第103話 ゴルトシュタット攻略④

 部隊はついに王城に到達する。

 本来であれば夜間は閉まっているはずの城門が、しかし今は開け放たれていた。ハーゼンヴェリア王国の部隊は先頭から城内になだれ込み、縦隊を解いてその場に展開する。

 隣の古参兵に引っ張られるようにしながら移動したルーカスが、半円の陣の最後尾に落ち着いて後ろを振り返ると、城門の周囲はルマノ王国の兵士たち二十人ほどが固めていた。

 その装備は、ゴルトシュタットの東門にいたルマノ王国兵士のものよりも明らかに質が良い。最精鋭、ルマノ王家の近衛兵だろうか。実際に、彼らに守られるようにして一際豪奢な鎧の男――ルマノ王の姿も見える。

 敗走を装ってゴルトシュタットの都市内に保護された後、王城の最上位者と面会したいなどと言いながら近衛兵を伴って王城まで通され、そこで牙を剥いて城門を制圧した。そのようなところだろうか。

 末端の兵士なので作戦の全てを知らされているわけではないルーカスは、自分なりに推測する。

 フォーゲル伯爵が馬を走らせ、ルマノ王の近くで止まる。


「ルマノ国王陛下。ご無事で!」


「あ、ああ。我々は問題ない! 王城の中にいる敵兵はおそらく二十人程度だ! 後は文官や使用人ばかりだ! 皆、屋内に逃げた!」


 フォーゲル伯爵の力強い声に対して、ルマノ王の声は細く、どこか神経質そうだった。


「心得ました。これ以降はどうかお任せを!」


 ルマノ王と言葉を交わしたフォーゲル伯爵は、ルーカスたち歩兵の前に出て下馬する。


「第九小隊はこの場に残り、ルマノ王家近衛兵団と共に城門を堅守せよ! 第八は裏門に回り、王城の人間が逃亡するのを防げ! 残りは突入する! 第一から第四は王城本館を、第五から第七は別館と厩を制圧しろ! 高貴な身なりの人間、特に女性と子供は絶対に殺すな!」


 突入部隊の編成は、王国軍と貴族領軍を合わせた正規軍人およそ百人を基幹に徴集兵と傭兵が加わり、四百弱の歩兵が十の小隊に分けられている。

 第十小隊が呼ばれず、姿も見当たらないのは、一部の騎兵と共に敵兵を食い止めるために大通りへと残っているのか。


「待て! わ、私も中へ行くぞ! 城の中には私の娘と孫が、第二王妃と王子がいるのだ! 私自身が呼びかけて投降を促す!」


「……では、ご同行を。ヴァインライヒ卿。手勢を率いてルマノ陛下をお守りしろ」


「了解しました」


 フォーゲル伯爵の同意を得たルマノ王は、数人の近衛兵を率いてハーゼンヴェリア王国の部隊に合流する。さらに、元グルキア人傭兵のユルギス・ヴァインライヒ男爵が、どこか軽薄な笑みを浮かべながら手勢を率いてそれに続く。

 隣国の王という面倒な荷物が隊内に増えたためか、ルーカスの隣では古参兵が僅かに顔をしかめ、その表情をすぐに引っ込めてルーカスを向く。


「行くぞルーカス! 俺から離れるなよ!」


「は、はい!」


 古参兵の背中を追って、ルーカスは王城本館へと駆ける。

 先行するのはフォーゲル伯爵が自ら率いる第一小隊。最初は本館正面の扉を蹴破ろうとした彼らは、しかし裏から塞がれているであろうそこを突破するのは困難と判断したのか、扉のすぐ横の窓に回る。

 高価な板ガラスを剣で容赦なく叩き割り、窓を乗り越えて屋内になだれ込む。

 ルーカスの所属する第二小隊は、その後に続く。正規軍人と徴集兵と傭兵が、掃除の行き届いた床を踏み荒らし、玄関の広間に展開する。

 そこに敵兵は見当たらなかった。広い玄関はもはや守り切れないと判断し、扉を塞いだだけで放棄しているのか。


「第一と第二は二階より上に行き、第二王妃と第二王子を探せ! 第三は一階を制圧しろ! 第四はこの入り口を守れ!」


 フォーゲル伯爵が命令を下したそのとき。二階まで吹き抜けになっているこの広間の、その二階部分から、敵兵らしき者が顔を出す。その手にはクロスボウが握られていた。


「閣下!」


 誰かが叫び、フォーゲル伯爵は瞬時に敵兵の方を振り返って小盾を構える。敵兵の放ったクロスボウの矢は小盾に突き立ち、裏側から鏃が飛び出しながらもそこで止まった。

 奇襲が失敗に終わり、敵兵は立ち上がって館の奥へと逃げ去る。フォーゲル伯爵は何事もなかったかのような表情で向き直り、ルーカスたち兵士を見回す。


「動け!」


 その言葉を合図に、皆が一斉に動き出す。第四以外の部隊は数人ずつの班に分かれ、古参兵とルーカス、そして徴集兵が数人で構成される班は二階に上がり、他の班と同様に捜索に移る。目についた扉を開き、鍵がかかっていたら蹴破る。


「きゃあああっ!」


「第二王妃はおられるか!? 第二王子は!?」


 いくつ目かの扉を蹴破ると、そこはどうやら使用人の部屋。中には数人のメイドが隠れていた。

 古参兵が怒鳴るようにして尋ねると、メイドたちは怯えた表情で首を横に振る。実際に、ここにはどう見ても高貴な身分の人間はいなかった。護衛らしき人間さえいないということは、貴人がメイドに変装しているということも考えづらい。


「ちっ、ここも外れか。おいお前たち! 死にたくなければ、この部屋から出てくるなよ!」


 メイドたちにもう一度怒鳴って部屋を出る古参兵に、ルーカスたちも続く。

 と、そこで別の班と鉢合わせする。


「この奥の部屋は外れだ! そっちは?」


「ここも違った……おい、負傷者が出たのか?」


 血の滴る片腕を押さえている徴集兵を見て、古参兵が尋ねる。


「ああ、敵兵一人と出くわして戦闘になった。ヴァイセンベルクの近衛だろう。死人が出た班もあるらしいからな。気をつけろよ」


 鉢合わせした班の班長らしき兵士はそう言うと、部下を引き連れて離れていった。


「くそっ、厄介だな……お前ら、周りをよく見てろよ。もっと奥に行くぞ」


 古参兵に従い、ルーカスたちは捜索を継続する。


「ブルニルダ! ファツィオ! 儂だ、ジュゼッペだ! 迎えに来たぞ! 出てこい!」


 近くでルマノ王が叫んでいる声が聞こえる。呼んでいるのは今回の最重要目標だという、ヴァイセンベルク王家の第二王妃と第二王子の名だ。

 ルーカスたちは次の部屋に入る。そこは一際豪奢な調度品に囲まれた広い部屋で、居間のようだった。しかし人の姿は見当たらない。


「ブルニルダ! ファツィオ! いるか!?」


 声が真後ろから聴こえてルーカスが振り返ると、自身の近衛兵やヴァインライヒ男爵に囲まれたルマノ王も同じ部屋に入ってきたところだった。


「……ここも違ったようです」


「だが、王族の私的な居間がここにあるということは、近くに寝室があるはずだ。俺が王族なら、寝室は頑丈に作っていざというときはそこに立て籠もるな」


 古参兵とヴァインライヒ男爵が言葉を交わした、そのとき。


「装甲歩兵だー!」


 壁と扉を挟んだ隣の部屋から、そんな叫び声が聞こえた。

 続いて金属がぶつかり合う音や物が倒される音。すなわち戦闘の喧騒が響く。


「戦闘用意。ルマノ国王陛下をお守りしろ」


 ヴァインライヒ男爵に命じられ、ルーカスたちは隣の部屋と繋がる扉を半円に囲むように陣形を作り、剣を構える。その陣形の後ろで、ルマノ王国の近衛兵たちがルマノ王を囲む。

 それから間もなく。扉が勢いよく開け放たれる。ルーカスはびくりと肩を震わせて反射的に剣を振り上げようとするが、隣に立つ古参兵にその動きを制された。

 入ってきたのは敵ではなく味方だった。焦った表情の徴集兵が三人、逃げ込んできた。そのうちの一人は額から血を流していた。

 そしてもう一人、この班の長であろう、王国軍の正規軍人が部屋に逃げ込んでくる。


「装甲歩兵がいる! こっちに――がはぁっ!」


 叫びながら逃げてきたその兵士の胸から、剣先が飛び出した。それを目の当たりにしたルーカスは硬直する。

 刺し貫いた兵士ごと剣を構えながら居間に入ってきたのは、異常なまでの重装備に身を包んだ敵兵だった。

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