第131話 観兵式
エインシオン教を興した預言者の生誕祭。十月の中旬に定められている、一年の中で最大の祝日であるこの日、王都ユーゼルハイムでは例年通りに祭りが開かれていた。
広場や通りには多くの出店が並び、人々が行き交う。王領各地はもちろん、王領の外からも観光客が訪れ、王都は年に一度の賑わいを見せる。
そんな中で、今年は例年とは違う新たな催しも行われている。
それは「観兵式」と呼ばれる、軍隊によるパレードだった。
前夜祭と併せて二日に渡る祭りの、二日目の午後。沿道に観衆が集まる中で、大通りを軍の隊列が進む。
「国王陛下に、敬礼!」
隊列の先頭が王都中央広場に入ると、国王スレインたちの立つ檀上を向きながら、最先頭を進む王国軍将軍ジークハルトが声を張る。それに合わせて、彼の後ろを進む十数騎の騎士が、騎乗したまま一斉に敬礼を示す。
スレインはそれに頷き、壇の前を通過していく彼らに対して軽く答礼する。その隣では、王妃であるモニカが目礼をした。まだ幼い王太子ミカエルは、この場には出ていない。
見た目にも華のある騎兵部隊を先頭に、パレードの隊列は続く。
後方に続いたのは、近衛兵団がおよそ三十人。その先頭には完全武装で騎乗したヴィクトルが立っている。
「総員、国王陛下に敬礼」
落ち着いた、しかしよく通る声でヴィクトルが命令すると、近衛兵団は一糸乱れぬ動きでスレインを向き、敬礼した。どこか無機質ささえ感じさせる整然とした動きは、彼らがこの国の最精鋭であることを示していた。
そして次に続くのは、予備役部隊だった。
総勢およそ六百人。王領各地から集結した予備役兵たちが、勢ぞろいして隊伍を組み、堂々と胸を張って行進する。
これまでに合計でおよそ一週間ほど訓練を受けた彼ら。訓練内容は行軍や陣形移動などの部隊行動が中心だったため、列をなして歩く程度であれば、それなりに見栄えのする動きを示せる。
九の中隊に分けられている彼らは、三中隊ごとに引率する王国軍騎士の命令を受け、スレインの前で敬礼をして通過していく。
この観兵式には、彼ら予備役兵に軍人としての自覚を持たせ、晴れの舞台を経験させて士気を高めさせる目的もあった。
彼らのうち何割かはクロスボウを抱えており、クロスボウ兵が列を成して進む様はなかなかに壮観だった。
予備役部隊が国王の立つ檀の前を通過した後、最後に王国軍第一大隊の残りの兵士たちがやって来る。彼らの先頭で騎乗しているのは、大隊長であり副将軍のイェスタフだった。
ザウアーラント要塞防衛の基幹部隊である彼らは、今日は防衛の任を第二大隊と交代し、この観兵式の中核を成している。
「国王陛下に敬礼!」
イェスタフが力強く声を張ると、兵士たちは行進を続けながら、やはり力強く敬礼する。黒染めの胴鎧が一斉に拳で叩かれ、硬質な音が広場に響く。
王国軍第一大隊と、近衛兵団の半数強、そして予備役兵の全員。総勢で七百人を超える軍勢が行進を終え、広場をぐるりと回って再びスレインの立つ壇の前にやって来る。そして、部隊ごとに列を成し、停止していく。
「……注目度は十分か」
「はっ。観兵式の件を、事前に何度も布告した効果が出たものと思われます。それに加え、予備役兵たちが家族などに話していたことも大きかったようです」
王都中央広場はそれなりに広く作られているが、整列する軍人たちと、少し距離を置いてその様を観覧する民によって、今は埋め尽くされている。その様を見ながらスレインが呟くと、観兵式開催の実務を担った典礼長官ヨアキム・ブロムダール子爵が答えた。
壇上に立つスレインとモニカ、後ろに控えるヨアキムと、国王付き副官で彼の娘でもあるパウリーナ。護衛の近衛兵たち。
壇の傍らにはセルゲイをはじめとした法衣貴族の面々と、さらには周辺諸国から招かれた外交官も並んでいる。
その前で、軍人たちは整列を終え、最先頭に立つジークハルトがそれを確認し、自身もスレインの方を向いた。
「総員、傾注! スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下の御言葉である!」
高らかに言ったジークハルトと視線を合わせて頷き合い、スレインは一歩前に出て拡声の魔道具の前に立つ。
「……勇敢なるハーゼンヴェリア王国の戦士諸君」
七百人を超える騎士と兵士を見回して、スレインは口を開いた。
「三年前、我がハーゼンヴェリア王国は未曽有の危機に直面した。しかし、私たちはその危機を乗り越えた。その後も幾度も訪れた危機を、全て乗り越えてきた」
スレインはどこの国によってもたらされた危機かを明言しなかったが、その語り出しを聞いたガレド大帝国とヴァイセンベルク王国の外交官が、少しばかり気まずそうに咳ばらいをした。
「私は幾度も勝利を得た。多くの戦功が私の名のもとに知られている。今では、私は英雄と呼ばれることもある……だが、真の英雄は他にいる。我が国を今日まで守り抜いてきたのは、精強なる騎士と兵士たちだ。そして、これから我が国を守り抜くのも、騎士と兵士たちだ。すなわち、今この場に並ぶ諸君だ。諸君こそが我が国の守護者であり、我が国の自立を示す象徴だ」
この観兵式の最大の目的。それは、ハーゼンヴェリア王国の覚悟を示すこと。
スレインは子供の頃から現在まで、多くの書物に触れ、歴史を学んできた。その中で、他国からの援軍を迎えて敵国との戦いに臨む国の記述もいくつも見てきた。
それら歴史を振り返ると、生き残ったのは「生き残る意思」を強く示した国々だった。まず自国こそが戦う意思を見せ、その意思を行動で見せた国が生き残った。打算を含めてのこととはいえ他国から手厚い支援を受け、最後まで戦い抜き、存続を果たした。
逆に、最初から援軍に頼り切り、自ら戦おうとしない国々は、間もなく他国からも見捨てられて滅びていた。
そんな歴史からの学びを経て、スレインは観兵式を開いた。
ハーゼンヴェリア王国は「同盟」に胡坐をかいて国防を他国に頼り切るつもりはないと。まずは自分たちこそが最前線に立って戦う意思があると。そう明確に示すには、ただ装備を充実させて予備役制度を創設するだけでなく、そうして備えた軍事力を誇示することが必要だと考えた。
だからこそ、今日この場には、周辺諸国の外交官も招かれている。この国の本気を示す観兵式そのものを抑止力の一環とするため、帝国の外交官まで呼んでいる。
「戦士諸君。君たちは、その一人一人が英雄だ。私は王として君たちを誇りに思う。君たちがこれまで王家に尽くしてきた忠節は、これから国に捧げる献身は、必ずや歴史に刻まれ続ける。私たち王族も、貴族も、民も、全員が記憶に刻みつけ、決して忘れることはない。どうか、それを憶えていてほしい。君たちがいる限り、ハーゼンヴェリア王国は不滅だ」
演説を終えたスレインが視線で合図を送ると、ジークハルトは小さく頷き、完璧な所作で敬礼を示した。
「スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下に、変わることのない忠誠を!」
「「「スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下に、変わることのない忠誠を!」」」
ジークハルトに続いて、軍人たちは一斉に敬礼する。王国軍も、近衛兵団も、予備役部隊も、スレインの周囲に控える直衛の近衛兵たちも。数百人の声と、拳で胸を叩く音が同時に響く迫力は凄まじく、観衆からは拍手が自然と巻き起こった。
万雷の拍手にやがて歓声が混ざり、それは熱狂となる。
「……」
自身に忠誠を誓う大勢の騎士と兵士。その様に興奮して拍手を鳴らし、歓声を上げる民。それを見渡しながら、スレインは複雑な気持ちになる。
できることなら、戦いとは無縁に生きる王になりたかった。この国を戦いとは無縁の平和な国にしたかった。
しかし現実はこうだ。亡き父以上に王権強化を進め、王領の即応戦力を従来の数倍にまで高め、その軍勢を自身の前に並べ、王国社会と周辺諸国に誇示している。忠誠を宣言する軍人たちに囲まれ、民の熱狂を浴びている。
今やハーゼンヴェリア王国は、誰がどう見ても軍拡にまい進する超武装国家だ。平和を守るための道ではあるが、少なくとも平穏とは程遠い。
つくづく、世界はままならない。正しい道と望む道が異なることなど日常茶飯事だ。国王という立場にいたら尚更に。
スレインは表情を変えず、心の中で嘆息する。
「大丈夫です。あなたが平和を愛する国王であることは、私が誰よりもよく分かっています。これが平和を守るためであることも」
熱狂の中で、スレインにだけ聞こえるようにモニカが言った。スレインがそちらを向くと、モニカは穏やかな微笑を浮かべていた。
「……ありがとう」
最も欲しいときに救いとなる言葉をくれる彼女に、スレインも微笑み返す。
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