第116話 二十二か国会談④
「次に……そうだな、西端地域の諸国の代表者ら。貴殿らの意見を聞こう。ヒューブレヒト王の意見はもう聞いたので、それ以外の国々の」
ガブリエラが視線を向けたのは、キルステン、エラトニア、デラキアの代表者たち。彼らは顔を見合わせ、代表してキルステンの王が口を開く。
「我々は、この『同盟』に必要性を感じない。ガレド大帝国により近しい諸国がこのような枠組みを成すことは理解できるが、そこに我々が加わるのは現実的ではない。そう考えている。仮に、また帝国とハーゼンヴェリア王国の国境などで争いが起こったとして、我々がわざわざ兵を送る意味も必要性もないだろう」
迫力はないが理知的な顔のキルステン王は、淡々と語った。
その言い分に、スレインは一応の納得を覚える。自分が彼らの立場であっても、おそらく似たようなことを言うだろうと考える。
西端地域はその位置的な事情もあり、大陸中部のガレド大帝国よりも、大陸のさらに西にある島嶼国家群や、エルデシオ山脈を挟んだ大陸北部の小国群と交流している。
西端地域とそれらの国々の海洋貿易による経済的な結びつきはそれなりに深く、領土の距離やお互いの国力を考えても、海を越えて戦争になる可能性は今のところ皆無だ。
また、再びガレド大帝国が大陸西部に軍を向けたとして、その侵攻が西端地域にまで及ぶ可能性は低い。ハーゼンヴェリア王国をはじめいくつかの国は領土を荒らされるか、もしかしたら滅びるかもしれないが、その周辺諸国が力を合わせて立ち向かえば、最終的には帝国を撃退する、少なくとも侵攻を押しとどめることが叶うだろう。
西端地域としては、わざわざ自分たちが首を突っ込まずとも終わる戦争へ最初から参戦するリスクを負いながら『同盟』に参加する意義は薄い。
「では、仮の案として話すが……例えば、戦争にかかわらず同盟国の存亡を揺るがす事態が起きた際に、他の同盟国が助力する、という内容ならばどうだ? 災害や流行り病、飢饉などの際にも相互に助け合う枠組みになるとしたら」
西端地域と他地域の境界は、途切れ途切れに山が並ぶ山地となっている。この地勢がどう影響しているのかは定かでないが、西端地域では十年に一度ほどの割合で、気温が低く作物が凶作となる年がある。
この際、最終的には大陸西部の他の国や、島嶼国家群から食料を輸入して乗り切っているものの、下層民の中からは少数だが餓死者も出る。そんな状況が、半ば仕方のないリスクとして受け入れられてきた。
「西端地域が凶作となった際に、他の同盟国から迅速に定価で、あるいは通常よりも安価に食料を輸出する。そのような体制を整えておけば、餓死者を出さずに乗り切ることも叶うようになるかもしれない。貴殿らにとっては悪くない話では?」
ガブリエラはそう言って、同盟賛成派の代表者たちの顔色を窺いながら「もちろん、他の同盟国がこのような取り決めに賛同すればだが」と付け加えた。
「……それが本当に実現するのならば、再考の余地がないわけではないが」
エラトニア女王とデラキアの王太子と顔を見合わせながら、キルステン王は答える。
「しかし、それでも諸手を挙げて賛成というわけにはいかない。凶作の際に少数の貧民が死ぬことと、遠い地で起こる帝国との戦争に関わること。その二つを比較すれば、貴殿の提案に必ずしも利ばかりがあるとは言えない。それに、我々も昔と比べれば凶作への備えもできるようになっている……どちらにせよ、今ここで、何ら明言することはできかねる」
「構わない。歩み寄る余地があると分かっただけで、今は十分だ」
具体的な話し合いに進めることはなく、ガブリエラはそう答えた。
「では最後に……ランツ公。貴国の意見をまだ聞いていなかったな」
その言葉で、一同の視線はランツ公国の代表者に向く。
ランツ公国。大陸西部のちょうど中心あたり、いくつもの大街道が交差する要所に存在する、二十二か国の中で最後に建国された、二十二か国の中でも極めて特異な国家。
およそ五千人が暮らす都市二つから成り、その総人口はわずか一万人ほど。領土も二十二か国の中で最小であり、そして何よりこの国を特異たらしめているのが、政治体制だった。
「……毎回のようにお願い申し上げているが、私を『ランツ公』と呼ぶのはできれば止めていただきたい。私は確かにランツ公爵位を預かっているが、それは形式上のもの。私の正式な肩書は国家主席であり、私はあくまで一万の国民の代表として、身分的には一平民としてこの場にいる」
ランツ公爵――ルドルフ・アレンスキー国家主席は、無表情を保ちながら言った。
ランツ公国は、大陸西部で唯一、貴族制度を廃止している。奴隷制度もないため、公国は平民のみで運営されている。「公国」という名も、指導者に与えられるランツ公爵位も、他の国々がこの国を独立国として認めるため、便宜上の称号として贈られたもの。彼ら自身は祖国をランツ人民共和国と呼び、代々の元首は国家主席を名乗っている。
また、公国民は一定の財産――規定以下の面積の土地と家屋、そしておよそ一般的な平民の年収以下の財産のみ持つことを許され、それ以上の財産の私有は禁止。そうした富は全て、政府のもとに集められる。政府は集められた富を国家予算とし、行政事務や公共事業や治安維持、国民に対する医療や福祉の提供を行っている。
国の指導者層ですら、この財産私有の禁止が適用され、一万人の国民は貧富の差がほとんどない環境で暮らしている。彼らはこれを「共産主義」と称している。
このような奇異な国が滅ぼされることもなく存続しているのは、その地理的要因から。
交通の要所に生まれた宿場都市が原型となっているランツ公国は、他国の人間が領土を通行する際の関税を、国家運営に最低限必要な収入を得られる程度まで安く抑えている。
周辺諸国にとってはありがたい反面、もしどこかの国が公国領土を侵略しようとすれば、格安で通行できる交通の要所を他国に取られたくない周辺国が反発し、悲惨な争いになるのは必至。どの国も、たとえヴァイセンベルク王国でさえ、迂闊に手が出せなかった。
よって、ランツ公国は彼らの掲げる「共産主義」を信奉する者たちの安住の地として、今日まで生き残っている。
「すまなかった。では。国家主席殿、あらためて聞かせてもらおう。貴国は何故、『同盟』への参加を望まないのだ?」
「……建国以来、我々の国は他国となるべく関わらないことを国是としてきた。それはあなた方も知るところだろう。共産主義を守るためには、そうするしかないのだ。我々は新たな同志がランツ人民共和国に移住することも、共産主義と袂を分かつ決意をした者が国を去ることも拒まない。しかし同志の一員となった以上は我々の主義に従ってもらう。そして、主義を異にする者たちと過度に関わることはしない」
あらためて問われ、ルドルフは感情の読めない顔で語り始める。
「共産主義に基づく国家運営が、極めて奇異で困難な試みであることは、我々こそが最もよく理解している。今のところ我々の試みが成功しているのは、狭い領土と少ない人口のおかげで、指導者層の目が社会の隅々まで行き渡り、また国民の監視の目が指導者層に十分に届くからこそであることも。だからこそ我々は、この共産主義の理想郷を守るため、他国の人間と極力関わらない道を選んだ。そうすることで富への欲求を排し、国民全員が同志となって掟を守り、腐敗を防ぎ、六十八年、国を守り抜いた。これからも国是に従い、国を守り抜く」
諸王からすればあまりにも歪な主義を語り抜き、ルドルフは押し黙る。
「貴国がそのような国であることはこちらも分かっている。別に、主義や国是を変えろと言っているわけではない。ただ私は、同じ大陸西部に存在する国同士、緊急時に共に生き残るための協力をしたいと――」
「いや、拒否する」
ガブリエラの説得に応じる余地を、ルドルフは一切見せない。
「我々にとっては、大陸西部の外からの侵略よりも、周辺諸国との関わりを増やすことの方が、国を揺るがす脅威である。人民共和国の指導部はそう結論付けた。私はあくまでも、その結論を伝えに来た立場であり、交渉には応じられない。失礼ながら」
「……分かった。今のところは、それが貴国の意思ということで了解した」
異形の国家の指導者が見せる頑なさを前に、会議室にはどこか白けた空気が漂う。
取り付く島もないとはこのことか。スレインはそう思いながら、椅子の背にもたれて脱力する。
それぞれ理由も様々に「同盟」への参加を望まない国々。果たして数日しかない会談の期間で、どこまで歩み寄ることができるだろうか。この時点で既に、スレインは少し疲れを覚えている。
・・・・・・・
結局、初日は全くと言っていいほど進展がなく、会談は終了した。
そしてこの日の夜、客室で夕食を済ませた後。スレインはガブリエラの執務室に呼ばれ、彼女と顔を合わせる。
「まったく、先が思いやられるな」
「ええ、本当に」
疲れた顔を突き合わせながら、スレインたちは苦笑を交わす。
「貴殿はどう見る、ハーゼンヴェリア王?」
「……南東地域とランツ公国に関しては、一朝一夕にはいかないでしょう。ですがそれ以外の国々は、説得の余地があるかと。切り崩すなら西端地域と、イグナトフやルヴォニアやバルークルスなど独自に『同盟』不参加を表明している国々からがいいと思います」
出されたお茶に口をつけながら、スレインは見解を述べる。
「そうか、私と概ね同意見だな。とはいえ、どう切り崩したものか……」
「どの国にとっても、『同盟』への参加は大きな変革のときを意味しますから。かつてない試みである以上、一度難色を示した国々は、何を言われても渋るでしょうね」
嘆息するガブリエラに、スレインも同感を覚えながら答える。
その後もしばらく会話が続いたが、翌日からの会談への突破口は、特には見つからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます