第122話 軍制改革と軍事協力

 来年の二十二か国会談までに推し進める施策は、街道整備や王都再開発などによる社会改革だけではない。軍制の面でも、大きな改革を行うことになる。

 五月の下旬。スレインが視察に訪れたのは、新たに発足された予備役部隊の訓練だった。


「全隊停止! 二列横隊!」


 王城に隣接する王国軍本部。その訓練場で声を張ったのは、今日の教官を務めている王国軍第三大隊の第二中隊長だった。

 手練れの騎士である中隊長の命令に従い、およそ六十人の予備役兵が行軍のための四列縦隊から前後二列の横隊を作るために動く。


「急げ! 駆け足!」


「どうした! 第二中隊や第四中隊よりも遅いぞ! お前らの実力はそんなものか?」


 他の者とぶつかったり、自分の立ち位置が分からずもたついたりする予備役兵たちを、教官を補佐する古参正規兵たち数人が叱咤する。

 予備役に登録された王領民は、十五歳から四十歳まで総勢で六百人弱。それが九分割されて管理されており、戦時は王国軍の各中隊に組み込まれ、百人弱の部隊を編成することとなる。

 平時の登録者管理を容易にし、訓練や実戦時には迅速に集結させられるようにするため、九つの予備役中隊は、王領を九つに分けた各地域の出身者が固まるようにして組織されている。

 訓練を監督する正規軍人たちはその点を上手く利用し、予備役兵たちの「他の地域の中隊に負けたくない」「自分たちの地元の中隊こそが最も優秀だと示したい」というプライドををくすぐることで、彼らのやる気を一層引き出している。


「……ご覧のように、予備役兵たちの練度はまだまだです。素人よりはましでしょうが、王国軍人には遠く及びません」


 視察するスレインの隣で語ったのは、将軍ジークハルト。やる気はあるが、それが少々空回りして慌ただしい整列を展開する予備役兵たちに視線を向けながら、その表情は渋い。


「練度に関しては仕方ないよ。彼らは予備役兵になってから初めての訓練だからね」


 スレインは微笑を浮かべながら首を横に振る。

 予備役兵は月に一度の訓練を受けることが義務付けられている。検討の結果、この義務は数か月に一度、数日間の訓練を受けるというかたちで、日数をまとめて果たさせることになった。

 こうすることで、普段は本業に従事する予備役兵たちの訓練参加の負担を減らし、指導する王国軍人たちの負担も減らしながら、数日かけてより高度な訓練を実施できる。ジークハルトが将軍としてそう結論づけ、スレインも国王としてそれを承認していた。

 目の前の予備役第三中隊は、これが予備役としての初めての訓練。その練度は、半年に一度の基礎訓練を経験した一般平民たちと未だ大差ない。行軍隊形から戦闘隊形への移行という難しい動きをとろうとすれば、今はまだ、どうしてもこうなる。


「大切なのはやる気だよ。彼らがやる気をみなぎらせているのは疑いようもないからね」


「その点に関しては、私も同感です。さすがは自ら志願した者たちと言うべきか、訓練への打ち込み様は他の平民とは比較になりません。指導役たちの助言にも熱心に耳を傾けています」


 予備役兵たちは、成人男子の中でも国防への意識が高く、心身共に健康な者たち。平民の中でも上澄みのような人材。

 将来性という点では、半年に一度の基礎訓練を受けるだけの者たちとは段違いだった。


「今のところはそれで十分だよ。何度か訓練を重ねれば、様になってくるだろうからね」


「各中隊、今年は数日ずつ三度の訓練を受けさせる予定です。武芸の腕については多くの者が熱心に個人鍛錬を積んでいるようなので、この訓練では隊形移動を中心に鍛え、年末までには新兵程度の実力を身につけさせてご覧に入れます」


 自信に満ちた声で断言するジークハルトに、スレインは頷く。


「分かった、頼んだよ……クロスボウの増産も問題なく?」


「はっ。現在、王家が保有するのはおよそ百七十挺。今年中には二百挺に届く予定です。王国軍と予備役兵を合わせれば、戦時にはクロスボウ兵と弓兵が二百五十、騎兵が五十、歩兵が六百の軍勢を速やかに編成できます」


 兵数を変えず軍事力を強化する上では、制度面だけでなく装備面の整備も欠かせない。歩兵が一撃で騎兵を殺せるクロスボウは、その要となる兵器だった。


「王領だけで、訓練されたそれだけの軍勢を実現できれば、ハーゼンヴェリア王国の覚悟を証明できるね……我が国が他国の兵の血で国境防衛を成す気でいるだなんて、誰にも言わせない」


「はっ。国王陛下こそが、サレスタキア大陸西部の安寧を最も強く願い、そのために尽力されている御方。それを示す揺るぎなき証左となりましょう」


 穏やかな表情で、しかし金色の瞳に力をみなぎらせたスレインに、ジークハルトが答えた。


・・・・・・・


 来年の第二回会談に向けたハーゼンヴェリア王国の施策は、街道整備、難民の受け入れと王都の再開発、農業改革、軍制改革がそれぞれ大きな柱とされている。

 しかし、これら以外でも「同盟」派各国と繋がりを深めたり、「同盟」に乗り気でない国にアプローチをかけたりできる機会があれば、そうするに越したことはない。

 そんな考えのもと、スレインは現在、エルトシュタイン王国の領土内――ルヴォニア王国との国境付近にいた。


「ほら、ハーゼンヴェリア王。あれが件のラティスロー城だ」


 国境に続く街道から西に外れ、森の中の細い道を抜けた先。古風な城を指さしながら、ステファン・エルトシュタイン国王が言う。


「古びてはいますが、なかなか堅牢そうな城ですね」


「そうだろう? 我がエルトシュタイン家がまだヴァロメア皇国の貴族家だった頃に、気合を入れて建設した城だからな。まったく、盗賊なんかには贅沢過ぎる拠点だよ」


 スレインが感想を零すと、ステファンは大仰にため息を吐きながら首を振る。

 昨年の戦争で戦場となった、ヴァイセンベルク王国の旧南部。現在は領土割譲されてオルセン王国北部となった一帯で戦後に問題となったのが、盗賊だった。

 ヴォルフガング・ヴァイセンベルク前国王は、一万もの大軍を動員しながら歴史的な大敗北を喫し、その軍勢は敗走の最中で散り散りになった。そうした敗残兵は、戦いを放棄して家に帰った者も多かったが、全員がそうしたわけではなかった。

 あまり裕福でない平民家の次男以下など、厄介払いを兼ねて徴集されたような者たちの中には、家に帰らない選択をした者も多くいた。戦場となった地域にそのまま住み着き、小作農や肉体労働者として真っ当に働く者もいるが、盗賊落ちした者も少なくない。

 そうした者たちは徒党を組み、農村に現れて盗みを働いたり、道を通行する商人などを襲ったりと、好き勝手に暴れている。

 ヴァイセンベルク王国とオルセン王国の新国境地帯では、オルセン王国による盗賊狩りが苛烈であるため、未だ生き残っている盗賊の残党は、徐々に二国の外――具体的には、エルトシュタインやルヴォニア、アリューやサロワへと移動しているという。

 なかでも現在、エルトシュタインとルヴォニアの国境地帯では、複数の徒党が合流して百人を超える大所帯となった盗賊団が誕生してしまった。

 エルトシュタイン側の、今は使われていない古城を陣取っているというこの盗賊団を討伐するため、ステファンは戦いを決意。そこに、スレインは友邦の王として助力することを決めた。

 現在、エルトシュタイン王国の軍勢を基幹とした討伐部隊を率いながら、ステファンとスレインは馬を並べて森の中の道を進んでいる。


「あんな拠点を持った盗賊団に居座られているのであれば、討伐するまで街道の封鎖を解けないというのも納得です」


「何せ、ここはルヴォニア方面に続く街道の目と鼻の先だからな。私が封鎖を命じなくとも、この有様の街道を通りたがる商人や旅人なんかいるものか。本っ当に、なんでこんな考えなしの規模に膨れ上がって、よりにもよって我が国の領土内に陣取るんだ。とんだ素人盗賊たちだよ」


 小ぢんまりとした無骨な城を眺めながら、ステファンは心底面倒くさそうにぼやいた。それを見て、スレインは苦笑を返す。

 賢い盗賊は、派手に暴れたりはしない。小規模な徒党を組んで常に移動し、主要街道を外れた道で商人を襲う。その際も、有り金や荷を全て奪うようなことはしない。命を奪うこともない。

 村などを襲う場合も、村を占領して住民を皆殺しにするような真似はしない。夜間などに密かに侵入し、目立たずに金品や食料を盗む。女性を攫う場合も、貧しい小作農家の娘など、行方不明になってもあまり力を入れて探されない立場の人間を攫う。

 そうして密かに動き、社会に甚大な被害を与えないようにする方が、王侯貴族から目をつけられて本格的に討伐される危険性は減り、長生きできる。

 しかし、大半の盗賊はそのように賢くはない。なかでも今回のような、百人を超える盗賊団というのは、最悪の愚か者と言える。

 このような大所帯になったら頻繁に移動することは叶わず、全員が食いつないでいくためには派手に暴れざるを得ず、必然的にこうして大きな街道の傍に拠点を構えることになる。当然、すぐに見つかって大規模な討伐隊を組まれることになる。


「そんな素人の群れでも、こうして城に籠られると侮れませんね。拠点防衛の戦いとなれば、個々の兵士が弱くともあまり問題になりませんから」


「それなんだよなあ……だが、こうして可愛い従甥が参戦してくれて助かった。ザウアーラント要塞やゴルトシュタットを落とした英雄が味方となれば、城に籠った百人の盗賊団も怖くはないな」


「あまり買いかぶらないでください。ザウアーラント要塞のときもゴルトシュタットのときも、私は正攻法ではなく奇策を用いて陥落させましたから。今回お役に立てるかは分かりませんよ……というか、何度も言ってますけど、僕たちはあくまで支援の立場ですから」


 スレインは同じ「同盟」派の国同士、エルトシュタイン王国との連帯を示すために今回の助力を決めたが、その裏には「自国の将兵と共に本格的な攻城戦を目撃し、学ぶ」という目的もある。

 ハーゼンヴェリア王国防衛の要がザウアーラント要塞である今、こうした防衛拠点を攻める戦いを実際に見て知ることは、要塞をより確実に守ることにも繋がる。この戦いから情報収集を行うことに価値を見出したからこそ、スレインは参戦を決意した。単なる政治的なパフォーマンスや、叔従父であるステファンへの義理人情を果たすためだけではない。

 軍として面子が保たれるよう、ある程度は自国の部隊にも交戦させるが、危険な役回りを務めさせるつもりはない。可能な限り、死傷者ゼロで帰るつもりでいる。


「ははは、分かってる分かってる。前面に立って戦うのはこっちに任せてくれよ。ここは私たちの国だ。私たちで守るさ」


 そうして話しながら、スレインとステファンたち討伐部隊は森を抜ける。



★★★★★★★


私事ですが、昨日4月25日で商業作家デビュー1周年となりました。

2年目も良い作品をお届けしていけるよう精進してまいります。何卒よろしくお願いいたします。

本作『ルチルクォーツの戴冠』の書籍化作業も順調に進行中です。お楽しみにお待ちください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る