につけた騎士でありながら自ら梯子を上ってきた一人の敵。イェスタフが鋭い斬撃をくり出すと、騎士は自身の腕、鉄製の籠手でそれを防いだ。

 重い一撃による衝撃は凄まじく、たとえ刃が通らずとも腕には相当の痛みが走るはずだが、その騎士は耐えた。バランスの悪い梯子の上でイェスタフの斬撃を受け止めきり、もう一方の手から剣による突きを放った。

 それを、イェスタフは冷静に避ける。さらにはその腕を掴み、頭突きを放つ。

 互いの兜がぶつかり合い、互いの脳を揺らす。この攻撃にはさすがに騎士も耐えかねたらしく、大きな隙を見せる。


「でやああああっ!」


 そこへ、イェスタフは雄叫びを上げながら再び斬撃を放った。

 横薙ぎに振るわれた剣は騎士の胴鎧を直撃し、バランスを保ちきれなくなった騎士は後ろ向きに崩れる。そのまま、直下で梯子を上っていた徴募兵を一人巻き込みながら地面に落下した。

 下敷きになった徴募兵は頭を打って死んだようだが、騎士は無事らしかった。しかし、十メートルを超える高さから落ちたダメージは軽くはなかったようで、腕を押さえ、片足を引きずりながら後退していく。

 再戦の機会があるかは神のみぞ知る。イェスタフは善戦した敵騎士の背に一瞬視線を向けると、すぐに周囲を見回して戦況を確認する。

 東を向く城壁の左端、塔の近くに、複数人の敵兵が到達しようとしているのが視界に入る。しかしそれは防衛側の罠。あえて防御が薄いと敵軍に思わせる箇所を作り、敵兵を集中させて一気に叩くための策だった。

 案の定、敵兵が二人、城壁上に到達しようとしたところへ、ユルギス・ヴァインライヒ男爵が躍り出る。元傭兵で今は王国貴族であるグルキア人は、目にも止まらぬ速さで剣を振るい、雑兵二人を瞬く間に屠った。

 さらに、こちらも元傭兵であるユルギスの従士数人が彼の周囲を囲む。梯子で上ろうとした先の防御を固められた敵兵の集団は行き場をなくし、そこへ矢や魔法が集中的に浴びせられる。

 城門を挟んで反対側を見ると、そちらはリヒャルトが指揮をとり、危なげなく守っていた。


「皆、気を抜くな! そのまま守り続けろ!」


 イェスタフの鼓舞に、防衛側の兵士たちも力強い声で応える。

 主が帝国から変わってもなお、ザウアーラント要塞は難攻不落の異名を証明するように堅牢さを敵に見せつけていた。


・・・・・・・


「――昨日には三度目の攻勢がありましたが、ルーストレーム卿やクロンヘイム卿の指揮のもと、いずれも危なげなく撃退しております。現在までに王国側の損害は死者が五十七、負傷者が百四十一です。今後は同盟の兵力も要塞防衛の交代要員として加わるため、損害に関しては問題ない程度と言えるでしょう」


「……そうか。よくやってくれているね。王国軍や貴族領軍、そして予備役や徴募兵の貢献に感謝する」


 王城の会議室でジークハルトの報告を聞いたスレインは、数瞬目を伏せ、そして答える。

 この数字の裏には、命を失った者や負傷で苦しむ者、その家族がいる。そのことを忘れぬよう自分に言い聞かせながら、しかし今は王として振舞う。


「恐縮に存じます、国王陛下」


「同盟各国のうち、イグナトフ、エルトシュタイン、ルマノ、ルヴォニアの援軍が既に王国領土に入ったと、先触れより報告が入りました。各軍には王領南部にて集結してもらい、その後に総指揮権を陛下に握っていただき、実務指揮権をフォーゲル卿に預けるかたちとなります」


 ジークハルトの横で、イサークがそう語った。


「そうか、思っていたよりも早い到着だったね」


「皇帝フロレンツの喧伝する、大陸西部侵攻の目的が影響しているものかと。同盟各国にとって、帝国のハーゼンヴェリア王国への攻勢はもはや自国への攻勢も同然です」


 生真面目な表情で言う宰相に、スレインは苦笑を浮かべながら頷く。

 大陸西部への侵攻について、フロレンツが帝国貴族たちにどう語っているかは、間諜の報告やジルヴェスターの情報提供から聞こえている。

 矮小なる大陸西部の全土を帝国のものとし、土地も利益も皇帝家と貴族で山分けにしよう。そんなフロレンツの呼びかけは、長年にわたって存在感の薄い立場に甘んじてきた帝国西部貴族たちの野心を、大いにくすぐったようだった。

 結果、帝国軍と西部貴族の手勢を中心に合計四万もの兵力が、大陸西部を向いているという。

 しかし、このような野心を堂々と喧伝すれば、大陸西部も劇的な反応を見せるのは当然。西サレスタキア同盟は既に、最大級の警戒心をもって帝国を睨み返している。

 スレインとしては、味方の士気を上げるために敵の士気まで高めるフロレンツの手法にはあまり感心できない。


「ともかく、四か国の援軍が加わるとなれば要塞防衛の兵力は当面問題ないか」


「仰る通り、ハーゼンヴェリア王国の兵力と合わせると、現時点でも向こう半年は余裕があるものと思われます。実際には、帝国側も無策のまま攻め続けて損害ばかり増やすとは思えないため、数週間も守れば敵の攻勢は勢いを失うものかと」


 ジークハルトは将軍として見解を示し、そこで少し表情をあらためる。


「ただ、少々気になる点もあります」


「敵の攻勢の規模について、かな?」


 スレインがそう返すと、ジークハルトは王の聡明さを喜ぶように小さく笑みを浮かべ、頷く。


「はっ。攻勢に出てきた敵部隊は、いずれも二千から三千程度。威力偵察にしては三度の攻めというのは多く、しかし本攻勢にしては投入された兵力が小規模です。私が敵将であれば、数倍の兵力を一度に投入してより長い時間攻勢を続け、要塞の防衛兵力を疲弊させることを狙います」


「僕が敵将でもそうするだろうね。小規模な戦力を逐次投入しているのは、帝国が我が国やザウアーラント要塞を舐めているのか、敵将が単に無能なのか、あるいは……何かの時間稼ぎ?」


 スレインが呟いたそのとき。会議室の扉が叩かれた。入室を求める声はエレーナのものだった。

 許可を受けたエレーナは会議室に入り、スレインに一礼し、口を開く。


「陛下。イグナトフ王国より情報提供がありました。皇帝フロレンツの軍勢およそ一万五千が、ゼイルストラ侯爵領を通過してフェアラー王国領土に侵入したとのことです」


 それを聞いたスレインは片眉を上げ、ジークハルトと顔を見合わせる。


「……これが敵の本命か」


「そのようですな。皇帝フロレンツがどのようにゼイルストラ侯爵と話をつけたのかは分かりませんが、平地で国境を接するフェアラー王国への侵入の方が、ザウアーラント要塞を突破するよりははるかに楽でしょう」


 広大な帝国領土の南西端に存在し、その歴史や位置から独立志向の強いゼイルストラ侯爵領。その領内を皇帝家の大軍が堂々と通るのは容易ではない。元は一国家だった侯爵領には、大陸の現状において皇帝家、東の皇兄たち、西の同盟に並ぶ第四勢力になり得る力さえあるのだから。

 そのゼイルストラ侯爵領をフロレンツはどうにか宥め、自軍を通過させた。この報は大陸西部にとって、ある意味で青天の霹靂だった。


「ジークハルト。要塞防衛に関してはひとまず君に一任する。我が国に入った各国の援軍の扱いも任せる。僕は……南の国々の君主たちと会談の席を設けるよ。エレーナにはそちらの手配を頼む」


 スレインの指示に、ジークハルトとエレーナはそれぞれ承知の意を示す。

 北と南。二つの方向で帝国の侵攻に対抗しなければならない。そのためには同盟各国の君主たちが話し合い、策を立て直して足並みを揃える必要があった。

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