第167話 勝利のあとに

 戦いの後に待っているのは戦後処理。これほどの大戦ともなれば、その戦後処理も相当な大仕事となる。

 降伏した侵攻軍の残存部隊と後方支援の人員の総数は七千弱。「赤い海の秋」に伴うガラレウラの上陸に巻き込まれ、港にいた負傷者を中心に少なからぬ損害が発生していた。

 会戦で敗走して散り散りになり、少数でさ迷っていたところを同盟軍に捕らえられた侵攻軍兵士や、占領地各地を維持していたところを捕らえられた後方支援の人員も含めると、捕虜は九千人に迫る規模となった。

 これほど大勢の捕虜ともなれば、管理するのも容易ではない。生かすための食料は侵攻軍が自ら持ち込んでいた物資を充てるとしても、彼らを寝起きさせる場所や、監督する人員に困る。

 結局、捕虜たちのうち傭兵や奴隷身分の者は即座に奴隷として売り払われ、残りの者はいくつもの集団に分けられ、彼らが勝手に構築した拠点や要塞化した建物などに押し込められることとなった。その監督役として、ヒューブレヒト王国やサロワ王国、オルセン王国など近隣諸国の一部の部隊が、今しばらくエーデルランド王国に助力することとなった。

 それらの調整が進む一方で、遠洋航海に耐え得るオルセン王国の大型船が出航。イレドラル湾の奥深くに入り込んでいたために「赤い海の秋」に巻き込まれなかったケライシュ王国の軍船を案内役とし、捕虜返還などの交渉をするためにアトゥーカ大陸へと向かっている。

 戦後処理がひと段落するまでにかかった時間は一週間以上。空気がだんだん冬のものに変わっていく中で、今回集った西サレスタキア同盟軍は解散することとなった。


「エーデルランドは大変な冬を迎えることになるな。食うものに困らないとはいえ、人口の一割以上に及ぶ捕虜の面倒を見なければならないとは」


「そうですね。貴国をはじめとした近隣諸国の助力があるとはいえ、とても楽な仕事とは言えないでしょう……せめてもの救いは、その捕虜たちを戦後復興の労働力として有効活用できることでしょうか。占領地の被害も少なく済んだようですし」


 ブライストンの王城に用意された、戦勝の宴の場。そこでスレインは、諸王と酒を囲みながら、ガブリエラの言葉に頷く。

 侵攻軍は占領地をそのまま植民地化するつもりだったようで、占領された都市や村はほとんど破壊されずに済んだ。要塞化されたペイルトンの片付けや、今までにも増して大規模だった「赤い海の秋」で上陸したガラレウラの死体の処理などは、捕虜たちを働かせることで素早く進められる見込みとなっている。

 大量の輸送船を失った今、ケライシュ王国が捕虜輸送に取りかかれるのはどれほど早くとも晩冬になると見られている。それまでは、食と住の面倒さえ見れば捕虜は使い放題の労働力だ。


「それに、エーデルランドの民の被害が少なかったことも幸いですね」


「確かに。エーデルランド王の英断の結果でしょう」


 会話に加わったファツィオに、スレインは答える。

 侵攻軍によって捕らえられた少数の民も、ペイルトンなどで強制的に働かされていたところを保護された。アトゥーカ大陸に連れ去られた者は、こちらの捕虜と引き換えに取り戻される。殺されたり、暴行を受けたりした者が皆無というわけではないが、大規模な侵攻を受けたわりには、人的被害は驚異的なまでに小さかった。


「同盟軍の死傷者も、戦いの規模のわりには極めて小さかった。これはひとまず成功と言えるのではないか?」


「ああ、我々の築いた同盟には意味があった。その価値を証明できた……サレスタキア大陸西部にとって歴史的な一歩だろう」


 オスヴァルドの言葉に、ガブリエラは感慨深そうに頷いた。

 諸王が話す場から少し離れた位置では、同盟各国の将軍格の者たちも語り合う。


「同盟各国が初めて共闘して、よくぞこれだけ歩調を合わせられたものだな」


「まったくだ。正直に言うと、想像以上だった……今まで我々も苦労した甲斐があったな」


 ジークハルトが言うと、ロアールが珍しく感情の見える返答をする。

 同盟が誕生して数年。複数の国の軍隊が集まっても組織立った戦いができるよう、戦時を想定した計画を地道に作り上げてきたのは、ジークハルトやロアールのような軍人たちだった。

 平和が続いたこの数年、各国の将官や士官が定期的に集まっては様々な場合を想定した集結や編成を計画し、各国の国力を鑑みて利益を調整しながら、実現可能な計画を立ててきた。楽な仕事ではなく、衝突や苦労もあった。

 その計画の一つが形を成し、初めての共闘にしては及第点以上の結果となった。一万を超える大軍が比較的迅速に集結し、烏合の衆となることなく部隊行動をとれた。

 だからこそ、スレインの策やドグラスの蛮勇、ガブリエラの戦術やオスヴァルドの魔法、総大将クラークの果断が活きた。


「一度こうして動くことができたのだ。自国、延いては大陸西部を守れるとなれば、各国もますます同盟に協力的になるだろう。我が女王陛下にとっても、卿の主君であるハーゼンヴェリア陛下にとっても喜ばしいことだ」


 積極的に同盟軍に参加すれば、自国を戦場とすることなく守れる。それが証明された今、同盟各国はたとえ自国から離れた戦場にも進んで兵を送るようになる。

 帝国との最前線になり得るハーゼンヴェリア王国にとっても、大陸西部で随一の権勢を誇るオルセン王国にとっても、それは有益なことだった。


「間違いない。これで、大陸西部の安寧はより確かなものとなる……お互い、いつくたばっても安心できるか?」


 ジークハルトがそう言って笑うと、ロアールも苦笑した。

 二人とも、十年後も軍人として第一線にいられるかは分からない歳。自分たちがいなくなった後も国が守られるよう考えなければならない。だからこそ今回の大勝利は大きな安心材料となった。

 その後も大広間の各所で歓談が続けられる。同盟各国の将と、主に爵位持ちの士官たちが、戦友となった他国の者たちと賑やかに語らう。

 イェスタフが他の国の将官と酒の飲ませ合いに臨んだり、ユルギスと他の国の士官が腕相撲での力比べを始めたり、それらを各国の将官仕官たちがはやしたてたりと、戦勝の宴にふさわしい盛り上がりを見せる。

 それらの盛り上がりもやがて落ち着いてきたところで、総大将であるクラークが宴を締めるために皆の注目を集めた。


「それでは諸卿。エーデルランド王国防衛のため、同盟軍として集ってくれたことに今一度、礼を言う。此度の勝利は我ら全員の勝利である」


 クラークが杯を掲げると、皆もそれに倣う。

 彼が総大将として口を開こうとすると、酒が入って上機嫌なドグラスがその前に割り込んだ。


「いやあ楽しい戦だった! また皆でやろう! 近いうちに!」


「冗談じゃない。しばらくは御免だ」


 クラークが苦笑しながら即座に突っ込むと、その場に大きな笑いが起こった。


「おい、茶化すなヒューブレヒト王……ではあらためて、諸卿。偉大な勝利と、払われた犠牲と、西サレスタキア同盟の栄光に」


 クラークに合わせて、一同は掲げた杯を、勝利と犠牲と栄光に捧げる。スレインも皆と共に総大将の言葉を復唱する。

 この数日後、ハーゼンヴェリア王国の部隊は、他の各国の部隊と同じように帰路に発った。


・・・・・・・


 スレインたちがハーゼンヴェリア王国に帰り着いた頃には、季節は冬に移っていた。

 雪が降り始める前に帰還できたことに安堵しつつ、スレインは王城に入り、臣下と使用人、そして家族に迎えられる。


「お帰りなさいませ、陛下」


「ただいまモニカ。会いたかったよ」


 満面の笑みを見せる王妃モニカに歩み寄り、彼女と抱きしめ合う。そして、父と母の再会が終わるまで横で大人しく待っていた子供たちの前にしゃがみ込む。


「ただいま。ミカエル、ソフィア」


「おかえりなさいませ、父上!」


 父に言葉をかけられたミカエルが、ぴしりと気をつけの姿勢で言う。長男として早くも大人ぶりたい年頃の、彼らしい反応だった。

 その隣では、ソフィアが既に半泣きになっている。


「ちちうえ、あいたかった~!」


「僕も会いたかったよ、大事な大事なソフィア」


 両手を広げてとてとてと歩み寄る愛娘を、スレインは優しく抱き留める。


「ミカエル。僕が留守の間、ソフィアを守ってくれたね。ありがとう」


「とーぜんのつとめです! それでちちうえ、おみやげのぶゆーでんはありますか!?」


 目を爛々と輝かせるミカエルに、スレインは苦笑しながら頷いた。


「もちろんあるよ。今まで以上に大きな戦いだったからね。迫力満点の話を聞かせてあげよう」


 まだ幼いミカエルに聞かせるには不適切な出来事――例えば敵の傭兵の死体を串刺しにしたり――も多々あったので、そのあたりは誤魔化して語らなければならないが。そう思いながら、スレインはソフィアを抱きかかえ、ミカエルの手を引く。

 居並ぶ法衣貴族たちとも挨拶を交わしてから、スレインは家族と共に城館に入る。


「ただいま、エルマー。初めまして」


 居間に向かい、まず近寄って声をかけたのは、スレインの出発直後に産まれた第三子、次男エルマーだった。

 まだ幼子の彼は、初めて会った父親に声をかけられ、赤ん坊用の籠の中からきょとんとした顔でスレインを見つめる。


「手紙では聞いていた通り、この子も元気に育ってくれているみたいだね。よかった」


「ええ、とても元気ですよ。ミカエルが赤ん坊だった頃を思い出します……さあ、スレイン様。お茶を淹れましょうか」


「……そうだね、頼むよ」


 遠い戦場から、我が家である城に帰ってきた。安堵を覚えながら、スレインはモニカが淹れてくれたお茶を飲む。

 来年はまた平和な年になってほしい。そのまま平和が続いてほしい。心からそう願いながら。



★★★★★★★


ここまでが第五章となります。お読みいただきありがとうございます。

次回は後日談的な外伝を投稿し、その次から第六章が開始となります。


書籍1巻『ルチルクォーツの戴冠 -王の誕生-』は8月9日に発売となります。

改稿や追加エピソードの加筆によるストーリーの深掘り、そしてttl先生による美麗なイラストの数々によって、WEB版からさらに進化した最強の一冊に仕上がっています。

スレインたちの物語をより広く世に届けるため、皆様のお力添えをいただけますと何よりの喜びです。何卒よろしくお願いいたします。

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