第126話 勝利と学び

 ジークハルトたちが男と激闘をくり広げていた、その前方。残る盗賊たちとの戦いは、既に終盤だった。

 男の包囲に加わっていなかった兵士たちは、横一列に並び、盗賊たちが迫ってこないかを警戒する。そのさらに前方では、騎兵部隊が盗賊たちを半包囲し、そして一方的な殺戮がくり広げられていた。

 殺戮されているのは盗賊たち。殺戮しているのはツノヒグマのアックスだ。

 肉体魔法を扱える頭領を除けば、敵のほとんどは刃物を握っただけの素人。騎乗していた者は多少は腕に覚えもあったのかもしれないが、実戦経験のある人間が二人程度いたところで、ツノヒグマの雄の成体に叶うはずもない。

 騎乗するブランカの指示でアックスが前足を振り回すごとに、血飛沫と肉片が飛び散り、盗賊の腕や頭が宙を舞う。アックスが四つ足で突進すると、突っ込まれた盗賊は血反吐を吐きながら吹き飛び、突進に巻き込まれて踏まれた盗賊の身体が人体にあるまじき薄さに潰れる。

 アックスの暴走から逃れようとした盗賊たちを、王国軍と近衛兵団の騎士たちが仕留める。騎馬から逃れられるはずも、抵抗して叶うはずもなく、一人また一人と討ち取られる。

 生存者が半数を割ったところで、盗賊たちは武器を投げ捨てて投降した。

 それを確認したジークハルトは、捕虜の扱いを部下たちに任せ、本陣に戻る。念のためにこちらを向いていたヴィクトルに警戒を解いていいと手振りで示し、スレインの横に立つ。


「お疲れさま、ジークハルト。少し厄介な敵がいたみたいだね」


「あの肉体魔法使いの力が、賊どもにとっては切り札だったのでしょう。それを仕留めた以上、こちらが勝ったも同然です……城の賊どもに動きはありましたか?」


「一度、城門から打って出ようとしていたけど。向こうが意を決して城門を開いた瞬間に、こちらが火球を二発ほど撃ち込んだら、何人か火だるまになりながらすぐにまた城門を閉じたよ」


「ふっ、他愛もない連中ですな」


 スレインの話を聞いたジークハルトは、笑いながら言った。


・・・・・・・


 その後。さすがに疲労が溜まっていた最前衛の歩兵たちを一旦下げさせた討伐部隊は、昼の休憩を挟んだ午後にもう一度攻勢をかけた。

 盗賊たちはやはり抵抗を見せたが、その勢いは明らかに今までより落ちていた。

 今更後には引けないので戦っているが、最早援軍も見込めず、勝利の可能性は皆無。何のために剣や槍を振るっているのか自分でも分からない。そんな迷いが見て取れる、腰の引けた戦いぶりだった。


「士気は大切だな。同じ集団でも、士気を挫かれるだけでこうも変わるか」


「軍勢は武器を持った数字ではなく感情を持った人間であると、これ以上に実感させられる光景もなかなかありませんね」


 盗賊たちを次々に切り伏せながら城壁を乗り越えていくエルトシュタイン王国の歩兵部隊を眺めながら、スレインはステファンと言葉を交わす。


「……もうそろそろ勝ったな」


 ステファンが呟いた、その直後。城門が開かれ、中からエルトシュタイン王国の旗を振る兵士が姿を見せた。ラティスロー城陥落の瞬間だった。

 無事に勝利を収めた討伐部隊は、戦闘の後処理に移る。具体的に行うのは、戦死者の遺体回収と負傷者の手当て、生け捕りにした盗賊たちの管理と城内の片づけ。

 それは討伐部隊の主力であるエルトシュタイン王国側の仕事なので、ハーゼンヴェリア王国側は手伝わない。下手に手伝えば、戦場に落ちている武具や、盗賊たちの持ち物などを取った取らないで揉める可能性もある。


「ジークハルト、ヴィクトル、どうだった?」


 暇を持て余す待ち時間。本格的な攻城戦に参加した感想を、スレインは二人の将に尋ねる。


「……盗賊が立て籠った古城程度でもあの厄介さです。ザウアーラント要塞が、ハーゼンヴェリア王国の東部国境を守る堅牢な盾となることは疑いようもありません……が、弱点も見えたかと。こうした防衛拠点は、孤立には極めて弱いと思い知らされました」


 最初に発言したのはヴィクトルだった。それに、ジークハルトも頷く。


「ハーゼンヴェリア王国が奪取したからといってザウアーラント要塞自体の堅牢さは変わりませんが、要塞を取り巻く状況は異なります。帝国が本気を出せば、要塞の西側まで兵を回すことも不可能ではありません」


 例えば、イグナトフ王国とガレド大帝国を結ぶ、いくつかの細い山道。大軍が一気に通れるような道ではないが、少数の精鋭に山を越えさせてイグナトフ王国側に橋頭保を確保し、そこに主力を流し込む……というかたちで侵攻することも、帝国が全力を出せばおそらく不可能ではない。

 あるいは、もっと強引に、南東地域から侵攻する選択肢もあるだろう。南東地域における大陸西部と帝国の国境地帯、そこに領地を持つゼイルストラ侯爵領を説き伏せて皇帝家の軍勢を通過させ、大陸西部に力づくで侵攻することも、帝国ならばできる。

 そうして大陸西部に侵攻させた軍勢を北上させてハーゼンヴェリア王国に侵入し、現在のヴァインライヒ男爵領あたりを占領し、そこからさらにザウアーラント要塞まで東進すれば。帝国によって本国と分断されて東西から挟撃されるザウアーラント要塞は、長くは耐えられない。

 かつてザウアーラント要塞と真正面から対峙するしかなかったハーゼンヴェリア王国とは違い、帝国にはそのような選択肢がある。

 今すぐにそうするとは考え難いが、未来永劫その選択をしない保証はない。帝国にとってザウアーラント要塞には、それほどまでに強引な手を使ってでも取り戻す価値がある。ジークハルトはそう語った。


「そうだね。防衛拠点にとっては孤立こそが最大の脅威だと、今回の戦いで身に染みて分かった。そして、我が国の国境防衛の要であるザウアーラント要塞にも、孤立の可能性はある……だからこそ、やっぱり『同盟』は必要だ。可能な限り多くの国を、最低でも我が国の隣国を全て巻き込んだ枠組みの設立が急務だ」


 現状、大陸西部の東端で「同盟」への参加を表明しているのはハーゼンヴェリア王国のみ。その南のイグナトフ王国も、さらに南のリベレーツ王国やフェアラー王国も、「同盟」派ではない。

 ということは、それらの国に帝国の軍勢が侵入し、大陸西部の各国が連携して立ち向かう余裕もないまま一気にハーゼンヴェリア王国まで侵攻してくる可能性もある。

 それを防ぐためには、やはり「同盟」が有効。せめてすぐ隣のイグナトフ王国までは「同盟」に参加し、有事に備えた協力体制を平時のうちから構築してくれれば、ハーゼンヴェリア王国が直ちに東と南から帝国の脅威に晒される可能性をぐっと減らすことができる。


「……我が軍の人的損害は皆無だったし、一度の攻城戦から得られた学びとしては十分かな」


「仰る通りでしょう。帰還後、詳しい報告書もまとめます」


 スレインの呟きに、ジークハルトがそう答えた。

 そのとき。スレインたちの集まっている天幕に、副官パウリーナが入ってきた。


「国王陛下。ステファン・エルトシュタイン陛下がお呼びです……戦後処理がひと段落したとのことです」


・・・・・・・


 スレインがジークハルトたちを引き連れてラティスロー城の城門を潜ると、城内には捕らえられた盗賊の生き残りが並べられていた。縛られて跪く盗賊たちを、ステファンと、先に来ていたらしいルヴォニア王が見回していた。


「おお、ハーゼンヴェリア王。来たな」


「戦後処理お疲れさまでした、エルトシュタイン王……捕虜は五十人程度ですか」


 こちらを振り返って笑顔を向けてきたステファンに、スレインは答える。


「ああ。色々と話も聞けたぞ。やはり、そちらの将軍と戦った肉体魔法使いが、この盗賊たちの頭領だったらしい」


 昨年の戦争でヴァイセンベルク王国の侵攻軍に加わり、壊走する羽目になった小さな傭兵団。そこに徴集兵の残党も加わり、一行は飢えをしのぐために適当な農村を襲った。

 略奪のみで済ませるはずが、飢えと死への恐怖で気が立っていた彼らは、ふとした弾みで村民を虐殺。一線を越えたことで引っ込みがつかないまま、ずるずると正真正銘の盗賊に落ちた。

 盗賊たちから聞き出したという背景を、ステファンはそのように語った。


「なるほど、そういうことですか」


「どこにでもありそうな話だ。面白くもない……それで、エルトシュタイン王。こいつらをどうするのだ?」


 ルヴォニア王からじろりと視線を向けられたステファンは、いつもと変わらない表情で言う。


「もちろん、決まっている……全員処刑だ。この場でな」


 軽やかで明瞭なその声はよく響き、それを聞いた盗賊たちの目が見開かれる。諦めたようにうなだれる者もいれば、泣いて命乞いする者もいれば、逃げ出そうとして見張りの兵士に殴り倒される者もいる。


「お前たちも死にたくはないだろうが、まあ、諦めてくれ……お前たちは、我が国の無辜の民を襲い、奪い、犯し、殺したからな。この国の王として許すことはできない。やはりお前たちの被害を被ったルヴォニア王も、それは同じだろう。だから、お前たちは全員殺す」


 ステファンが軽く手を挙げると、それを見たエルトシュタイン王国軍の将軍は頷き、兵士たちに命令を下す。

 兵士たちは数人一組になり、盗賊を押さえつけてはその首を剣や短剣で切り裂いていく。いくつもの悲鳴や断末魔の叫びが響き、血の臭いが城の中庭に充満する。

 その様を見ながら、ステファンとルヴォニア王は表情を変えない。王族として生まれた彼らにとって、元は他国の民である盗賊たちの死は、表情を変えるほどのことではない。

 一方のスレインは、少しばかり鼻白む。平民として生まれ、十五歳まで育ったからこそ。


「……」


 まるで動物を処分するように殺された盗賊たちの死体の前で、左胸に手を当てて一礼するスレインを、ステファンとルヴォニア王は横目で見る。


「ハーゼンヴェリア王。こんな賊どもの死を悼んでやるのか?」


 ルヴォニア王から険のある声で問われ、スレインは静かに頷く。


「はい。昨年の戦争がなければ、彼らが盗賊に落ちることもありませんでした。彼らをこのような運命に追いやった責は、ヴォルフガング・ヴァイセンベルク前国王と穏便に話をつけ、彼の乱心を止められなかった私にもあります。だからこそ悼みます……彼らの死を無駄にしないためにも、私は『同盟』を実現させて大陸西部に末永い安寧をもたらさなければなりません」


「……そうか。私には関係のない理屈だな」


 頑なに「同盟」絡みの話をしたがらないルヴォニア王の態度に、スレインは思わず苦笑する。


「あなたにとって、私はあまり関わりたくない相手かもしれませんが……私は、あなたと馬首を並べて同じ戦場に立てたことを光栄に思います。ルヴォニア王国には個人的に恩がありますから」


「恩だと?」


「はい。生まれたばかりの私を連れて母が王城を去ったとき、父は母への愛の証として、化粧台を贈りました。ルヴォニア産の黒樫の化粧台です。私にとっては母の形見です。今は私の妻に受け継がれて、大切に使われています……あの素晴らしい化粧台ならば、この先も長く形を保ち、母と暮らした日々を私に思い出させてくれるでしょう。私の子や孫にも受け継がれて、ハーゼンヴェリア王家の系譜の中に平民である母がいたことを示し続けてくれるでしょう。だからこそ、貴国には感謝しています」


「……そうか」


 ルヴォニア王は無機質な声で答えたが、その表情は、先ほどより微かに穏やかなようにスレインには見えた。感謝を示されて、少なくとも悪い気分ではないようだった。


「さて、盗賊討伐は終わった。一件落着だな」


 場の空気を変えるように、ステファンが手を叩いて明るい声で言う。

 この日の夜は余った物資を贅沢に消費してラティスロー城で戦勝の宴が開かれ、その翌日に討伐部隊は解散。

 収穫期への対応で忙しくなり始めているであろうハーゼンヴェリア王国に、スレインは急ぎ帰還した。

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