第125話 盗賊討伐③

「……そうか、分かった。後方警戒の班は戻って本陣に合流してくれ。その盗賊たちと接触しないよう、上手く逃げてくるんだ」


 伝令の報告を聞いた一同が顔を見合わせた後、ステファンが伝令に向けて言う。

 敬礼し、命令を届けるために再び走っていく伝令を見送ると、ステファンは皆の方を向いた。


「ははは、盗賊は城にいる分で全てだと思っていたが、違ったようだな。おそらくは略奪か何かに出ていた連中か」


「城に籠る盗賊たちがやけに粘る理由も分かりましたね……仲間たちが戻ってくれば、討伐部隊を挟撃できると考えていたのでしょう」


 知能で人間に及ばない鷹のヴェロニカや、ごく短時間しか滞空できない風魔法使いでは、ラティスロー城の中にいる盗賊の数を正確に把握することはできない。盗賊団の一部が不在だったとしても、それを事前に知る術はなかった。


「どうしようか。攻勢を一旦中止させ、兵を本陣まで呼び戻す……のは悪手だな?」


「はい、陛下。前衛の部隊に関しては、このまま城に対峙させておくべきかと考えます。敵の狙いが挟撃だとすると、城にいる盗賊たちが容易に打って出られないよう、現状を保つべきでしょう」


 ステファンに尋ねられたエルトシュタイン王国軍の将軍が、そう意見を語る。


「エルトシュタイン王。後方からやって来る盗賊には、我が軍に対処させましょう」


「いいのか? 貴国はあくまで支援の立場なんだろう?」


 スレインが進言すると、ステファンは小さく目を見開いた。


「ええ。支援の立場として、我が軍は後衛を受け持っています。後方から敵が来て、しかし前衛を動かし辛いとなれば、対応するのは我が軍の役目でしょう……やってくれるね、ジークハルト?」


「お任せください。必ずや、賊どもを一網打尽にしてみせます」


 敵が迫っている状況で尚も白兵戦を忌避するのは、軍隊として恥ずべき臆病な振る舞い。軍人ならば誰もがそう考える。だからこそジークハルトは、スレインの問いかけに即答した。


「頼りにしているよ。迎撃には近衛兵団も一部動員するといい。ヴィクトル、それでいいかな?」


「了解いたしました。二個小隊二十人を、フォーゲル閣下の指揮下に回しましょう」


 本陣を守る近衛兵団と、遠距離攻撃に参加している弓兵や王宮魔導士、その護衛の大盾兵を除けば、ハーゼンヴェリア王国の兵力は四十人程度。それだけではやや心もとないため、スレインの直衛となる一個小隊を除いた近衛兵も、後方から来る盗賊の迎撃に回ることが決まる。


「陛下、あたしとアックスにも戦闘許可をください。素人の盗賊なんて、アックスが出れば敵にもなりません」


「……分かった。頼んだよ」


 さらに、筆頭王宮魔導士のブランカと、彼女が使役するツノヒグマのアックスも戦列に加わる。

 正規軍人が六十人と、ツノヒグマが一匹。三十人の盗賊を迎え撃つには十分すぎる戦力が、本陣や野営地の後方に回り、盗賊の到来を待つ。

 それから間もなく。後方の警戒に努めていたエルトシュタイン王国軍の小部隊が、森を抜けて駆け戻って来た。その後方からは、騎乗した盗賊が三人、小部隊を追撃しているのが見える。


「騎馬がいたか……あの様子では警戒班の撤退は間に合わんな。支援してやれ」


「はっ」


 王国軍と近衛兵団の騎士をまとめた十騎弱の騎兵部隊に、ジークハルトが命じる、騎兵部隊の指揮官に任命されている王国軍中隊長が即座に答え、騎士たちを率いて駆け出す。

 騎士たちが小部隊とそれを追撃する盗賊の間に割って入ろうとする進路をとると、三騎の盗賊は接触前に追撃を止めた。追撃を逃れた小部隊の兵士たちは、ジークハルトたちの側面を通過して本陣へと逃げ込む。

 そのときには、後続の盗賊たちも森を抜け、姿を現す。三騎の盗賊はそこへ合流し、盗賊たちはそのまま一塊になって接近してくる。

 騎乗した盗賊の一人――見るからに戦闘経験の豊富そうな男が周囲の盗賊たちに何やら指示を飛ばしているのが、ジークハルトの位置からも分かった。


「小規模な傭兵団に徴集兵の残党がくっついて、規模が膨れ上がったって感じですかね」


「おそらく、そのようなところだろう。傭兵がそのまま盗賊団の幹部となり、士官の役割を務めている……といったところか」


 城に籠っている盗賊たちも目の前の盗賊たちも、戦慣れした少数がその他大勢の素人を率いている。その様を見て、ジークハルトとブランカは敵の成り立ちを推察する。


「全力で矢と魔法を浴びせろ! 敵を自由に動かせるなよ!」


 後ろでステファンが命令を下す声が聞こえ、ジークハルトは振り返る。

 仲間の帰還に合わせて城の盗賊たちが打って出てくるのを防ぐためか、遠距離攻撃部隊が攻勢を強め、エルトシュタイン王国の歩兵部隊は戦闘態勢に入っていた。さらに、スレインのいる本陣は、ヴィクトル率いる近衛兵の直衛や、エルトシュタイン王家の親衛隊、ルヴォニア王の護衛部隊までもが動いて固めている。

 背後は万全。そう判断し、ジークハルトは正面から迫る盗賊に向き直る。

 小走りでこちらに十分に接近した総勢三十人ほどの盗賊たちは、鬨の声を上げながらの突撃に移っていた。その先頭には三騎の騎馬が立っている。


「ブランカ、あの騎乗突撃を止めろ。仕留めなくていい。突撃の勢いを殺してくれ」


「お任せを!」


 特殊な鞍でアックスに騎乗したブランカは、勝気な笑みを浮かべながら前に出る。

 隊列から突出して敵の先頭の騎馬に迫り――そして、前足を跳ね上げて立ち上がったアックスが雄叫びを上げた。

 後ろにいる味方の兵士たちまで身を竦めるほどの、本能的な恐怖を呼び起こす咆哮。それに真っ先に怯んだのは、騎乗した盗賊たちではなく、彼らの乗る馬の方だった。それまで勢いよく駆けていた三頭の馬は、目の前で吠えた強力な魔物に怯え、急停止する。

 その反動で盗賊の一人は落馬し、一人はなんとか持ちこたえたものの、怯え暴れる馬をなだめるために突撃どころではなくなる。

 そして残る一人、どうやら他とは格が違うらしい雰囲気を醸し出す男は、急停止した馬から打ち出されるように飛び出していた。

 それは振り落とされたのではなく、急停止の反動を利用し、自ら前に飛び出したとしか思えない挙動だった。

 唐突で予想外な動きに、ジークハルトも部下たちも驚く。その男は空中を飛びながら、どう見ても扱いづらそうな大剣を構え――その首に、魔法陣が浮かんだ。


「肉体魔法だ! 警戒しろ!」


 筋力や防御力、持久力を大幅に上昇させる肉体魔法。その発動を見て、ジークハルトは部下たちに注意を促す。


「避けろ!」


 魔法で強化された上に、空中から突っ込んでくる勢いまで乗った大剣の一撃ともなれば、如何なツノヒグマとて重傷を負いかねない。そう判断したブランカの命令で、アックスは横に飛ぶ。

 空中にいるために軌道を調整できない男は、そのまま地面に転がり、受け身をとって勢いを殺しながら即座に立ち上がった。

 そこは既に、ジークハルトたち迎撃部隊の目の前だった。そのまま男はジークハルトを、正確にはその後方、本陣の方を見る。


「敵の狙いは本陣だ! 槍で囲め! ブランカと騎兵部隊は残りの盗賊を食い止めろ!」


 ジークハルトが命令を下し終えたときには、その男は爆発的な勢いで前進し、隊列を突き抜けようと試みていた。

 隊列中央にいた王国軍兵士たちがすぐに槍を構えるが、男は振り回した大剣でそれら槍の穂先を薙ぎ払い、力づくで突破口を開く。穂先が身体を掠めて傷がつくことを厭わずに進む。

 迎撃部隊の歩兵は五十人程度。横に広がった隊列は五列しかない。

 抜かれる。そう考えたジークハルトは、愛馬から飛び降りると同時に剣を抜き、自らその男を迎え撃つ。


「そこをどけえぇっ!」


「ならん! ここで止める!」


 獣じみた形相で迫る男の迫力に微塵も怯むことなく、ジークハルトは剣を構えて踏み込む。

 常人であれば振り回すのは不可能であろう大剣を、男は肉体魔法による筋力に任せて斜めに振り抜く。金属鎧ごと人間を両断しそうなその一撃を、ジークハルトは自身の剣で巧みに受け流す。

 大剣は物自体は大した質ではないようで、ハーゼンヴェリア王国随一の名工に鍛えさせたジークハルトの剣は、折れることもなく敵の刃を滑らせた。

 逸らされた大剣が地面に叩きつけられ、土が飛び散る。すぐに大剣を持ち上げた男は、返す刀で横薙ぎに振る。それを、ジークハルトは一歩引いて躱す。

 肉体魔法と大剣が組み合わさった攻撃力は大したものだが、その力に頼り過ぎて動きは粗い。素人や魔物相手ならばともかく、体系的な鍛錬を重ねた武人に通用する剣ではない。

 そう考えながら、ジークハルトは二度、三度と切り結ぶ。相手の攻撃は受け流し、自身は素早さと重さを両立させた斬撃で相手を牽制する。

 そうしているうちに、王国軍兵士と近衛兵による包囲が完成する。正面の盗賊たちを警戒する者以外、二十人ほどが槍を構え、男を完全に囲む。


「っ!? くそがっ!」


 追い詰められたことに気づいた男は、再び力づくによる突破を図る。

 強敵であるジークハルトよりは、雑兵の方に突き進む方が生還率が高い。そう判断したのか、男は左を向く。しかし、そうしてジークハルトに身体の側面を晒したのが失敗だった。横腹に向けて斬撃を受け、咄嗟に大剣で身を守る。

 無理な姿勢をとり、大剣を防御に使い、それが致命的な隙となった。無防備な男を、四方から槍が襲う。

 いくら肉体魔法を発動させていても、肉の身体で鉄製の槍の穂先を受け止めることはできない。全身を槍に貫かれた男は、それらを引き抜かれた瞬間に地面に頽れた。


「……せっかく持って生まれた力だろうに。随分な無駄遣いをしたな」


 これほどの力があるのならば、真っ当に傭兵を続けるなり、どこかの貴族家に仕官するなりできただろうに。ジークハルトはそう思いながら死体に一言声をかけ、正面を向いた。

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