第119話 王国の方策

「国王陛下。各国代表との会談、ご苦労さまでした」


「ありがとう。疲れたよ、まったく。去年の外征といい勝負だった」


 王都ユーゼルハイムに帰還した数日後。国家運営定例報告会議の場で、スレインはジークハルトの言葉にそう答える。この会議の前にスレインはジークハルトと顔を合わせているので、彼の発言は個人的なものではなく、居並ぶ臣下を代表してのものだ。

 やや大仰に苦笑して見せた主君を見て、会議室の円卓を囲む法衣貴族たちから小さな笑いが起こった。スレインのすぐ隣に座るモニカも、夫に愛しそうな視線を向けながらクスクスと笑う。

 この状況に、スレインは心地よさを覚える。気を張ったまま諸国の代表と話し続けた先日の会談と比べたら、気心の知れた臣下たちに囲まれたこの場の、何と居心地の良いことか。


「さて、早速始めようか」


 臣下たちがそれぞれの担当する職域について王家に報告を行うのがこの定例会議の主旨だが、今日は先日の会談についての報告と、今後の方策の話し合いも主目的のひとつとなっている。


「結論から言うと、四日間の会談では目に見える進展はほとんどなかったけれど、大陸西部二十二か国の立ち位置や考えは鮮明になった。できるだけ多くの国で『同盟』を実現するにあたって、何が障害になっているのかも。それに伴って、今後とるべき対応の道筋も見えてきた……詳細については、パウリーナ、頼むよ」


「御意。それでは僭越ながら、私よりご報告させていただきます」


 スレインの傍らに立つパウリーナが、指示を受けて一歩前に進み出、先日の会談の流れと各国の立ち位置について整然と語る。

 一年後に再び会談が開かれる予定であること、それまでにオルセン王国と連携しながら「同盟」派の将来性を大陸西部各国に示していく方向でガブリエラと話がついていることも説明する。


「なるほど。『同盟』派の将来性を示す……ということは、軍事の面以外でも諸国との結びつきを強めていくということになりますか?」


 パウリーナが説明を終えると、農業長官ワルター・アドラスヘルム男爵が言う。


「そうだね、まさしくその通りだよ……具体的な案については、セルゲイ」


「はっ」


 スレインに促され、セルゲイ・ノルデンフェルト侯爵が説明役を変わる。王国宰相である彼は、この定例会議の前にスレインから前もって報告を聞き、今後とるべき方策についてある程度詳細に話し合っている。


「オルセン王国をはじめとした各国との協力について、具体的な方策はいくつか定まっている。そのうち最も大きなものが、街道の整備だ……ひとまずは、ハーゼンヴェリア王国の王都ユーゼルハイムと、オルセン王国の王都エウフォリアを石畳の街道で結ぶことを目指す」


 セルゲイの言葉を聞いた法衣貴族たちは、興味深そうな表情を見せた。

 街道は極めて重要な設備で、国家にとっては動脈に等しい。よく整備された街道があれば、軍隊は素早く遠くまで展開することが叶い、人や物の行き来がスムーズになることで商業も活発になり、延いては国が栄える。

 どこまでも平らで、雨が降ってもぬかるまず、多くの馬や馬車が通っても荒れない石畳の道は、草や石を取り除いて地面を踏み固めた道と比べてもさらに、人や物の移動速度を上げる。

 ハーゼンヴェリア王国の中心たるユーゼルハイムと、オルセン王国の中心で大陸西部屈指の大都市たるエウフォリアを石畳の街道で結ぶことができれば、非常時にオルセン王国からの援軍が迅速にたどり着けるのはもちろん、経済の面から見ても大きな利点がある。平時から人や物の行き来が増えれば、単に二つの都市が得をするだけでなく、沿道の全地域が利点を享受できる。

 そして、両国の王都が石畳の街道で繋がっている、という事実それ自体も、両国の結びつきの強さを示す一種の象徴になる。


「とはいえ、両国の間にはエルトシュタイン王国に加えて、『同盟』派ではないルヴォニア王国とランツ公国もある。元より街道に石畳を敷いているランツは別として、ルヴォニア領土内についてはどうしようもないため、今のところはハーゼンヴェリアとエルトシュタインとオルセンの領土内の街道を整備することになる」


「そうして外堀を埋めることで、ルヴォニアやランツの『同盟』参加を促すこともできるかもしれませんね」


 そう感想を語ったのは、外務長官エレーナ・エステルグレーン伯爵。

 彼女もこの件は事前に聞かされており、この発言は皆に街道整備の外交面の利点――「同盟」派の国々が街道を整備して人や物の行き来を活発にすることで、間にあるルヴォニア王国やランツ公国に対して、『同盟』に加わることを促す――を理解させるためのものだった。

 場合によっては、「同盟」参加を条件にして、ルヴォニアの街道整備への援助も検討する。スレインと側近たちの中では、そうした対応も案の一つとして考えてある。


「エウフォリアと石畳の街道で繋がるとなれば、ゆくゆくは王都ユーゼルハイムや、街道上の各都市の人口増も見込めますね。王都や各都市の再開発、さらには来訪者が増えることを見越して新たな宿屋や商店を作ることも考えなければ……」


 そう呟いたのは、商工業長官のルートヘル・ブラッケ男爵だった。


「商工業長官の言う通り、そうした面についても計画を定めねばならないだろうな。今のところはまだ白紙の状態だ……それ以前に、街道完成の期限、動員する人足の規模、石材調達などの詳細については一切が未定だ。今後、公共事業長官や鉱業長官とも話し合いながら無理のない計画を立てていくことになる」


 セルゲイの「無理のない計画」という言葉を聞いたからか、公共事業長官のズビシェク・ヴラニツキー男爵と鉱業長官のツェツィーリエ・カフカ女爵――すなわち、街道整備に関する実務を指揮することになる二人がほっとした表情を見せた。


「次に、農業における協力体制の構築も、方策の一つとして考えてある。農業全般については、やはり大国であるオルセン王国の方が技術的に洗練されている部分も多い。それらの最新技術の提供を受ける対価として、我が国からはジャガイモの栽培技術と種芋について提供することが考えられている」


 栽培の開始から三年が経ち、ジャガイモの普及も徐々に進んでいる。スレインが王領民と交流しながらジャガイモを広めたことで、昨年からは王都のみならず王領各地で栽培が始まっており、さらにはヴァインライヒ男爵領もジャガイモの主要産地のひとつとなっている。

 大陸西部の全体を見れば、ジャガイモは現状ほとんど未知の作物と言っていい。ハーゼンヴェリア王国において確立された、栽培のためのある程度のノウハウ。そしてまとまった量の種芋を提供すれば、農業に関する最新技術の提供を受ける十分な対価になり得る。


「この件については、多くの場面で農業長官の力を借りることになるだろう」


「よろしく頼むよ、ワルター」


「かしこまりました。どうかお任せください」


 スレインから直に呼びかけられたワルターは、そう答えた。


「次に……これはオルセン王国ではなくヴァイセンベルク王国との協力になるが、かの国で今後発生する難民を、ハーゼンヴェリア王国でもある程度受け入れる予定だ」


「難民……ですか?」


 首をかしげたのは、文化芸術長官のエルネスタ・ラント女爵だった。この話が初耳だった他の臣下たちも、似たような反応を示す。


「そうだ。より正確に言うと、ヴァイセンベルク王国からの逃亡民になるが」


 昨年の戦争で領土を大きく減らし、多額の賠償金を課されたヴァイセンベルク王国。まだ幼いお飾りの国王ファツィオを抱えるこの国の重臣たちは、民に重税を課すことで人口減少に伴う減収を補い、戦勝国に支払う賠償金を捻出することにした。

 その際、彼らは地税や売上税、奴隷所有税ではなく、橋や関所の通行税と、全ての平民に課される人頭税を大幅に引き上げることで対応しようとした。国力をできるだけ維持するため、国内の地主や商人たちを守るための選択だったが、全ての民に同額の増税がなされた結果として、相対的に庶民層の方が増税の影響を強く受けることとなった。

 そうなると、貧しい民の中にはかつてない重税に耐えられず、生き延びるための口減らしに家族を捨てたり、一家揃って故郷での人生そのものを捨てたりする者も出てくる。冬明けにはそうした者たちの逃亡が始まり、難民化した貧民たちが近隣諸国に入り込み始めているという。

 しかし、オルセン王国をはじめとした隣国は、昨年の戦争で盗賊化した敗残兵などが未だに辺りをうろついている中、増えた領土と人口を管理するだけで手一杯。この上でさらに、百人単位で発生する難民を無制限に受け入れるわけにはいかない。

 かといって、ヴァイセンベルク王国内に追い返せば、今度は限界を迎えた難民たちがそこで盗賊化する可能性もある。ヴァイセンベルク王家としては、ただでさえ社会が混乱している中、税も取れず管理もしきれない逃亡民や、混乱をさらに悪化させる盗賊など抱えたくない。逃亡者が出ることも見越して増税に踏み切った以上、逃げる者は逃げるままにさせておく方がましである。

 結果、ハーゼンヴェリア王国のようなヴァイセンベルク王国と隣接していない「同盟」派のいくつかの国が、ヴァイセンベルク王国と近隣諸国のもてあます難民を受け入れることになった。セルゲイはそう語る。


「幸い、ジャガイモの普及によってハーゼンヴェリア王国では食料供給に多少の余裕が生まれている。難民を保護するための資金についても、今年からヴァイセンベルク王家より支払われる賠償金で賄える。そして受け入れた難民は、そのまま街道整備をはじめとした各施策に投入する労働力として使える。最終的には、定住させて小作農にすればいい」


「なるほど。そういうことであれば、大きな問題はないでしょうな。むしろ利点の方が勝ると」


 セルゲイの説明を聞き、典礼長官ヨアキム・ブロムダール子爵が言う。他の臣下たちも、納得した表情を見せた。


「最後に、これは『同盟』派各国との協力とは少し異なるが、大きな視点から『同盟』派の将来性を周囲に示す方策として、軍制改革が考えられている。国王陛下のご発案だ……この件については、将軍、説明を頼む」


「はっ!」


 話を振られたジークハルトが短く答え、法衣貴族一同を見回す。


「国王陛下が直々になされたご発案。それは、王領における予備役制度の設立だ」


 予備役制度。その言葉を聞いて、しかし文官の多くはピンと来ない様子だった。


「これは、古くはヴァロメア皇国の一部地域で、現在では南の島国スタリアなどで取り入れられている制度だな。我が国では通常、戦時はその都度民の中から兵を徴集しているが、この予備役制度では、あらかじめ予備役兵と定められた者たちが集結し、戦うことになる」


 この制度ではまず、民の中から予備役への志願者を募る。

 一般平民の成人男子たちが半年に一日の定期訓練を義務付けられているのに対し、予備役に登録された者たちは、月に一度、定期訓練よりも高度な訓練を行う。また、日頃から槍と剣の鍛錬を積むことも努力義務として課される。

 こうして訓練された予備役兵は、職業軍人には及ばないものの、ただの徴集兵とは比較にならない練度を備えることになる。併せて、以前より進めているクロスボウの増産なども継続すれば、練度上昇の効果はより高まる。

 国力の面でどうしても動員可能兵力が限られるハーゼンヴェリア王国において、兵の質を高めることは、最も現実的で効果的な防衛力強化の手段となる。ジークハルトはそのように語った。


「効果は単なる防衛力強化に留まらない。オルセン王国と並んで『同盟』の実現を推し進め、帝国との戦争時に最前線となるハーゼンヴェリア王国が、どの国よりも率先して戦いに備える。この事実そのものが、王家の覚悟を示し、各国に『同盟』への参加を促すことに繋がる。陛下はそのように考えておられる」


「他の民よりも多くの時間を訓練に拘束される予備役兵には、負担軽減のために税の減免や、王家の専売品である塩の割引などを行うことが今のところ考えられている。王領社会における負担も最小限で済むだろう。場合によっては、予備役兵以外の民の定期訓練は年一日に縮小してもいい」


 セルゲイが補足し、予備役制度の説明は終わる。


「さて。今セルゲイとジークハルトが説明してくれた通り、王家としては街道整備と農業改革、難民の受け入れ、予備役制度の設立を柱にして事を進めたいと思っている。これらは『同盟』派の将来性を周辺諸国に示すだけでなく、我が国の社会をより強化し、発展させる上でも大きな効果が期待できる試みだ……何か意見があれば、遠慮なく発言してほしい」


 スレインが促すと、臣下たちからはちらほらと発言が出てくる。しかし、新たに掲げられた四つの方策について細かな質問がなされただけで、方策そのものへの反対や、大きな軌道修正を求めるような提言は出なかった。

 法衣貴族たち全員の同意をもって、今後しばらくのハーゼンヴェリア王国の方針は決まった。

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