第132話 今年の成果

 十一月も後半に入ると、ハーゼンヴェリア王国社会は今年の活動を終える準備に入っていく。

 国王であるスレインは、今年新たに始めた様々な施策について、この年末までの進捗の報告を立て続けに受けることとなる。


「こ、こちらがぁ、現段階で完成してる砂糖になりますぅ」


 ある日の午後。王都の会議室でそう言って皿を差し出すのは、農務官僚として王家に迎えられた元小作農のケルシーだった。彼女の隣には、砂糖の改良計画の責任者であるヴィンフリート・アドラスヘルムも同席している。

 皿に乗った砂糖は、最初にこの王城でケルシーが作って見せたものとはもはや比較にならないほどに見栄えが良くなっていた。


「凄いね。中間報告のときよりもさらに進展してるのが分かるよ。目に見えて白くなってる」


「本当ですね。ほとんど真っ白と言ってもいいほどです。商品として売られる砂糖と比べても遜色ありません」


 皿に乗った砂糖を見たスレインとモニカは、そう感想を語った。

 砂糖の改良については初秋の頃にも進捗の報告を受け、その時点でも目に見えて改良が進んでいた。不純物の除去については木灰を使って分離する手法に落ち着き、今後は手順をより洗練させていく予定だと聞かされていた。


「ここまで綺麗に不純物を取り除くのは大変だったでしょう。ご苦労さま」


「はいぃ。毎日が試行錯誤のくり返しでぇ……木灰を入れる量とか、入れ方とか、その後に混ぜる時間とか、お湯の温度とか……作り方の確立よりも、手順の洗練の方がずっと大変でしたぁ」


「改良までの詳細な経過や、現時点で最良と思われる生産方法については、報告書により詳しくまとめております。後ほどご確認いただきたく」


 ふにゃっと表情を崩して語るケルシーの隣で、ヴィンフリートが生真面目な顔で言った。


「分かった。それじゃあ、とりあえず試食させてもらうね」


 スレインはそう言って、モニカと共に砂糖の欠片をつまむ。

 そして、報告の場に同席しているセルゲイやワルター、砂糖の質を確認することに関しては王国随一である御用商人ベンヤミンも同じく砂糖をとる。


「……うん。僕にはもう、売り物の砂糖と区別がつかない」


「私もです。王家の料理人が作る菓子にこの砂糖が使われていたとしても、言われなければ気づかないと思います」


 真顔で言うスレインに、モニカが微苦笑をたたえて同意を示す。


「私から申し上げることはございません。判断は農業長官とベンヤミン商会長に任せます」


「私は……この国で栽培されている作物はともかく、砂糖の品定めに関してはさして自信はありませんので。どうだ、ベンヤミン商会長?」


 セルゲイとワルターから判断を一任されたベンヤミンは、満面の笑みを浮かべた。


「微細な点については未だ改良の余地もあり、それにつきましては長い時間をかけながら質を高めていくことになるでしょうが……これでも十分に、砂糖として販売できるかと存じます。アトゥーカ大陸より輸入される砂糖よりは多少値が安くなるでしょうが、それでも十分に高価な嗜好品として富を生むことでしょう」


 その言葉を聞いたケルシーの表情がぱあっと明るくなり、隣のヴィンフリートに向けられる。彼女と苦楽を共にして改良を重ねた立役者であるヴィンフリートも、微笑を返していた。

 そして、ヴィンフリートはすぐに表情を引き締め、スレインを向く。


「それでは陛下。砂糖については今後も質の向上を目指しつつ、大量生産に向けた製法の効率化を進めてまいりたいと考えます。原料となる甜菜についても、より効率的な栽培の研究を進めたく」


「分かった。それで頼むよ。二人とも、今回はお手柄だったね」


 ケルシーにさらなる給金増額を告げ、恐縮する彼女を宥め、引き続き二人の活躍を期待する言葉をかけ、スレインはこの報告の場を締めた。


・・・・・・・


 別の日。王国宰相セルゲイと、諸々の施策に関わる法衣貴族たち――公共事業長官ズビシェク・ヴラニツキー男爵、鉱業長官ツェツィーリエ・カフカ女爵、商工業長官ルートヘル・ブラッケ男爵から、スレインは報告を受けていた。


「……推計人口六千三百人か。貧民街を整理したとはいえ、この王都によくこれだけの民が収まったね」


 資料を眺めながらスレインが呟くと、それにセルゲイが答える。


「ヴァイセンベルク王国からの難民流入はおよそ千人に及びましたが、それでも想定の範囲内における最大規模でした。貧民街……新興住宅街に、今のところは問題なく収まっております。また、既存の王都民の人口増に関しましては、出産数の増加が主な要因です。世帯数には大きな変化がないため、都市の過密には至っておりません」


「出産数の増加か……きっと、度重なる戦争のせいかな。戦争が起こった国では子供が多く生まれると言うから」


 人口全体における乳児や幼児の割合が、過去の統計と比べてやや増している表を見ながら、スレインは苦笑した。


「それで、次に考えるべきは、増えた人口……特にヴァイセンベルク王国から流入した元難民たちを地方に移すことか」


「仰る通りかと。今年の冬については備えがなされているために問題ございませんが、来年以降のことを考えますと、やはりそのようにするべきかと存じます」


 五千強の人口がいきなり六千を超えるまでに増え、今後はこの人口を基準に各世帯で子が産まれ育ち、人口増加の勢いは増していく。この数年で産まれた子供たちも、これから産まれる子供たちも、いずれは成長して働くようになり、やがて成人し、多くの場合、長子以外は実家を出る。

 そうなれば、王都の市域が足りなくなり、過密状態に陥ることは目に見えている。再開発の一環として市域の拡大も進められているとはいえ、おそらく十年も経てばその効果もなくなる。

 経済的な観点からも、食料生産の観点からも、災害や流行り病などへの対策という観点からも、王都ばかりが急激に人を増やすのは必ずしも良いことではない。そのため、増加した人口の一部は王都周辺の小都市や村に移すことになる。


「地方への移住者の募集については、この冬のうちから?」


「はい。元難民たちに布告し、希望者を募る予定となっております」


 スレインの問いかけに、セルゲイは首肯する。


「ただ、元難民たちは長距離を移動して異国に逃れた身であるため、ようやく落ち着いた現状から離れたがらない者が多い様子です。移住者の募集は難航するものと思われます。もちろん、強制的に移住させることもできますが」


「それはできれば避けたいな。大勢の新領民が王家に悪感情を抱くと、後々悪い影響を及ぼしそうだし、何より民が可哀想だ」


「かしこまりました。であれば、募集に際して支援策を講ずるべきかと存じます」


 例えば、移住を決意した者には、王家が移住先での住居探しなどを支援する。異国の見知らぬ村や小都市に移住するのを恐れる者が多いようであれば、移住者のみを集めた村を新たに開拓することなども検討する。セルゲイはそのような案を語った。


「分かった。その方向で詳細を詰めてほしい」


「御意」


 セルゲイと話し終えたスレインは、視線を三人の長官に戻す。


「それで、各施策の、今後の見込みはどうかな?」


 主君の問いかけに、三人の長官は揃って首肯した。


「王都の再開発については、労働者の充足もあり、今後も順調に進むものと考えられます。元難民たちはとにかく金を稼ぎたかっている者が多いので、冬の間も例年以上に、働き手には事欠かないでしょう」


 まず、ルートヘルがそのように語った。

 冬は多くの社会活動が緩やかになるが、それでも完全に停止するわけではない。

 都市部の工事などでの肉体労働は、他の季節ほどではないが、冬の間もある程度行われる。晴れている日には働き手の募集が行われ、あまり裕福ではない独り身の者たちが、小金を稼ぎつつ家で消費する薪を節約するためにこぞって応募する。


「街道整備についても同じく。冬の間は王都から日帰りできる範囲で工事を進めます」


 続いて、ズビシェクが言った。街道整備は王都から離れた一帯でまず最初に行われ、王都を出てすぐ南側の一帯については、冬に工事を行う予定のために現時点では手つかずだった。


「石材の生産も問題ないかと。初冬までは採石に多くの人手を割き、大量の石を倉庫に貯蔵しておりますので、それを材料に冬の間も職人や魔法使いたちが加工を進めてくれます。冬明けからは、街道整備も王都の再開発も、今年以上の速さで進められることでしょう」


 石材生産については、それを加工する石工や土魔法使いの絶対数が限られるために、作業ペースを上げるにしても限界がある。

 そのため、採石場が閉じられる冬までにできるだけ多くの石を採り溜め、冬の間も石工や土魔法使いが加工作業を継続できるようにしていると、ツェツィーリエは笑顔で説明した。


「それじゃあ、冬が明けて二回目の二十二か国会談が開かれるまでに、各種の施策がまた一段進展しているわけか。心強いね……引き続き頼んだよ。だけど、無理はせずにね」


 スレインはそう言葉をかけ、一息つきながら窓の外を見る。

 晴れているので寒々しくはないが、冷涼で澄んだ空気が流れる屋外の景色は、いよいよ冬らしくなっている。

 今年もまた、休息の季節がやって来る。

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