第156話 命の軽さ

 一週間に及ぶ立て続けの偵察兵狩りによって、西サレスタキア同盟軍は五十人を超える侵攻軍兵士の捕虜を得た。王都ブライストン内に置かれた牢屋で拘束されていた捕虜たちは、ある日、王都の外の野営地に設けられた広場に連行された。


「この侵略者どもが!」


「俺たちの故郷を返せ!」


「とっとと海の向こうに帰りやがれ!」


「いや、ただ帰すだけじゃ気がすまん! 死体にして帰してやる!」


「そうだ! 八つ裂きにしてやればいい!」


 地面に座らされた捕虜たちを囲んで罵声を浴びせているのは、徴集兵として従軍しているエーデルランド王国の平民たち。その多くは侵攻軍に故郷を追われ、避難民として王都に逃げ込み、クラーク・エーデルランド国王に徴集された者たちだった。

 彼らにとって目の前の捕虜は、自分たちの家を、平穏な生活を奪った憎むべき敵だった。

 この場を見張るエーデルランド王国軍がいなければ、そのまま捕虜たちを袋叩きにして殺してしまいそうな剣幕で、徴集兵たちは叫び散らす。


「お、おい……俺たちどうなるんだ」


「このまま皆殺しなのか?」


「いや、まさかそんな。そこまでするなんて……」


「だけど、敵は小国の蛮人たちだぞ? 何をしやがるか知れたもんじゃない」


「そいつの言う通りだ。俺は第一陣として敵と戦ったから知ってる。ここは国王なのに山賊みたいに野蛮な奴がいる大陸だ。どんなに残忍なことをされても不思議じゃねえ」


 四方八方から罵声を浴びせられる捕虜たちは、縮こまりながらぼそぼそと言葉を交わす。

 捕虜たちが話している間にも周囲からの罵声は続き、さらに多くの徴集兵が集まって捕虜たちを囲む。攻撃的な言葉が無数に浴びせられ、石なども投げつけられる。


「く、くそ、こんなところで死にたくない……」


「うちに帰りたい、帰りたい、母さん」


「馬鹿、泣くんじゃねえ。弱気なところを見せたら余計に何されるか……」


 一部の捕虜たちが泣き出したのを、他の者が止めさせようとした、そのとき。


「鎮まれぇ! スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下の御前である!」


 空気を振るわせる鋭い怒声が響いた。声の主は、イェスタフ・ルーストレーム子爵だった。

 捕虜たちも、徴集兵たちも、その他に野次馬として集まっていた同盟各国の兵士たちも、皆の視線が声の方に集まる。

 注目される中で、スレインが捕虜たちの前に進み出た。傍らにはイェスタフとヴィクトルと近衛兵たち、さらにユルギスも連れていた。


「おい、今ハーゼンヴェリアって言ってたか?」


「ああ、確かに言ってたぞ。ハーゼンヴェリア王って言えばあれだろ、帝国に勝った英雄だ」


「あんな子供みてえな見た目なのに……」


「あの見た目で、三倍の帝国軍を相手に圧勝して、何千人も殺しまわったっていう話だぞ」


「ヴァイセンベルク王国との戦いでも、たった数百人でゴルトシュタットを陥落させて、抵抗してきた偉い貴族を自分で斬り殺したって噂だ」


 英雄譚は市井を巡る間に尾ひれがつく。史実より一回りも二回りも誇張されたスレインの逸話を徴集兵たちが語り合うと、それは捕虜たちの耳にも届く。


「……」


 スレインが捕虜たちに近づき、地面に座る彼らを見下ろすと、捕虜たちは息を呑んだ。嘘のような噂の轟く得体の知れない青年を前にして、捕虜たちの顔が恐怖で歪んだ。


「……ユルギス。どうかな? 彼らは一応、全員が正規軍人を自称しているそうだけど」


 スレインに問われたユルギスは、小馬鹿にするような軽薄な笑みを浮かべながら捕虜たちを見回す。そして、最後にはその笑みを深めながら口を開く。


「嘘をついている奴が十人ばかりいますね。正規軍人と傭兵は、やはり目が違います。どんなにいい子ぶった表情を作って口を噤んでも、元傭兵団長の俺は騙せませんよ」


 捕虜も正規軍人と傭兵では扱いが変わる。まともな身代金を取れる可能性の高い正規軍人は相応の扱いを受けるが、傭兵はいきなり奴隷落ちさせられたり、ひどい場合は遊び半分に殺されたりすることもある。

 そうした虐待が問題になることも少ない。基本的に根無し草で税も収めない傭兵は、そもそも国民とは見なされず、国家の庇護を受けられない。

 そのため、偵察兵不足の埋め合わせのために動員された傭兵が、自分は正規軍人であると嘘をついていることは十分に考えられた。ユルギスの目によって、一部の捕虜の嘘も今暴かれた。


「そうか。嘆かわしいことだね……侵攻軍捕虜の諸君。ハーゼンヴェリア王スレインがここに命じる。傭兵であるにもかかわらず正規軍人を騙った者は、今ここで正直に白状せよ。そうすれば、今回に限り詐称の罪は不問とする」


「「「……」」」


 スレインが命じても、捕虜たちは誰も何も言わなかった。


「仕方ない。ヴィクトル、そこの彼を」


「はっ」


 スレインが捕虜の一人を指差すと、ヴィクトルが抜剣しながら前に出た。


「え?」


 指を差された捕虜は呆けた顔で呟き、次の瞬間、その首が飛んだ。


「……う、」


「うわあああっ!」


「そんな! こ、殺された!」


 いきなり仲間を斬り殺され、捕虜たちが騒ぎ出す。徴集兵たちもさすがに驚いてどよめく。


「捕虜の諸君。もう一度命じる。正規軍人を詐称した傭兵は正直に白状せよ。白状しなければ、このようにして一人ずつ首を刎ねる。傭兵が全員白状したと私が判断するまで、処刑は続く」


 スレインは冷淡な声で宣言した。すると、捕虜たちの一部が次々に、自分は本当は傭兵であると言い始めた。

 詐称を白状した者たちは広場の隅に寄り分けられ、最終的に十四人が分けられたところで、ユルギスが口を開く。


「今の男で最後でしょう。全ての傭兵が白状しました……何人か、正規軍人なのに傭兵を騙った奴もいるようですが」


「恐怖のあまり嘘の白状か。さっきまでと逆だね」


 後半は声を抑えてユルギスが言うと、それを聞いたスレインは小さく笑った。


「素直に白状してくれた傭兵の諸君。協力に感謝する……これで、話は早くなった」


 スレインが片手を上げて合図をする。と、スレインを囲んでいた近衛兵たちが、傭兵であることを白状した捕虜たちの背中側に回る。


「えっ?」


「な、何だ。何をする気だ……」


 戸惑う傭兵の捕虜たちを、スレインは穏やかな表情で見回す。


「少し前、ケライシュ王国による侵攻軍の小部隊がブライストンの都市内に侵入し、あろうことか同盟国君主の――私の暗殺を試みた。結果的に暗殺は未遂に終わったとはいえ、これは許しがたいことだ」


 語り始めたスレインに、この場にいる全員の注目が向けられる。


「戦場ではない場所で、無辜の民をも巻き込みかねない状況で、暗殺などという蛮行に走る者を、西サレスタキア同盟は決して許さない。実行犯は全員が傭兵だった。だからこそ、我々は正々堂々と戦わない侵攻軍の傭兵を断じて許さない……諸君にはここで死んでもらう」


「そ、そんな! 話が違う!」


「俺たちはその実行犯とは関係ない!」


「そうだ! そんな策が実行されたことも知らなかった!」


「身分を白状すれば助けると言われたから、俺たちは……」


 声を上げた傭兵の捕虜たちが数人、近衛兵に殴り倒されて黙らされる。


「私は詐称の罪を不問にすると言った。助けるとは一言も言っていない。諸君は詐称の罰として死ぬわけではない」


「酷い! あんまりだ!」


 傭兵の捕虜たちは悲鳴のように叫び、あるいは泣きながら命乞いを始める。全てを諦めたように黙り込む者もいる。


「……お待ちください、陛下」


 この状況に口を挟んだのは、イェスタフだった。


「奴らは傭兵とはいえ、降伏して捕虜となった身。捕縛した上で一方的に殺したとなれば、敵将との間で後々問題になるかもしれません」


 思わぬ助け舟に、騒いでいた傭兵の捕虜たちが少しだけほっとした表情になる。


「いや、問題にはならない。何せ敵将は、傭兵など使い捨ての駒としか思っていないのだから」


 イェスタフの提言に、スレインは穏やかな表情のまま答えた。


「暗殺未遂が起こった後、西サレスタキア同盟は捕らえた実行犯の傭兵たちについて、敵将に使者を送って問い合わせた。だが、敵将の返答は冷酷だった。そんな傭兵など知らないと言った。殺すなら勝手に殺せと言い放った。敵将は自軍の傭兵の命など心の底からどうでもいいと思っているんだ。あの返答はその証左だ」


 嘘だった。同盟軍は、侵攻軍の将に暗殺未遂犯のことなど問い合わせてはいない。敵将の返答など受け取ってはいない。

 スレインは捕虜たちに――この場では殺されない正規軍人の捕虜たちに聞かせるために、この嘘をついていた。イェスタフの提言も彼の意思で行われたものではなく、スレインの言葉を引き出すため、事前の打ち合わせの上で為されたものだった。


「彼ら侵攻軍の傭兵が死んだところで、敵将は何も気にしない。だから――彼らはここで死ぬ」


 スレインが近衛兵たちに頷くと、近衛兵たちは一斉に、目の前の捕虜の頭を掴んで顔を上に逸らさせる。


「ま、待――」


「嫌だ、死にたく――」


「止めろ! 俺は本当は傭兵じゃ――」


 傭兵と、傭兵であると自称した者たちの喉がナイフによって切り裂かれ、鮮血が吹き出す。

 仲間の死を見て逃げ出そうとする者もいたが、手も足も縛られた状態では、芋虫のように這うことしかできない。すぐに捕らえられ、やはり喉を切り裂かれて殺される。

 あっという間に十四の死体が生まれ、地面にいくつもの血溜まりができた。

 呆然とする正規軍人の捕虜たちも、自分たちが望んでいたはずの侵略者処刑の現場を目の当たりにした徴集兵たちも、思わぬ殺戮劇を見ることになった同盟各国の野次馬も、皆が黙り込む。重苦しい空気が場を包む。


「さて」


 スレインが穏やかな声のまま正規軍人の捕虜たちを向くと、彼らは恐怖で顔を歪めた。


「大丈夫、安心してほしい。諸君は敵とはいえ、誇り高き正規軍人だ。非道な扱いはしない……諸君は生きて侵攻軍のもとに帰ることができる。あと数日、待っていてほしい」


 微笑みを浮かべながら言うと、スレインは臣下たちを引き連れてこの場を去る。


「すまなかったね、ユルギス。演技とはいえ嫌な物言いをした」


 傭兵を貶すような言動をとったことをスレインが詫びると、傭兵出身のユルギスは笑いながら首を横に振る。


「いえいえ。気にしちゃいませんよ。むしろ、必要とあらばあれほどの演技をなされる陛下のご手腕に感服したくらいです」


「それはよかった……それにしても、やはり気分のいいものじゃないね」


 身動きできない捕虜を一方的に処刑したことで多少の後味の悪さを覚えながら、スレインは独り言ちる。

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