第150話 エーデルランド王国

 翌日。ハーゼンヴェリア王国の援軍部隊は予定通りにエーデルランド王国へと入り、王都ブライストンに到着した。


「……都市の中まで、凄まじい人の数だね」


 部隊をイェスタフに預けて都市の外に待機させ、人でごった返す大通りを王城へと進みながら、スレインは呟く。

 元よりこの王都に暮らしている住民。集結するエーデルランド王国の軍勢。同盟各国より到着した援軍。そして、ケライシュ王国の侵攻軍によって占領された地域より避難し、さらに北へと移動する前に休息をとるエーデルランド王国民たち。

 それらの総数は実に三万を超え、ブライストンの収容能力をはるかに上回る人の群れが都市の外まで溢れている。


「既にエーデルランド王国領土の三分の一が占領されたという話ですので、致し方ありますまい」


 スレインの呟きに、傍らのジークハルトが答える。

 ここへ到着した直後に伝えられた最新情報では、侵攻軍は第三陣までが上陸し、実戦部隊の兵力は推定で一万五千。交戦を避けているエーデルランド王国側は人的被害こそ少ないものの、王国南東部の港湾都市から主要街道までを押さえられているという。


「そうだね……できるだけ早く、侵攻軍を撃退してこの状況を解消しないと」


 この状況が長く続けば、貿易と漁業に重きを置くエーデルランド王国の経済は深刻なダメージを負い、社会は衰退する。

 力を失ったエーデルランド王国が敵の手に落ちれば、安定した占領地を得た敵は力を増し、次はヒューブレヒト王国が、そしてサロワ王国が、各個撃破されていく可能性もある。

 大陸西部がその端部から荒れていくほど、皺寄せは他の国々に及ぶ。それを防いで安寧を守るためにも、ここで勝たなければならない。

 スレインは自身の中で決意を確認しながら、エーデルランド王家の王城に入る。


・・・・・・・


 入城したスレインは、今回の戦いにおける総大将たるクラーク・エーデルランド国王のもとへ挨拶に向かう。


「ハーゼンヴェリア王、よく来てくれた」


 エーデルランド王国と同盟各国の将官や士官が行き交う会議室。地図の広げられた会議机の前でスレインを迎えたクラークは、そう言って手を差し出す。


「すまないな、出迎えにも行けず」


「いえ、総大将ともなれば常に忙しいと思いますので……我が軍もこれから、微力ながら力添えをさせてもらいます。共に戦い、勝利しましょう」


「ああ、勝とう。英雄たる貴殿が来てくれたことは誠に心強い」


 寡黙で冷静沈着な王は、今はさすがに疲れの色を顔に浮かべながらスレインと握手を交わした。


「今のところ、援軍が到着しているのはオルセン、ヒューブレヒト、サロワ、キルステン、アルティアだ。盟主のオルセン女王も二日後には到着すると先触れが来た……同盟軍の総兵力は、最終的には敵と互角になるかどうかといったところだろうな」


「であれば、戦いの条件は十分以上ですね」


 小国ばかりのサレスタキア大陸西部で侵略者の大軍に立ち向かう。そう考えた場合、ほぼ互角の兵力でぶつかることができるのは奇跡と言える。

 話によると敵は正規軍人を中心とした編成で、こちらは徴集兵も多い上に寄せ集めの軍勢ではあるが、それでも数年前では考えられなかった好条件のもとで戦える。


「そうだな……それと、ひとつ報せが。同盟外からも、観戦者が来た」


「同盟外……ガレド大帝国からの援軍ですか?」


 スレインは尋ねながら、首をかしげる。クラークは今「観戦者」と言った。帝国から来るのは、形式的なものとはいえ戦闘能力を備えた援軍であるはず。


「それも来たが、観戦者はまた別だ。セレスティーヌ・リベレーツ女王が来た」


「えっ?」


 スレインは思わず素の声を出した。

 大陸西部に国を並べながら、西サレスタキア同盟には加わらず独自路線を選んだ南東地域の四か国。その中心的な役割を担うリベレーツ王国の女王が、何故ここに。当然のようにそんな疑問が浮かぶ。


「あら、ハーゼンヴェリア王ではありませんか。オルセン女王と共に『同盟』結成を推し進めた国の王が、遅い到着ですのね。オルセン女王もまだ来ていないようですし、この調子で大丈夫なのかしら? あなたたちの同盟は」


 丁度そのとき。小馬鹿にしたような声色で、背後から言葉がかけられた。

 スレインが振り返ると、そこにはセレスティーヌが立っていた。


「……お久しぶりです、リベレーツ女王。これでも当初の予定通りには到着したのですが」


 戦場への到着については敵に一歩先んじられたが、エーデルランド王国から最も遠い国の援軍であることを考えると、自分たちの到着は十分に早い。ガブリエラも本人こそまだ着いていないが、オルセン王国からの援軍の先発隊はどの国よりも早く到着している。

 さすがに抱いた不快感を隠しながら、スレインは平静を保って答える。

 対するセレスティーヌは、悪意のある笑顔を止めない。およそ三年ぶりにあった彼女は老けた様子もなく、元々が童顔だったこともあり、いかにも生意気な少女のような顔をしていた。容姿の幼さについてはスレインも人のことは言えないが。


「ところで、あなたは何をしにここへ? 『観戦』ということですが」


「西サレスタキア同盟がどの程度のものか、興味がありましてよ。それに、あなた方がしくじって侵略者の進軍を許すようであれば、いずれは我が国の安全も脅かされるでしょう? そうならないか様子を見に来ましたの」


 何故か自信たっぷりに言うセレスティーヌを前に、スレインは思わず笑みを零す。

 ここまで徹底してマイペースなのは、一周回って面白い。


「我々は勝利するので、どうか安心してください……それにしても、なかなか無茶をしますね。観戦のためだけに戦場にやって来るなんて。くれぐれも身の安全には気をつけてくださいよ?」


 戦争の見物など自己責任。たとえ後方の本陣にいようと危険を伴うことに変わりはない。同盟軍も絶対に彼女を守ってやれる保証はない。スレインがそう思いながら言うと、セレスティーヌは自慢げに自身の後ろを示す。


「大丈夫ですわ。私には白薔薇騎士団の優秀な騎士たちがついていますから」


 セレスティーヌに言及され、彼女の護衛につく若い女性騎士が誇らしげに胸を張る。栗色の髪を短く整えたその女性騎士を見て、スレインは小さく片眉を上げた。

 白薔薇騎士団。セレスティーヌが王位に就いた際に彼女によって創設されたという、彼女の身辺警護を務める若い女性だけの部隊。公の場で彼女が連れる護衛たちがそうだという話は、スレインも聞いている。

 見た目だけのお飾り姫騎士団などと揶揄する声も偶に聞かれる。スレインはそこまで思っているわけではないが、やはりセレスティーヌの権威を示す象徴としての、儀仗が主な役割の部隊なのだろうという認識ではあった。

 戦場での護衛が、軍歴の浅い若い騎士ばかりの部隊で大丈夫なのかと、思わないでもない。


「……それでも、どうか十分に気をつけて」


「あなたの心配など不要です。若い女の君主だからと馬鹿にしないで――」


「違います。あなたが同じ大陸西部の同胞だから心配しているのです。あなたは私のことが嫌いかもしれませんが、それでも私はあなたが戦場で傷つくところなど見たくはありません」


 スレインが真剣な声色で返すと、セレスティーヌは鼻白む。


「では、その言葉くらいは素直に受け止めなければなりませんね」


 最後はあくまで高飛車な笑みを浮かべ、セレスティーヌは去っていった。


「……ハーゼンヴェリア王。彼女のあしらいが上手いな」


 隣で言ったクラークをスレインが向くと、普段は寡黙で表情の変化も薄い彼が珍しく、少し顔をしかめていた。


「私はどうも、あの女王が苦手でな」


「ははは、正直に言うと、私もそうです。というか、彼女と接するのが得意だという人は見たことがありませんね」


 スレインは苦笑しながらそう言うにとどめた。

 セレスティーヌが気を張る理由は、多少なりとも分かるつもりでいる。

 極めて保守的な社会をようやく脱したばかりのリベレーツ王国において、初の女王。それもまだ若い。父親と同じかそれ以上に有能で、他国の君主に対して一歩も引かない強き君主像を臣下や民に示さなければならないそのプレッシャーは相当のものだろう。彼女が名君たらなければ、やはり女は駄目だと言われ、先代からの改革が失敗してしまうかもしれないのだから。

 その気持ちはスレインも共感できる。平民上がりのスレインも、かつては自身の有能さや将来性を周囲に見せ続けなければ立場が危うくなる状況にいた。

 だからこそ、彼女に対して有効なのはその振る舞いや立場を揶揄することではなく、彼女を対等な君主と見た上で優しく接すること。各国の君主を張り合うべき政敵と見なしている彼女には、あのような言動が効く。

 そんなスレインの考えは、見事に的中したようだった。

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