第153話 同盟の軍議①

 クラークの命じた対策が功を奏したのか、その後はさらなる暗殺騒動も起こらず、数日が経過。同盟各国の援軍は完全集結を果たし、いよいよ代表者たちによる軍議が開かれることとなった。

 君主自らが援軍を指揮しているのは、エーデルランド、ヒューブレヒト、オルセン、ヴァイセンベルク、イグナトフ、ハーゼンヴェリアの六か国。それ以外の国からは、王族あるいは将軍格の貴族。ランツ公国からも、国防と治安維持のために数代前より専属として雇われているという傭兵団の団長が送られてきている。

 そして軍議の当日。その開始直前に、予想外の客人が現れた。


「ガレド大帝国皇太子、マクシミリアン・ガレドだ。予告なく来訪した身である故、歓待は不要である」


 呆気にとられる各国援軍の代表者たちの前でそう言い放ったのは、まさしくマクシミリアン・ガレド皇太子だった。

 まだ誰も何も言っていないのに歓待を固辞するその尊大な物言いを、しかし笑う者はいない。皇太子でありながら既に覇者の風格を漂わせつつある彼の存在感が、本来ならばどこへ行っても歓待されて然るべき人物であると誰しもに納得させる。


「……遠路はるばるの来訪、歓迎する。マクシミリアン皇太子殿」


「何、ガレド鷲に乗ってきたからな。サレスタキア大陸西部は、我が国の領土と比べて小さな土地だ。帝都からでも二週間とかからずに着いた」


 一応はこの戦いに援軍を送っている国の皇族を前に、ガブリエラが西サレスタキア大陸同盟の盟主として言った。マクシミリアンは尊大な態度のまま、それに答えた。

 その一方で、スレインは隣に立つ帝国常備軍の指揮官ジルヴェスター・アーレルスマイヤーに視線を向けた。ジルヴェスターは無言で首を横に振った。

 自国の皇太子に対して少しばかり呆れた様子をも滲ませる彼を見て、スレインも彼がマクシミリアンの来訪を知らなかったのだと信じることにする。


「お久しぶりです、マクシミリアン皇太子殿。どうしてあなた自身がこの戦場に?」


 大陸西部が平和だったこの数年の中で、スレインは一度マクシミリアンに招待され、帝都ザンクト・エルフリーデンでの晩餐会に出席した。そのとき以来会ったマクシミリアンに、スレイン自ら尋ねる。


「久しいな、ハーゼンヴェリア王。晩餐会以来か……私が来た理由は単純。西サレスタキア大陸同盟とやらがどの程度戦えるのか、この目で直に見たかった。それに加え、アトゥーカ大陸の雄と名高いケライシュ王国の戦い方にも興味があった。見たいものを二つ見ることができるとなれば、この私がわざわざ足を運ぶ意味もあろう」


「「「……」」」


 本当に単純極まりない理由に、一同はまた呆気に取られた表情になる。


「ですが、帝国東部国境の戦場を指揮していなくていいのですか?」


「そちらの方は我が軍が少し前に大勝利を収め、敵を徹底的に叩きのめした上でこちらの支配域を大きく広げ、戦線が落ち着いた。半年かそこらは大きな戦いはない。私が一、二か月程度おらずとも、優秀な臣下たちが戦線を守ってくれるだろう」


「……なるほど」


 スレインはまだ複雑な表情を浮かべ、しかし一応は納得して頷いた。

 帝国東部国境の紛争は、攻勢に関してはマクシミリアンの即位前におおむね決着がつくと、最近では見られている。以降は帝国が進撃するのではなく、押し込んだ国境を守っていくかたちで紛争が続いていくと。


「そういうわけだ。私は勝手に聞かせてもらうので、気にせず軍議を始めてくれ」


 マクシミリアンはそう言って、会議室の隅で用意された椅子にどかりと腰を下ろす。突然押しかけてきた客人とは思えない態度の大きさ、帝国の皇太子だからこそ許される振る舞いだった。

 同盟軍の総大将を務めるクラークは、そんなマクシミリアンを横目で見た後、会議机を囲む代表者たちに視線を移した。


「……それでは始めよう。まずは現状の確認からだ」


 クラークの言葉に合わせ、エーデルランド王国軍の将軍が前に進み出て説明役を担う。


「ケライシュ王国による侵攻軍の兵力は、総勢で一万五千ほど。それとは別に、後方支援を行う要員が沿岸部の各地に二千ほどいるようです。敵兵力のうち七千ほどが要塞化の進む港湾都市ペイルトンに拠点を置いて待機し、残る八千は偵察や、占領地一帯の維持に動いていると見られます」


 同盟軍の総兵力はおよそ一万三千。七千の敵と八千の敵、どちらを攻撃しようとしても、数の優位を得るためには部隊を分けることができない。一万を超える大軍を動かそうとすればひどく目立つので、こちらが攻勢を仕掛ける前に敵も気づき、分けた兵を合流させて対抗してくる。

 そのため、最終的にはやはり互いに総力を挙げての会戦になるだろうと、将軍は語る。


「敵は一万五千、こちらは一万三千か……どちらも一度大敗したら、すぐに再戦とはいかないだろうな。一度の会戦で勝敗が決まる」


 腕を組みながら呟いたのはガブリエラだった。彼女の隣に立っているファツィオが、緊張からか唾をのむ。

 侵攻軍は海の向こうから兵力を容易に補充することは叶わず、一方で同盟軍も各国が無限に援軍を送れるわけではないので、やはり一度敗ければ兵力の迅速な補充は難しい。

 会戦で壊走でもしようものなら、散り散りになったその軍勢はもはや立て直しが利かない。以降はろくな抵抗もできず、数の優位を確保した相手側に行動の自由を許すことになる。


「その敵の陣容ですが、やはり騎兵の数は限られるようです。偵察や伝令などに充てる人員を除けば、騎兵部隊としてまとまった運用が叶うのは五百に届かないものと思われます」


「こちらの騎兵は総勢でおよそ千だったな。打撃力で負けることはないか」


 そう語ったのはオスヴァルドだった。

 今回、同盟各国は正規軍人を中心とした援軍を送り込み、後方の補給も手厚く支えているため、必然的に騎兵の割合が多くなっている。


「一方で、弓兵の数は相当なものです。およそ二千が揃っているものと思われます。さらに、おそらくはこちらの騎兵に対抗するための、傭兵を中心にしているらしいクロスボウ兵も千ほど見られます。残る一万と千五百が、槍と盾を基本装備とした歩兵。兵の質は正規軍人が半数、徴集兵と思われるみずぼらしい者が半数といったところです。会戦の際も拠点のペイルトン防衛などに一部兵力を残すものと思われる上に、本陣の守りにもある程度を割くと考えられるので、真正面から対峙するのはおそらく一万ほどになるかと」


「……こちらは千の騎兵に、千の弓兵と五百のクロスボウ兵。本陣の守りと予備兵力として五百を割いたとして、歩兵が一万一千か」


「ゆ、有利なのは騎兵と歩兵で、不利なのは遠距離攻撃の手立て。注意すべきはこちらの騎乗突撃に対するクロスボウや槍衾の強烈な反撃、というところでしょうか……?」


 ガブリエラに続いてファツィオが硬い表情で言うと、皆の視線が彼に集中する。さらに顔を強張らせるファツィオに、スレインは優しく微笑んだ。


「冷静でなかなか良い分析ですね、ヴァイセンベルク王。見事です」


 褒められたファツィオの表情がぱあっと明るくなる。その反応を前に一同は小さく笑い、緊張の高まっていた場の空気が多少和らいだ。


「要となるのは、騎兵の使いどころか」


「ああ。騎兵を上手く投入して敵の陣形を崩せば、その後は数で上回る歩兵による力押しで勝利できるだろう。だが、敵もそれは承知しているはず。側面への突撃は歩兵の槍衾とクロスボウ兵の斉射で防がれ、勢いを殺されたこちらの騎兵の側面を敵騎兵に突かれる事態となりかねない」


 クラークの言葉に、ガブリエラが首肯しながら答える。


「そうだな、ロアール?」


「はっ。まさしく女王陛下の仰る通りかと存じます」


 ガブリエラの参謀であるロアール・ノールヘイム将軍も、即座に頷いた。

 侵攻軍は同盟軍の騎兵部隊による側面攻撃を防ぎつつ、数で勝る弓兵による遠距離攻撃によって、軽装の徴集兵が多い同盟軍の歩兵を削りにくる。そうして陣形を脆くさせた上で、最後は真正面から、精鋭の正規軍人を前面に並べた歩兵を突撃させて一気に勝利を掴みにくる。

 それが、同盟軍の将官たちによってなされた敵の出方の予想だった。


「魔法使いによる別動隊を編成して前面に押し出し、敵側面に騎乗突撃のための突破口を開くというのは?」


「馬鹿を言うな。そんなことをしても、その別動隊が攻撃を受けるだけだ。貴重な魔法使いが尽く死ぬ事態にでもなったらどうする? 同盟の魔法戦力は、向こう十年以上は立て直しが利かなくなるぞ」


 ランツ公国の傭兵団長が出した意見を、オスヴァルドが一蹴する。


「……攻撃力のある魔法使いの総数は、百に満たない。確かに瞬間的な破壊力は相当なものだろうが、隙の大きさと数の不利を突かれて敵のクロスボウ兵による逆襲を受けるか、敵騎兵による突撃を受けるだろう。そうなれば壊滅しかねない。各国の援軍を預かる身として、私はそのような命令は下せない。無しだな」


 さらに、クラークも総大将として案を却下する。


「矢の撃ち合いでこちらの歩兵が損耗する前に、一気呵成に突撃して距離を縮めるというのは?」


「畏れながら、おそらくは厳しいでしょう。敵の歩兵は重装備であり、精鋭を前面に配置することと考えられます。何も策を講じずに突撃しても、練度と力で押し負けることになるかと。押されたところを敵のクロスボウ兵や弓兵に展開され、半包囲などされれば、こちらが敗けます。やはり敵の陣形を崩す何らかの策は必要でしょう」


「……ふむ、確かに卿の言う通りだな」


 サロワ王国の国王名代である王太子の提言に、ジークハルトが丁寧に、しかしはっきりと反論を示した。妥当な意見だったので、サロワの王太子もすぐに提言を引っ込める。

 その後もいくつか案が出されたが、どれも妙案とは言い難いものだった。

 室内に閉塞感が漂い、場を見守るマクシミリアンが退屈そうな表情を見せ始めたところで、ガブリエラがスレインを向く。


「ハーゼンヴェリア王、貴殿はどうだ? 何か策はあるか? 敵の正面や側面の防御を崩し、こちらの騎兵の数を活かす策は」


 机上の地図を睨みながらもここまで無言を貫いていたスレインは、問われて顔を上げる。


「……一応、あります」


 一同の注目を集めながら、スレインは言った。少しやりづらそうな顔で。

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