第134話 再び、二十二か国会談①
ハーゼンヴェリア王国暦八十一年の三月。
前回の二十二か国会談からおよそ一年が経ったこの日、オルセン王国の王都エウフォリアに再び各国の代表が集った。
会談の日程は二日に絞られ、今回は全ての国から当代の君主――ランツ公国に限っては平民の代表たる国家主席――が参上。王城の会議室の円卓を、大陸西部の意思決定権者たちが囲んだ。
会談の主催者であるオルセン王国女王ガブリエラと、「同盟」の運用において要となるハーゼンヴェリア国王スレインは、事前の打ち合わせによってこの会談の狙いを絞っている。
スレインは自らがこれまで示した覚悟によって、周辺国――イグナトフ、ルヴォニア、バルークルスを引き込むことを目標とする。ガブリエラは利を語ることで、主に西端地域の国々――キルステン、エラトニア、デラキア、ヒューブレヒトを引き込むことを目標とする。
ランツと南東地域四か国についてはひとまず説得の優先順位を下げ、これらの国々を除く十七か国で「同盟」の結成を成すことで、大陸西部の過半の国が参加する巨大な相互防衛の枠組みとして「同盟」を発足させることを目指す。
それが、スレインたちの考えだった。
「――昨年、我が国の生誕祭の場で、大規模な観兵式が行われたことは諸卿もご存じでしょう。あの観兵式こそが、我が国の覚悟の象徴です。私たちは、自らの国を守るために自ら戦う。先頭に立って。そう覚悟しています」
会談の一日目。午前。スレインは円卓に並ぶ君主たちに視線を巡らせながら語る。
「我が国は帝国には屈しません。大陸西部に生まれ、この地で生きる者として、その誇りを捨てて帝国に支配されることを良しとはしません。この覚悟は、同じく大陸西部に生きるあなた方にも理解してもらえることと思っています……だからこそ、あなた方にも同じ覚悟を示してほしい」
そこで、スレインは狙いを定めている三国の王たちに視線を向けた。
「それぞれの国を守るために、大陸西部を守ると。これは必ずしも、戦時の協力のみを意味しません。歴史を共に歩み、共に富むことで、大陸西部を守っていくのだと、そう覚悟を固め、それを共有したいのです。私たちにはそれができるはずです。かつてはそうしていたのですから」
再び、スレインは視線を居並ぶ全員に巡らせる。
「私たちは今、それぞれ独立した二十二の国として時代を歩んでいます。それはもはや変わりません。変える必要もありません。ですが、私たちはかつて、ヴァロメア皇国という一つの国に生きる同胞でした。それもまた不変の事実です。だからこそお願い申し上げます。『同盟』を通じて大陸西部を共に守っていただきたい。古の統一国家の時代からこの地を守ってきた、高貴なる血統の末裔である私たちにしか、その責務は果たせないのです」
これまでの行動をもって覚悟を示し、理を説き、その上で心に訴える。スレインの言葉に、何人かが多少なりとも心を揺さぶられているのは明らかだった。
「……利益の面から考えても、『同盟』には価値がある。そのことは、この一年でより明確になったはずだ。ハーゼンヴェリア王国が本気で国を守る気でいることは誰の目にも明らか。ハーゼンヴェリア王は、自国の防衛を決して諦めないだろう。だからこそ、我々が『同盟』を結成し、戦時にハーゼンヴェリア王国の防衛に参加する意義がある。ハーゼンヴェリア王国の存続を助ければ、我々は自国領土を戦場とせずに済むのだからな」
話し手の立場を代わったガブリエラが、そう説く。
「戦時の協力に向けた、平時からの協力にも大きな意義がある。街道整備の件については、既に諸卿も情報を得ているだろう。これは戦時に我が国からハーゼンヴェリア王国へと迅速に援軍を送るためのものだが、石畳の街道は平時から役に立つ。人とものの流れは加速し、交易によって我が国とハーゼンヴェリア王国の社会はますます潤う。同じような施策を『同盟』に参加する各国がとれば、我々は各々の国をより富ませることができるのだ……周辺諸国を侵略し、支配する気があるのでもなければ、共栄の道を歩むことに異論はないはずだ」
皮肉な笑みを浮かべたガブリエラの言葉を受けて、諸王はヴァイセンベルク王国国王ファツィオに視線を向けた。
皆が思い出したのは彼の父ヴォルフガングのことであろうが、注目を集めたファツィオは居心地悪そうに身じろぎする。当初はヴァイセンベルク王国側について各国と対立したルマノ王国国王ジュゼッペや、最後までヴァイセンベルク王国の側にいて貧乏くじを引いたアリュー王も、気まずそうな顔になる。
「街道整備の件だけではない。我が国とハーゼンヴェリア王国の間で行われた農業協力や、エルトシュタイン王国による大規模な盗賊団討伐へのハーゼンヴェリア王国の助力。我が国がサロワ王国やギュンター王国に行った土木工事の技術支援や、ヴァイセンベルク王国に行った復興支援。ハーゼンヴェリア王国がイグナトフ王国に呼びかけた係争の停止。『同盟』の実現に向けて各国が具体的に動き出したことで、大陸西部の社会には多くの進展が生まれた」
ガブリエラが挙げた事項のうち、他国への技術支援の件と復興支援の件については、スレインも話に聞いていた。スレインが様々に立ち回っている一方で、彼女もまた動いていた。
「動乱の時代に傷ついた大陸西部は、平和な時代の中でその傷を癒した。そして今、我々は平和が無条件に、永遠に続くわけではないことも知った。周辺の国々と比べれば小国ばかりの我々がこの先も生き残るためには、共に前進し、社会を発展させ、より豊かで強い大陸西部を作り上げる必要がある。我々は一つの国になる必要はないが、同じ大陸西部に生きる者同士、心を一つにする必要はある……そのための土台として、『同盟』という枠組みは適しているのではないだろうか。何も、自国の利益を捨ててまで急速に接近し合おうと言うのではない。ただ、今より一歩、互いに歩み寄ることが、互いの共通の利益になるのではないだろうか」
ガブリエラの言葉に、主に西端地域の国々の君主たちが、考え込む表情を見せる。
彼らもおそらく、情を見せているわけではない。「同盟」の先に利益があると、これからの時代を生き延びるにはその利益が必要なのかもしれないと、そう思ったからこその反応だった。
「「……」」
スレインはガブリエラと視線を合わせる。スレインが口の端を僅かに上げると、ガブリエラは小さく頷いた。
あと一押しだ、とスレインは考える。あと一つ、諸王の背中を押す要素があれば、彼らのうちの何人か、スレインとガブリエラが狙った者たちは「同盟」派に加わる。
その一押しをどう成すか。何と語るべきか。スレインが考えていると――ガブリエラが立ち上がった。そして、会議室の扉の脇に控える文官に、何やら手振りで合図した。
それを受けて、頷いた文官が退室し、廊下に消える。
「諸卿。ここで少し、時間をもらいたい。皆に紹介したい方がいる」
そんな話は聞いていない。今回の会談に客人が入るとは、事前の打ち合わせでガブリエラは言っていなかった。スレインが少しの戸惑いを覚えながら円卓を見回すと、スレインと同じく疑問を顔に浮かべている面々の中で、一人だけ反応の違う者がいた。
ここまで一言も発していない、ランツ公国の代表ルドルフ・アレンスキー国家主席が、苦い表情をしていた。
ランツ公国絡みか。しかし、かの国は「同盟」に一際否定的な態度を示していたはず。ガブリエラはルドルフと何を打ち合わせていたのか。
スレインがますます困惑を覚えていると、会議室の扉が再び開かれる。それに合わせて、ガブリエラが起立する。
そして入ってきたのは、車椅子に座った老人だった。
毛髪はほとんどなく、残っている髪も全て白髪。腕や首は枯れ木のように細く、顔には深い皺が刻まれている。ランツ公国の官僚らしき若者に車椅子を押され、ガブリエラの隣まで進み出た老人は、相当な高齢だと思われた。
老い枯れた見た目の一方で、その目は力強かった。恐ろしいほどの強さを秘めた双眸で、居並ぶ者たちを見回していた。
見知らぬ老人の登場に、一瞬呆気にとられたスレインは、すぐに彼が誰なのか推測する。
まさか、と思う。諸王を見回すと、何人かはスレインと同じ推測をしたようだった。
「諸卿、紹介しよう。彼はユーリ・ウォロトニコフ。ランツ公国――いや、ランツ人民共和国の初代国家主席であらせられる」
スレインが推測した通りの名を、ガブリエラは語った。
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