外伝 ルーカス
ハーゼンヴェリア王国への帰路に発つ頃には、騎士ルーカスは既に自力で動けるようになっていた。まだ剣を自在に振り回せるほどにまでは回復していなかったが、皆と共に帰路の行軍準備に臨み、そのまま自分の馬に乗って移動できる程度には元気になっていた。
帰路の途中からは、休憩時間に筋力や戦いの勘を取り戻すための鍛錬も始めた。毎日の行軍と、その合間の軽い鍛錬は、安静にしてばかりで鈍った身体を鍛えなおすには丁度良かった。
そうして、初冬にハーゼンヴェリア王国へと帰還。平穏な通常任務に戻って落ち着きを取り戻し始めた矢先――ヨアキム・ブロムダール子爵より、呼び出しを受けた。
呼ばれたのは王城、彼の典礼長官としての執務室。指定された日時に訪問し、入室したルーカスは、整った所作で敬礼する。
「ブロムダール子爵閣下。騎士ルーカス、参上いたしました」
「ああ、ご苦労。楽にしてくれ。今日は個人的な話があって呼んだのだ」
子爵の許可を受け、ルーカスは敬礼を解き、中空に向けていた視線を彼に向ける。
典礼長官という地味だが重要な役職を任されている彼は、ルーカスが軍内で接する上官たちとは全く異なる雰囲気をまとった、いかにも文官然とした人物。
パウリーナの父である彼が、自分にどのような話があるのかは、ルーカスも当然察している。
「帰還した娘から、エーデルランド王国王都ブライストンでの一件は聞いた。娘の命を救ってくれたそうだな」
「王国軍人として、当然の務めを果たしたまでです」
ルーカスの返答や態度に好印象を抱いたらしいブロムダール子爵は、微笑を浮かべる。
「それでも、君に娘を救われたという事実は変わらない。パウリーナの父として、心から感謝している。ありがとう」
「恐縮です、閣下」
自分は本当に仕事をしただけだから、礼など不要なのに。
そう思いながらも、ルーカスは姿勢や表情を崩さず答える。娘を救われた父親が、救ってくれた相手に礼を言いたいというのはごく自然なことだと理解しているので、黙って受け入れる。
「詳しい状況も聞いた。刺客が陛下を狙って放ったクロスボウの流れ矢、それが娘に当たりそうになったのを、身を挺して庇ったというじゃないか。素晴らしく勇敢な行いだ。さすがは王家より叙任された騎士だな……一王国貴族として、君のような武人がこの国にいることを心強く思う。まさに王国軍人の鑑だと」
「……」
そこまで言われると、ルーカスも悪い気はしない。良き騎士であることが自分の存在意義であると考え、今まで鍛錬と実戦経験を積んできた。そのことを、自分よりはるか上の立場にいる貴人から称賛されれば、当然嬉しい。
「過分な評価をいただき、光栄に存じます」
「……君の父君も、強き騎士だったと聞いている」
その言葉を聞き、ルーカスの緩みかけていた表情が強張った。
ウォレンハイト公爵に最期まで仕え、結果として王家に刃を向けた謀反人となった父ヘンリク。ルーカスにとって彼の存在は呪いであり、それでもやはり唯一の父である。
その父に言及されたことで、ルーカスは固まった。
「君の事情は知っている。王家の直臣である私から父君の話を出されて、愉快ではないだろう。すまないな」
「……いえ」
本当に申し訳なさそうに微苦笑するブロムダール子爵に、ルーカスはなんとかそれだけ答える。
「謀反に加担した騎士の息子である君の入隊は、当時は法衣貴族たちの間でも少し話題になったからな。私も色々と聞いた。君は父君から鍛えられた武芸や騎乗の腕をもって、王国軍にその年の首席で入隊したと。君が騎士資格を得たときも、やはり少し話題になった。同期どころか先任の兵士たちより叙任が早かったそうだな」
少なくとも、父のことや自分の出自を悪く言われるわけではないらしい。そう察して、ルーカスはほんの僅かに安堵する。
「言わば、君の父君が君を鍛えてくれたからこそ、君は勇敢な騎士となり、私の娘が救われたわけだ……なので、こう言わせてほしい。君の父君、騎士ヘンリクに感謝する」
言われた瞬間、ルーカスは小さく息を呑んだ。
「もちろん私も王家の直臣という身だ。結果的に謀反人となった君の父君に、公に感謝を表明することはできない。だからあくまで個人的な、この場のみでの非公式な言葉となるが、それでも私は君に感謝すると同時に、君の父君にも感謝している」
「……っ、ありがとうございます」
こみ上げてくる感情をこらえながら、ルーカスは答える。
呪いだと思っていた。この先もずっと呪いになると。しかし今、それだけではなくなった。
自分は騎士ヘンリクの息子である。父が持っていた騎士としての実力を、覚悟を叩き込まれ、自分もまた騎士となった。その事実をそのままに肯定された気がした。
「一人の父親として、娘を救われた恩は決して忘れない……なので、この先もし何かあれば、私を頼りなさい」
声を詰まらせたルーカスに優しい表情を向けながら、ブロムダール子爵は言った。
「君は母もおらず、天涯孤独の身だと聞いている。それにそのような出自だ。君の騎士としての実力や王家への忠誠は疑いようがないが、それでもやはり苦労することもあるだろう。もし困難があれば、そのときは私が個人的に力になろう。これでも貴族家の当主だ。多少のことなら解決できる」
「心に留めておきます、閣下」
再び敬礼したルーカスは、子爵の穏やかな表情に見送られて退室した。
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