第110話 講和

 戦闘終結後のごたごたとした状況もひとまず終息した後。ヴァイセンベルク王家の居城。その会議室の豪奢な円卓を、多くの王が囲んでいた。

 部屋の最奥中央の側に座るのは、弱冠八歳の次期ヴァイセンベルク王、ファツィオ第二王子。その傍らには彼の母であるブルニルダ第二王妃が後見人として控え、しかし彼女もまた政治には疎いため、暫定で宰相代理となっている財務大臣の侯爵が補佐に立つ。

 さらに、ファツィオの隣は、彼の祖父にあたるジュゼッペ・ルマノ国王の席となっている。

 その他、円卓についているのはガブリエラとスレイン、オスヴァルド、ステファン。そしてサロワ、アルティア、エーデルランドの君主たち。いずれも今回の戦いで、オルセン王国側の陣営として兵を出した国の代表者だった。

 加えて、ヴァイセンベルク王国の敗北が揺るぎないものとなった段階で、国境を接しているのをいいことに、勝ち馬に乗ろうと首を突っ込んできたルヴォニアとデラキアの君主もいる。

 最後に、政治的な事情もあって最後までヴァイセンベルク王国につき、結果として敗戦国になってしまったアリューの王も並んでいる。


「それでは諸卿。議事の進行は、私が代表して務めさせてもらう。よろしく頼む」


 ガブリエラがそう切り出したことで、講和のための会談は始まった。


「まずはっきりさせておきたいのは、今回この大陸西部に起こった動乱の原因、そして責任について。私はオルセン王国の女王として、今回の動乱の全ては、ヴァイセンベルク王国による我が国への侵攻に起因するものと考える。我が国がヴァイセンベルク王国との国境付近で暴挙に及んだなどという事実は無く、ヴァイセンベルク王国が言いがかりをつけて我が国の領土を侵したのは明らかである……そして、侵攻の責は侵攻を決定したヴォルフガング・ヴァイセンベルク王と、それを支持したモーリッツ王太子、宰相という立場にありながら王の暴挙を諫めなかったシュタウディンガー公爵にあると考える。諸卿におかれては如何か」


「ガブリエラ・オルセン女王に同意します」


 即答したのはスレインだった。


「同意する」


「同じく、同意しよう」


 それに、オスヴァルドとステファンも続いた。

 さらに、居並ぶ王たちが次々に同意を口にする。


「……私も同意する」


 相変わらずの神経質そうな表情で周囲を窺いながら、ジュゼッペも答えた。


「………………同じく」


 諦念を多分に含んだ声で、アリュー王が言う。

 アリュー王国は南北に長い領土を持ち、面積こそそれなりに広いものの、領土の多くは山岳地帯で人口は三万程度という弱小国家。

 レオニーダ第一王妃が異母姉であった縁戚関係からヴァイセンベルク王国の側につき、寝返り時を見誤ってもたもたしているうちにそのまま敗戦国になってしまった。そんな残念な状況にあるアリュー王は、自分が大きな責任を負わなくていいのであればと、協力的な態度を示す。


「わ、わたしも同意します」


 第二王妃と宰相代理に促されたファツィオも、緊張した面持ちで定型的な返事をした。

 彼らヴァイセンベルク王国からすれば、敗北した事実はもはや覆せない以上、その責任を死者に押しつけられるのは不幸中の幸い。おそらく自分ではほとんど何も考えていないファツィオはもちろん、実質的な意思決定権者である大人二人も、不毛な反論に臨むことはなかった。


「この場に集う王の全員に同意してもらえたこと、感謝する。では次に、講和の具体的な内容に議題を移したい。責のある者たちが既に死亡しているとはいえ、ヴァイセンベルク王国が侵略行為をはたらいて大陸西部の安寧を乱し、それに呼応してアリュー王国も軍事行動を起こしていたことは変わらぬ事実。これら二国の王家に対し、我が国をはじめとした戦勝国は然るべき賠償を求める権利を当然に有している……金銭による賠償、あるいは領土の割譲をもって、ヴァイセンベルクとアリューの二国には謝罪の意を示してもらいたい」


 ガブリエラはそう言って、ファツィオとアリュー王に視線を向けた。

 それ以降の話し合いは、淡々と、概ね順調に進む。

 こうして各国の王が集い、会談の席につく前に、水面下で官僚たちによる確認はある程度なされている。ハーゼンヴェリア王国の場合も、ゴルトシュタット陥落の後に本国より参上した外務長官エレーナが、関係諸国の外交官にスレインの意思を伝え、逆に諸王の意思を聞いてスレインに報告してくれている。

 会談の結末が初めから決まっているというほど調整がなされているわけではないが、互いの思惑を全く知らない状態で話し合いを始めているわけでもない。そのため、議論が紛糾してまとまらない……などという事態に陥ることはなかった。


「しかし、それでは我々の得る領土や賠償金があまりに少ないのでは?」


「いや、我が国をはじめとした七国は、最初から覚悟を決めた上でヴァイセンベルク王国との戦いに臨んだ立場。ルヴォニア、デラキアとは条件も貢献度も違う。そこは理解してもらいたい」


「……よかろう。これ以上は言うまい」


 賠償金の額や割譲される領土面積が対ヴォルフガングの主力を担った国々に寄ることについて不満を語ったルヴォニア王が、しかしガブリエラの反論を受け、あっさりと引き下がる。

 何人かの王が駄目元での主張を試みたり、弱気でないことを示すポーズをしたりするために、このような議論も時おり起こるが、いずれもさして盛り上がることはなく収まる。

 まだ幼いファツィオ第二王子のために途中で小まめな休憩を挟みつつ、およそ半日も話し合う頃には、ヴァイセンベルク王国とアリュー王国から――大半はヴァイセンベルク王国からであるが――各戦勝国に支払われる賠償金の額や、割譲される領土の内容が概ねまとまる。

 ヴァイセンベルク王国と領土を接していないハーゼンヴェリア王国は、賠償金を得た。外征の費用と、兵士たちによる略奪などを禁じる代わりに配っていた小遣いを補って余りある程度の額の賠償金を。

 スレイン以外にも、戦勝国の王たちは軒並み満足げな表情を浮かべる。

 アリュー王国の国王は、敗戦国ではあるものの、課された賠償金や失う領土はたかが知れているため、安堵の表情を見せている。

 一方で、暗い顔をしているのはヴァイセンベルク王国の宰相代理と第二王妃だった(次期国王であるファツィオは、幼過ぎて事態がよく理解できていない)。特に財務畑出身の宰相代理などは、今にも倒れるのではないかというほど真っ青になっている。

 それもそのはずで、ヴァイセンベルク王国は今までの国家予算の一年分を超える賠償金を課された上に、領土のおよそ四割、人口のおよそ三割を失うことになる。収入を生む領土と人口を大幅に減らした上で莫大な債務を抱えるとなれば、社会情勢の悪化は避けられない。

 しかし、宰相代理らは顔色を悪くしても、反論はしない。

 正規軍人のおよそ半数にあたる戦力と、将軍をはじめ主要な武門の貴族を失ったヴァイセンベルク王国は、軍事的にはもはや他国の大きな脅威にはなり得ない。どれほど不満があろうと、彼らは抵抗する力を持たない。

 スレインたち戦勝国側が、ヴァイセンベルク王国を破滅にまでは追い込んでいないことも理由としてある。

 ヴァイセンベルク王国は領土を大幅に減らしたが、その大半は王国南部。鉱山や、王都ゴルトシュタットをはじめとした主要都市のある北部はほぼ切り取られずに済んでいる。賠償金も重いものではあるが、民に重税を課した上で数年かけて分割で支払えばなんとか完済できる額。

 大陸西部の覇者のような地位はもはや望めないが、向こう数年を耐え忍べば中堅程度の国家として再起が叶う。そんな絶妙な状況を前に、諦念をかなぐり捨てて血気盛んに抵抗を試みるほどの気概は宰相代理たちにはなかった。そのような気概を持つ者は、全員があの世に行った。


「――以上のような講和内容で、問題ないだろうか。次期ヴァイセンベルク王よ」


 ガブリエラに尋ねられたファツィオは、戸惑った表情で自身の傍らの大人たちを振り返る。

 第二王妃も宰相代理も、力なく首肯するだけだった。


「だ、大丈夫、です」


「そうか。それでは、この条件で誓約書を作らせよう。全員が署名すれば、講和は締結だ」


 ガブリエラの宣言をもって穏当に会談が終わったことで、諸王は安堵の表情を見せる。スレインも、椅子の背に体重を預けて小さく息をつく。

 そんな中で、ヴァイセンベルク王国の人間たちに負けず劣らず青い顔をしている者がいた。ジュゼッペ・ルマノ国王だった。

 彼の表情を見たスレインは、思わず小さく吹き出す。そして、後で慰めの言葉をかけてやろうと考える。

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