第123話 盗賊討伐①

 エルトシュタイン王国とルヴォニア王国がそれぞれ一貴族領だった時代、両領の境界を守っていたラティスロー城。両国の建国後、新たに作られた街道からは外れる位置となったことで、戦略的な価値が失われて放棄されたという。

 緩やかな丘の上に築かれた城の周囲、かつてはよく整備されていたという平原も、今は森の浸食が進み、あちこちに木が生えている。そんな荒れた土地の中に、討伐部隊は布陣した。

 エルトシュタイン王国軍と王家の親衛隊、貴族たちの領軍、そして徴集兵、総勢およそ四百。そこに、ハーゼンヴェリア王国軍と近衛兵団が合計で百ほど加わり、討伐部隊を構成している。友邦とはいえ何が起こるか分からない他国での、慣れない攻城戦ということもあり、ハーゼンヴェリア王国からの援軍は全て正規軍人で固められている。


「さて、ルヴォニア王。我々の結束と活躍を見ていてくれよ」


 陣の最後方に置かれた本陣で、ステファンは言った。

 その視線の先にいるのは、ルヴォニア王。時おり越境してくる盗賊団によって自国もまた被害を受けているという彼は、ステファンにこの盗賊団の速やかな討伐を要求し、その討伐を直に見届けられるようにと、こうして観戦に招かれていた。

 彼も五十人ほどの兵を連れてきているが、これはあくまで彼個人の護衛であり、盗賊が本陣に迫るような事態にならない限りは戦闘に加わらない。

 両国の国境の関所で討伐部隊と合流した彼は、しかしスレインとステファンとは距離を置きたがっており、行軍中も二人から離れて最後尾を進んでいたほど。そして今も、ステファンに呼びかけられた彼の表情は冷ややかだった。


「……言っておくが、私は忌まわしい盗賊団が本当に討伐されるかを見届けに来ただけだ。貴殿ら二人がどれほど仲良くつるんで戦おうと、それが我が国の『同盟』参加に繋がるとは思わないでもらいたい」


「大丈夫、分かっているさ。そもそも、我々の仲の良さは個人的な親愛や友情もあってのことだからな。たとえ『同盟』の話がなくても、ハーゼンヴェリア王はきっと助太刀に来てくれた。なあそうだろう、可愛い従甥よ」


「さて、どうでしょうか」


 ステファンに馴れ馴れしく肩を組まれながら、スレインは呆れた笑みを浮かべた。

 気楽なやり取りはそこまでとし、スレインはステファンと城を見据える。


「……あちらも私たちを見ているようだな。一応、見張りを立てる程度の知恵はあるようだ」


「その程度の知恵さえなければ、百人を超える盗賊を曲がりなりにも統率することはできないでしょうからね」


 ラティスロー城の城壁上には、ちらほらと人影が動いているのが見える。盗賊団がこちらの攻勢に備えて動き出しているのは明らかだった。

 そのとき。斥候として周辺偵察に出ていたエルトシュタイン王国軍の士官が、ステファンのもとに駆け寄ってきて敬礼する。


「陛下。報告いたします。ラティスロー城の周辺に敵影なし。敵側は斥候や巡回警備の要員は出していないようです」


「そうか、報告ご苦労……敵は見張りを立てる知恵はあるが、周辺を広く警戒するほどの能力はないようだな」


「仮に敵側の大将格がそうしたくとも、素人ばかりの盗賊が百人程度ではそこまでの体制は組めないでしょうね」


 ステファンの呟きに、スレインは首肯しながら答える。

 盗賊団のうち、部隊指揮をとれる者はごく僅か。おそらくは多少知恵の回る平民か、傭兵崩れのような者が何人かいる程度。それ以外は学もなく、複雑な命令は理解できないであろう下層民出身者ばかり。そう推測されている。

 その後、討伐部隊の側では、本陣のさらに後方に野営地が設営されたりと、腰を据えて攻城戦に臨む準備が進められる。そうしてひと段落した午後、いよいよ攻勢に向けて隊列が組まれる。

 エルトシュタイン王国の歩兵が、横に広い隊列を組んで前衛として布陣。その左右には、エルトシュタインとハーゼンヴェリア両国の弓兵や魔法使いが遠距離攻撃部隊として並ぶ。

 後衛の予備兵力として、ハーゼンヴェリア王国軍の歩兵が待機。そして、本陣はハーゼンヴェリア王家の近衛兵とエルトシュタイン王家の親衛隊が守る。ここにはツノヒグマのアックスを連れた筆頭王宮魔導士ブランカも加わっている。

 本陣後方の野営地には、さらなる予備としてルヴォニア王の手勢が待機する。

 そのような態勢をとった上で、本陣ではスレインとステファン、それぞれの将軍、ついでにルヴォニア王と側近の将官が、ラティスロー城を中心に記した簡易の地図を囲む。


「さあて、早いところ決着をつけて帰りたいものだな」


「そうですね。これから忙しい時期ですし」


「その点については私も同感だな。なので、どうか時間をかけずに討伐を済ませてくれ」


 笑いながら言ったステファンに、スレインとルヴォニア王も頷く。

 今はもう六月の上旬。麦の収穫が始まっている季節。数週間後には、各王家は自領での徴税に忙しくなるため、あまりのんびりと戦いに臨むことはできない。

 特に、正規軍人の兵力不足を、本来は収穫の労働力とすべき徴集兵で補っているエルトシュタイン王国側としては、長くとも数日で決着をつけたいはずだった。


「出入口は一か所で、城門は木製だが、火攻め対策のために水で濡らしてある。空堀は城が放棄されたときに埋められたまま。しかし城壁は健在。どう攻めようか?」


 名目上の大将ではあるものの、軍事に関してはあまり詳しくないらしいステファンは、居並ぶ将たちに作戦を丸投げする姿勢を見せる。彼のそんな言動に慣れているのか、エルトシュタイン王国軍の将軍は小さく笑っている。

 側近に笑われたことを気にする様子もなく、ステファンはスレインに顔を向けてくる。


「ハーゼンヴェリア王、客将として何か意見はあるか? ザウアーラント要塞とゴルトシュタットを落とした英雄殿は、あの城をどう攻める?」


「……まあ、とりあえずは軍学書の定石通りに始めていいのではないかと」


 スレインはそう言って、自身の参謀である将軍ジークハルトと、ステファンの参謀であるエルトシュタイン王国軍の将軍を向く。


「それでよろしいかと存じます、陛下」


「確かに、まずはそうしなければ戦いも始められないでしょうな」


「なんだなんだ? 攻城戦の定石では、最初は何をするんだ?」


 きょろきょろと三人を見回すステファンに、スレインは笑いかける。


「まず最初は、降伏勧告です」


「……そうか、降伏勧告か。言われてみれば、最初はそうするのが当然だな」


「ええ。敵が素直に降伏してくれるのであれば、こちらの兵も血を流さずに済みますから」


 攻城戦は、攻められる敵にとっては孤立しての防衛戦。防衛側の士気が高いとは限らない。むしろ、低いことの方が多い。

 敵が進んで降伏してくることは珍しいとしても、攻撃側が降伏を促せば、案外あっさりと従うこともある。なので、攻城戦では最初にしっかりと降伏勧告をすべき……戦争が珍しくなかった時代の軍学書には、そう記されている。

 スレインたちの提案をステファンも大将として承認し、すぐに降伏勧告のための使者が立てられる。エルトシュタイン王国軍の中隊長だという騎士と、王家の旗を掲げて随行する若い騎士が、ラティスロー城に接近する。


「私はステファン・エルトシュタイン国王陛下の使者である! 国王陛下の御言葉として、お前たちに降伏を勧告する! 直ちに武装解除し、城門を開いて出てこい! 今素直に降伏すれば、国王陛下の御名において、寛大な措置を約束する!」


 騎士の高らかな宣言を後方で聞きながら、スレインは隣のステファンに声をかける。


「エルトシュタイン王。盗賊たちを寛大に処分するのですか?」


「ああ。私は優しい王様として君臨しているつもりだからな……寛大に、なるべく痛みの少ない死を授けてやるさ」


 いつもと全く変わらない口調のまま、ステファンは答えた。

 その間も、降伏勧告は続く。


「これが最後の勧告だ! 直ちに武装解除し、城門を開いて出てこい! さすれば、寛大な――」


 次の瞬間。城壁上から矢が飛んだ。


「なっ!? この無礼者どもが! 恥を知れ!」


 馬首を翻しながら、使者は叫ぶ。

 敵側の射手は数人。それも腕はたかが知れている。矢に大した勢いはなく、使者と旗持ちの騎士に命中することはなかった。

 しかし、使者に攻撃するのは、最悪と言えるほどに礼儀知らずな行為。王家の使者に対してそのような振る舞いをするということは、王家を侮辱したに等しい。


「あーあ、まったく……仕方ない。戦うか」


 二人の騎士が慌てて駆け戻って来るのを眺めながら、ステファンは面倒そうに呟く。


「最初の攻め手としては、力押しで行くのか?」


「ひとまずは、そのようにするつもりです。敵は弱兵で数も限られますので、正攻法を試すべきかと思います」


 将軍の言葉を聞いたステファンは、意見を求めるようにスレインとジークハルトにも視線を向けてくる。


「私が指揮を執る立場でも、同じようにするでしょう」


 スレインが答え、ジークハルトが無言で首肯するのを受けて、ステファンは視線を城の方に戻した。そして、静かに笑った。


「では、そうしよう……攻撃を開始せよ」


 真っすぐに伸ばした腕をラティスロー城へと向け、ステファンは大将として命令を下す。

 それを受けて、主力となるエルトシュタイン王国の歩兵部隊と、随伴する遠距離攻撃部隊が前進し、城に近づく。

 矢や魔法が届く距離になると、歩兵部隊の左右に展開する弓兵と魔法使いが攻撃を開始した。

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