第104話 ゴルトシュタット攻略⑤
装甲歩兵。肉体魔法という、身体能力を一時的に強化する魔法を行使することで、常人では身動きが取れないほど重量のある鎧に身を包み、身体のほとんどを防御した状態で戦う兵士。
動ける時間が限られるため、野戦ではなく専ら屋内戦闘でしか活躍できないが、狭い屋内で戦う場合は無類の強さを発揮する。
このような戦い方をする兵士が少数ながら存在するということは、ルーカスも新兵訓練の座学で知識として学んでいた。それが今、目の前にいる。
装甲歩兵が剣を下ろすと、貫かれていた兵士の身体が剣から抜け、どさりと床に頽れる。装甲歩兵はすぐに、再び剣を構える。
「~~~!」
そして、分厚い兜を挟んでいるためにくぐもった雄叫びを上げ、突進してきた。最初に目をつけられたのはルーカスだった。
「避けろ!」
硬直していたルーカスは、古参兵に蹴り飛ばされて横に転がる。その反動を利用して古参兵は反対側に転がり、二人の間を装甲歩兵が走り抜ける。
装備のせいですぐには立ち止まれないらしい装甲歩兵は、室内にあった机にぶつかる。それなりに重量があるはずの木製の机が、冗談のような勢いで吹き飛んで壁に当たり、粉砕される。
ルマノ王国の近衛兵たちがルマノ王を引きずるようにして移動し、装甲歩兵から距離をとる。
「ひいっ!」
振り向いた装甲歩兵と目があった不運な徴集兵が、咄嗟に剣を構える。その剣は装甲歩兵の振るった長剣とぶつかり、火花が散り、徴集兵は先ほどの机に負けず劣らずの勢いで吹き飛ぶ。
居間に置かれたソファに背中から激突した徴集兵は、倒れたソファごと床に転がると、そのまま沈黙する。斬撃を剣で防いだので死んではいないはずだが、激突の衝撃で気を失ったか。
攻撃しなければ。ルーカスはそう思うが、装甲歩兵のどこを見ても隙がない。本来は鎧の弱点であるはずの首も、脇も、兜や肩鎧から細長い板金がいくつも垂れ下がることで防御されている。
膝の裏などは構造的な問題でどうやっても鎧で覆えないはずだが、広い居間とはいえ屋内で、長剣による攻撃を掻い潜って敵の後方に回り込める気がしない。
古参兵の方を見ると、彼も動揺と困惑を滲ませながら、険しい表情を浮かべていた。
どうすればいい。ルーカスが危機感に襲われながら固まっていた、そのとき。
「俺が引きつける! 囲め!」
鋭く叫び、装甲歩兵の目前に躍り出たのはヴァインライヒ男爵だった。
いきなり突き進んできた敵を前に、装甲歩兵は長剣による斬撃をくり出す。やや大振りだが、重量の乗った凄まじい破壊力の一撃を、しかしヴァインライヒ男爵は剣一本で巧みに逸らした。
さらに、ヴァインライヒ男爵の手勢である、彼と同じグルキア人の男女三人が、やはり前に躍り出る。後ろをとられるのを防ぐためか、装甲歩兵は壁際に寄る。
それからの戦いは、ルーカスの目には芸術的にさえ映った。
装甲歩兵の攻撃を、ヴァインライヒ男爵は躱し続ける。防具は革製の胴鎧と籠手のみ、長剣の一撃を受ければひとたまりもないであろう軽装備で、しかし男爵は怖気づいた様子もなく囮を務めて見せる。
それと連携して、三人のグルキア人が装甲歩兵を叩く。敵の顔を覆う兜の、視界の悪さという弱点を突いて、視界の端から、外から、ちまちまと斬撃や刺突をくり出す。
それは装甲歩兵に傷を負わせるためのものではなく、その集中力を削ぎ、疲労を誘うための攻撃であるようだった。
途切れることなく放たれる連撃。ヴァインライヒ男爵による牽制と融合した攻防一体の動き。息を合わせて戦うその姿は、彼らが元は歴戦の傭兵である証左だった。
如何に分厚く重い装甲を纏っていようと、四方から頭や腕に鉄製の剣を叩きつけられれば、全く衝撃を受けないというわけにはいかないらしい。装甲歩兵はふらつき、脳を揺さぶられたのか頭を振り、明らかに攻めあぐねた様子を見せる。
「~~~っ!!」
苛立ちを表すようにくぐもった叫びを上げ、長剣を振りかざす、その動作は今までよりも目に見えて雑だった。隙が多く、肉体的にも精神的にも疲れているのがルーカスにも分かった。
その隙を、ヴァインライヒ男爵は逃さなかった。振り下ろされた長剣をやすやすと躱し、自身の剣を手放し、両手を使って装甲歩兵の右腕をとる。
そして、そのまま肩と肘の関節をねじるように引っ張り上げる。
「~~!」
装甲歩兵が上げたのは、おそらく悲鳴だった。無理に関節を捻られ、長剣を取り落とす。
さらに、ヴァインライヒ男爵の手勢のうち二人が、それぞれ剣を手放して装甲歩兵に飛びかかる。一人は男爵と同じように、装甲歩兵の左腕を捻り上げて関節をきめ、もう一人、女性のグルキア人は跳躍し、そのまま後方に回り込みながら兜の首元を掴み、同時に膝裏を蹴って片膝をつかせるという離れ業を見せた。
片膝を踏まれ、両腕と首を押さえられ、装甲歩兵は動きを完全に封じられる。
こうなれば鎧も無意味だろう。どこかしらの隙間から剣をねじ込めばそれで終わる。
ルーカスがそう考えていると、同じように考えているらしいあと一人のグルキア人兵士が剣を構え、装甲歩兵に近づく。
次の瞬間。
「~~っ!」
装甲歩兵はなおも足掻いた。
装甲歩兵が頭を前に振ると、後方に回り込んでいる女性グルキア人兵士の身体が宙に浮く。首だけで人間一人を浮かせ、自由になった片膝を伸ばして立ち上がった装甲歩兵は――左腕を力任せに動かした。
「~~~~~~~っ!」
よほど痛かったのか、兜越しで濁った絶叫が響く。ごきゅりと、関節の傷つく鈍い音が響く。それでも装甲歩兵は無理やり腕を振り、絡みついていたグルキア人兵士を部屋の隅へと投げ飛ばす。
肘がややおかしな方向に曲がっている腕を、ヴァインライヒ男爵に向けて振りかざす。
「ちっ!」
さすがのヴァインライヒ男爵も、顔をしかめて舌打ちした。
装甲歩兵は武器を手にしていないが、鉄製の、通常よりも分厚い籠手に包まれた拳はそれだけで十分な凶器だ。肉体魔法の力も合わされば、人間の頭を容易に割るだろう。
この危機的な状況を前に、ルーカスは何故か、時間がゆっくりと流れるような感覚を覚えた。
今、装甲歩兵の最も近くにいるのは自分。手には剣もまだ持っている。
自分にしかできない。
「おおおおおおっ!」
叫びながら、ルーカスは剣を構えて突進した。
狙ったのは、装甲歩兵が腕を高く振り上げたことで生まれた、脇の下、細い板金が揺れたことで生まれた、鎧の僅かな隙間。
無我夢中で動き、気がつくとルーカスの剣は装甲歩兵の脇に突き刺さっていた。
ヴァインライヒ男爵が装甲歩兵の腕から離れ、ルーカスの手の上から剣の柄を掴み、刃をさらに奥まで突き込む。そこから血が溢れ出し、装甲歩兵は床に倒れ伏し、動かなくなった。
「よくやったな、若いの。助かったぜ」
ヴァインライヒ男爵は笑いながら言って、ルーカスの肩を叩く。
「……いえ」
ルーカスは呆けた表情で、なんとかそれだけを答えた。
「さてと……わざわざ装甲歩兵なんかがいたってことは、ここの奥に意地でも守るべき人間がいるってことで間違いない。行くぞ」
ヴァインライヒ男爵の言葉で、この部屋にいる兵士たちは気を引き締め直し、陣形を作り、警戒心を保ちながら奥へ進む。
・・・・・・・
王国軍の中から選抜した精鋭四人を直衛として伴い、自身も王城内を捜索していたジークハルトは、ヴァイセンベルク王家の近衛兵が三人ほど固まって一つの扉を守っている場に出くわした。
「いいか! 一兵たりともここを通すな!」
三人のうち最年長者らしき近衛兵がそう言ったが、既に王城内を数百人規模の部隊に蹂躙されている状況で、たったの三人で戦い続けられるはずもない。
「かかれ」
ジークハルトは連れている精鋭たちに命じ、自らも剣を構え、前進する。
戦闘は五人対三人で始まり、ジークハルトは目の前の敵――他の二人に発破をかけていた最年長の近衛兵と斬り結ぶ。
侵攻に赴かず、王城の警備要員として残留していたということは、ヴァイセンベルク王家の近衛兵団の中でも二線級の人員であるはず。しかしさすがは近衛兵というべきか、敵兵はジークハルトの重く素早い攻撃を数度にわたって防いで見せた。
なかなかの腕だとジークハルトは思うが、焦るほどではなかった。防戦一方の敵兵は、ジークハルトの連撃にやがて体勢を崩し、あっさりと首を刎ねられる。
ジークハルトが勝利したときには、残る二人の敵兵も、それぞれ二対一の戦いに敗れて頽れた。
敵を排除し終えたジークハルトは、目の前の扉を見据える。
ここまでの部屋の様子を見たところ、ジークハルトたちのいる二階右手側の奥の一帯は、おそらく官僚たちの執務の場。第二王妃や第二王子はいないだろうが、夜中の非常事態を受けて急きょ登城した上位の法衣貴族がいる可能性は高い。
ジークハルトが頷いて促すと、精鋭たちは警戒心を保ちながら、扉を開く。
三人もの近衛兵が死守しようとした扉。おそらくその奥にいるのは。
扉が開き、その向こう、高級な調度品に囲まれた個人用の執務室を見て、ジークハルトは自身の推測が正しかったことを確認する。
「……ヴァイセンベルク王国宰相、シュタウディンガー公爵閣下とお見受けします。我が主君、スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下にお会いいただきたい。御身の安全は保障いたします故、どうか降伏を」
執務室の中央に立ち、こちらを睨みつける初老の男を見返しながら、ジークハルトは言った。
シュタウディンガー公爵は怒りに満ちた表情のまま捕縛され、それから間もなく、ユルギス・ヴァインライヒ男爵たちが第二王妃ブルニルダと第二王子ファツィオを保護したという報告がジークハルトのもとまで届けられた。
朝陽が上ったばかりの早朝。ゴルトシュタットは外征軍によって陥落した。
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