第124話 盗賊討伐②

 数十の矢と、数発の火魔法が一斉に城壁と城門を襲う。

 矢のほとんどは城壁に跳ね返されて地面に落ちるか、城壁上を飛び越えて城の中に飛び込む。火魔法は城壁や城門にぶつかり、火花を散らすが、その派手な見た目に反して城の損害は皆無に等しいようだった。

 城壁上では、盗賊団の幹部格らしい数人が何やら怒声を上げ、それに従って十人ほどが矢を放ってくる。さらに城壁の向こうからは、投石紐で放ったものと思われる石が数十、飛んでくる。

 向かってくる攻撃に対し、風魔法使いたちが防御のために魔法を行使するが、それでも隊列の全体はカバーできず、石の何割かは兵士たちが並ぶ中に飛び込んでくる。

 それにさして怯むこともなく、歩兵部隊は隊列を維持して待機し、弓兵と魔法使いは攻撃を続行する。初撃の結果を踏まえ、各々狙いを調整し、二撃目、三撃目を放つ。

 矢は城壁上や城の中の敵へと向かい、魔法は火花が城壁上の敵にかかるよう、あるいは火球が城門に直撃するよう、狙いを絞って放たれる。


「敵の矢の狙いは酷いものですな。高所をとっているのに、威力もたかが知れているようです」


「弓兵の腕が悪い上に、矢も木の枝か何かを適当に削った手製だろう。やはり、まともな矢はほとんど持たないようだな」


 エルトシュタイン王国軍の将軍と、ジークハルトがそう言葉を交わす。

 質の高い矢はそれなりの値段になる。正規軍ならともかく、素人ばかり盗賊団が湯水のごとく使えるものではない。そもそも、手元に大した数があるはずもない。


「あの様子じゃあ、石の方がよっぽど脅威だな」


「ですね。籠城する側にとっては石が強力な武器になるというのも、軍学書の通りです。ただ、投石紐を集団で用いてくるとは思いませんでしたが……」


「大方、投石紐の扱いに長けた元傭兵などがいて、指導役になったのでしょう」


 頭をかきながら呟くステファンに、スレインが答える。そこにジークハルトが補足する。

 前衛の味方が敵の攻撃に曝されていることについて、スレインは自軍の兵や王宮魔導士の心配はあまりしていない。

 遠距離攻撃に参加させているハーゼンヴェリア王国軍の弓兵十人ほどには、それぞれ大盾を持った護衛をつけている。王宮魔導士に関しては、一人につき大盾兵二人で護衛させている。

 敵の遠距離攻撃の密度も極めて薄い中で、それだけの護衛がついた上で戦死する確率は、戦場において考慮するリスクのうちに入らない。そんなリスクまで恐れて兵や王宮魔導士を前衛に出さないのは、正規の軍人や軍属である彼らを馬鹿にするに等しい。


「しかし、こちらの矢や魔法も大きな効果があるとは言い難いですな……陛下。歩兵による攻撃に移ってよろしいでしょうか?」


「そうだな。牽制はもう十分だろう。攻め落としにかかってくれ」


 問いかける将軍に、ステファンは答えた。

 その決定を受けて、将軍がエルトシュタイン王国の歩兵部隊に攻撃命令を下す。三百強の歩兵が隊列を維持しながら、城に接近する。

 歩兵部隊がある程度進んだところで、味方への誤射を防ぐために弓兵と魔法使いは攻撃を停止。一方で敵側は、より苛烈な抵抗を見せる。矢はもはや飛んでおらず、城壁の向こうから投石紐で、あるいは城壁上から腕で直接、石が投げつけられる。

 それは決して軽視できる攻撃ではないが、鉄製の兜を身につけた歩兵たちは、顔や首、腰や足にでも石が直撃しない限り重傷は負わない。ほとんどの者は健在のまま、城壁の下に到達する。

 高さはせいぜい五メートルほどの城壁に梯子が立てかけられ、歩兵たちが上り始める。城壁上の敵は石を槍や剣に持ち替え、迫りくる討伐部隊を撃退しにかかる。

 また、丸太に持ち手を付けた破城槌によって城門も攻撃されるが、重く分厚い木製の城門はそう簡単には打ち破れない。城門の直上からは、大ぶりな石や沸騰させたお湯などが降り、慌てた歩兵たちは破城槌を一旦放棄して下がる。

 こうして白兵戦がくり広げられる段になると、弓兵や魔法使いの仕事はない。その場に待機して一息つくハーゼンヴェリア王国の弓兵や王宮魔導士たちのもとに、本陣から歩み寄ってきたのは将軍ジークハルトだった。


「閣下、ここはあまり安全じゃありませんよ?」


「何、敵は歩兵部隊を押しとどめるのに必死だ。こちらへ矢や石を飛ばす余裕もないだろう……それよりどうだ、攻城戦の手応えは?」


「……やはりと言いますか、全力の魔法攻撃でもさしたる損害は与えられませんね。石造りの城壁はもちろん、城門も厄介です。水で濡らすだけであそこまで燃えづらくなるとは」


「弓の方も、開けた場所で敵を撃つのとは勝手が違い過ぎますね。曲射で城壁上を的確に狙うのは容易ではありません」


 問われた王宮魔導士や弓兵たちは、正直な所感を語る。

 やはり、城の防御施設としての堅牢さは尋常ではない。それが彼らの共通した結論だった。


「ふむ、そうだろうな。だからこそ、古来から城や砦というものが建造されてきたのだ……だが、これは我々にとっては僥倖と言えよう。ザウアーラント要塞を要するハーゼンヴェリア王国軍に言わせれば、城や砦は攻めづらい方が良い。石造りの防御施設の堅牢さを、こうして攻め手の側から体感するのも大きな学びだ」


 今回の戦いに参加した者たちが、身をもって知った城の堅牢さを他の兵士たちに語って聞かせるだけでも、ハーゼンヴェリア王国軍にとっては大きな効果がある。「百人程度の盗賊が立てこもった古城でさえそんなに攻めづらいのだから、多くの兵が守る難所の要塞ならばそれ以上に堅牢だろう」と兵士たちが思えば、いざというときにそこで戦う者たちの士気は大いに高まる。

 ほとんどは書物の知識でしか、城や砦の堅牢さが知られていないこの時代。小規模とはいえ城攻めの実戦を経験しに来た価値は十分にあると、ジークハルトは考える。


・・・・・・・


 緒戦で、討伐部隊はラティスロー城攻略を達成することなく退いた。

 それは決してエルトシュタイン王国軍やハーゼンヴェリア王国軍が実力不足だったということではなく、あくまで小手調べの緒戦で無駄に被害を重ねないよう、ステファンが機を見て一時退却を命令したためだった。

 それほど苛烈に攻めたわけではないため、戦死者はエルトシュタイン王国軍と徴集兵から合計で九人。負傷者はその倍ほど。白兵戦には投入されていないハーゼンヴェリア王国の人員については、死傷者は皆無だった。

 盗賊団の側の死傷者は、推定で二十数人。ブランカの使役する鷹のヴェロニカと、風魔法を使って短時間だけ滞空できるエルトシュタイン王国の王宮魔導士による偵察でそう判断された。

 そして迎えた討伐作戦の二日目。この日も昨日と同じように、遠距離攻撃による牽制からの歩兵による攻勢が展開されたが、敵が思いの外強く抵抗したために、エルトシュタイン王国の歩兵部隊は一時後退。今は敵を消耗させて士気を挫くため、矢や魔法が城に向けて絶え間なく撃ち込まれている。


「……捕らえられて死罪になるのを恐れているのだろうが、それにしてもやけに粘るな」


「そうですね。城で粘っても、最終的に討伐される結果は変わらないはずなのに」


 敵味方双方がまばらに矢を撃ち、こちらの陣から時おり火球が飛んでいく。そんな、見た目の上では地味で冗長な戦闘を眺めながら、ステファンとスレインは話し合う。

 数倍の規模の討伐部隊と対峙した以上、素人ばかり盗賊団の士気がそう長く保たれるはずはない。一度ならばともかく、二度目の攻勢でもこちらを後退させるほど懸命に戦うというのは、少々不自然な動きと言えた。


「まあ、僕が盗賊団の頭領なら、ここで粘るくらいなら昨日の夜中のうちに奇襲で包囲網の突破を試みますけど」


「私も同意見です。百人の盗賊を束ねる頭領ともなれば、馬鹿ではないはず。不意打ちの強行突破以外に生き延びる道がないと分かっていそうなものですが」


 スレインの呟きに、エルトシュタイン王国軍の将軍が同意を示す。


「他に考えられる理由としては……二日目まで粘ることで、こちら側が疲弊するのを待っているとか? こちらを疲弊させれば監視や警戒が緩くなると期待していて、その上で今夜にでも脱出を試みるのかも」


「しかし、戦闘が長引くことによる疲弊の度合いでは、敵側の方が上のはず。選択肢としては悪手であると思いますが……」


 ジークハルトの指摘を受けて、スレインも顔をしかめながら頷く。


「そうなんだよね。この調子で戦っていたら、今夜までに敵の死傷者は全戦力の半数に迫ってもおかしくない。そんな状態で包囲網を突破するのは無謀だ」


「敵は賊の群れだからな。負傷者は見捨てて、動ける者だけでこっそり逃げ去るつもりかもしれないぞ?」


 スレインとジークハルトの会話にステファンがそう口を挟み、それを聞いたスレインは小さく苦笑した。


「あはは、確かに、盗賊ならそういう手もとるかもしれませんね……さて、実際は何を考えているのやら」


 そのとき。本陣や野営地のさらに後方、森の方から兵士が一人駆けてくる。後方の警戒のために配置されていた、小部隊の伝令だった。

 伝令の兵士はステファンの前で敬礼し、口を開く。


「報告いたします! 街道側より、盗賊の別動隊と思われる集団がこちらへ向かってきます! 数はおよそ三十!」

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