第101話 ゴルトシュタット攻略②

 交渉によってルマノ王国の軍勢を寝返らせた数日後。ハーゼンヴェリア王国をはじめ三国から成る外征軍は、ヴァイセンベルク王国の領土内にいた。

 場所はゴルトシュタット近郊。総勢三千の外征軍のうち、正規軍人と傭兵、そして徴集兵の中でも比較的精強な者を合わせて千五百人ほどが、後方の森の陰に置かれた野営地より夜中のうちに出発し、今まさに西進している。

 ゴルトシュタット攻略のために選ばれた彼らのうち、歩兵の全員が松明を持っている。ルマノ王国からゴルトシュタットへと通じる大きな街道を、松明で照らしながら進むことで、本来であれば困難な夜間行軍を実現している。

 時刻は夜明けまで一時間を切った頃合い。隊列の中央で、松明を手にした近衛兵に囲まれながら馬を進めるスレインは、前を見据えて目を細めた。

 遠く向こうには、城壁上に置かれたいくつもの松明によって、ヴァイセンベルク王国王都ゴルトシュタットの輪郭がぼんやりと示されている。そしてその前には、百以上の松明の灯りが固まっているのが見えた。


「……ルマノ王の軍は、まだゴルトシュタットに入れてもらっていないみたいだね」


「そのようです。しかし、我々からゴルトシュタットを視認できたということは、敵からも我々が見えたということ。追撃部隊が迫っているのを目の当たりにすれば、ゴルトシュタットの防衛指揮官がルマノ王を都市内に迎え入れるのも時間の問題でしょう」


 スレインの呟きに、馬を並べるジークハルトが答える。

 こちらへ寝返らせたジュゼッペ・ルマノ国王に、彼の軍の主力を率いらせてゴルトシュタットへと向かわせる。

 外征軍に敗けて逃げてきた体でゴルトシュタットに保護を求めさせ、中に迎え入れられた後に都市の門と城門を占拠させ、自分たち外征軍のための突破口を開かせる。

 それが、ゴルトシュタットを落とすためにスレインが考えた策だった。

 こちらの歩兵たち全員に松明を持たせているのは、迅速な夜間行軍のためだけではない。松明の数をできるだけ多くすることで、追撃部隊の規模を敵に誤認させ、より危機感を募らせる意図もあった。


「まあ、大丈夫だろうけど……それでも、ルマノ王たちがゴルトシュタットに入って門を開けてくれるまでは安心できないね。緊張の時間だ」


 そう言って、スレインは微苦笑する。

 ここまでは順調だが、最後の最後まで油断は禁物。策の成功はジュゼッペにかかっている。

 ジュゼッペには「もし敵に策を見破られ、あなたがこちら側に寝返ったことを知られれば、ゴルトシュタット内にいるあなたの息女と御孫は無事ではいられないだろう」と言ってある。

 なのでジュゼッペは、自身の娘と孫、そして戦後の安泰を守るために、今まさに必死でゴルトシュタットへの保護を求めているはずだった。

 ちなみに、一昨日の交渉でジュゼッペがスレインの説得に応じず寝返らないようであれば、スレインは外征軍の武力をもって真正面からルマノ王国の軍勢を撃滅し、その鎧や旗を奪ってこちらの兵に身につけさせ、ジュゼッペを捕縛し、戦後のルマノ王家存続を条件に力づくで協力させ、ユルギスあたりを監視に付けた上で今と同じことをジュゼッペにさせるつもりだった。幸いそのようなことにはなっていない。


「……空が明るくなってきたね」


 しばらく馬を進めたスレインは、真後ろ、すなわち東の空に薄明を認めて呟く。夜明けが後方から、徐々に近づいてくるのを感じる。


「陛下」


 そのとき、隊列前方から街道脇を逆走してきた筆頭王宮魔導士ブランカが、スレインの隣、ジークハルトとは反対側に並んだ。

 特殊な鞍を装着したツノヒグマのアックスにまたがり、腕に鷹のヴェロニカを留まらせたブランカは、軽く敬礼して口を開く。


「ヴェロニカに偵察させました。都市の東門の裏にはまだ大して敵兵は集まってません。都市内も静かなものです。それと、門が開かれましたよ。ルマノ王国の軍勢が中に入り始めました」


 鷹のヴェロニカの知能では、さほど複雑な報告は叶わない。夜間は昼間ほどには目も利かない。

 それでも、門の裏に数百人もの敵兵が集結しているか否か、都市内が敵襲を前に慌ただしくなっているか否か、門が開いたか否か、その程度であれば判断できる。


「報告ご苦労さま。そうか、ルマノ王は務めを果たせたんだね。よかった」


 スレインが再びゴルトシュタットに視線を向けると、門の前で足止めを食らっていた松明の群れが、確かに先ほどまでよりも少なくなっているのが分かった。門を開けられ、少しずつ都市内に入っている証左だった。


「それにしても、この段階で未だ都市内が静かとは。敵の反応は随分と鈍いものですな」


「仕方あるまい。これほど早くルマノ王国を突破されるとは敵も思っていなかったであろうし、ゴルトシュタットに残っている正規軍人の数もたかが知れているだろう。広い都市内で、寝静まった王都民たちを叩き起こして防衛体制をとらせるとなれば、半時間どころか二、三時間あっても足りるまい……あまり厳しく見てやるな」


 近衛兵団長としてスレインの傍に付くヴィクトルの呟きに、ジークハルトが小さく笑いながら返した。それを受けて、ヴィクトルも微苦笑する。


「あはは。こちらとしては、むしろ敵の対応の遅さに感謝しないとね……もう少し進んだら、攻略に向けて隊列を整える頃合いかな」


 軍勢は着実に、ゴルトシュタットへと迫る。


・・・・・・・


 ゴルトシュタットの東門から数百メートルの距離にたどり着いた外征軍は、そこで隊列を整えて部隊を再編。門が内側から開けられたらいつでも突入できるよう備える。


「イグナトフ王。本当に自ら先陣を切ってくれるのですか?」


「当たり前だ。むしろ、今さら他に譲れなどと言われても認めんぞ。外征軍で最初にゴルトシュタットに突入するのは、私と配下の騎士たちだ」


 隊列最後方の本陣。スレインが確認のために尋ねると、完全武装のオスヴァルドは獰猛な表情で答える。

 オスヴァルドと、彼の自慢のイグナトフ王国騎士たちが百、そしてそれに続く歩兵四百が、突入の先陣を切る。彼らは突入後、ヴァイセンベルク王家の王城付近にある王国軍本部、そして貴族街の屋敷を制圧する。

 そして、続くハーゼンヴェリア王国の部隊およそ四百強が、王城そのものを制圧。最後に突入するエルトシュタイン王国の部隊四百は、食料をはじめとした物資が集積されている倉庫などを制圧する予定となっている。


「分かりました。武運を祈ります。どうか無事で」


「ふんっ。数も少ない弱兵ばかりの敵にやられるものか」


 鼻を鳴らして言い、オスヴァルドは隊列先頭に向かって言った。


「ハーゼンヴェリア王。私は貴殿と一緒にこの本陣にいるぞ。勝利の報せを仲良く待とう」


「……はい。そうしましょう」


 馴れ馴れしく肩を組んできたステファンに、スレインは苦笑しながら返す。

 楽な戦闘が予想されるとはいえ、状況が分からないゴルトシュタットの都市内に、戦闘終了前に入るつもりはスレインにもステファンにもなかった。スレインたちは部隊指揮をそれぞれの将軍に任せ、自分は近衛と予備戦力と共に都市の外で報告を待つことになる。

 オスヴァルドが隊列先頭へと移ってから間もなく、ゴルトシュタットの東門が開かれる。空は白んでおり、スレインたちの位置からでも開門の様子が見える。


「陛下。敵の罠じゃありません。門の周りでは戦闘が起きてました。ルマノ王たちが約束を守った証拠です」


 鷹のヴェロニカを再び偵察に飛ばしていたブランカが、スレインにそう報告する。


「そうか、分かった……ブランカ。君も気をつけて」


「どうも。敵を蹴散らして来ますよ」


 ニッと笑ったブランカは、アックスの手綱を操ってハーゼンヴェリア王国の突入部隊の方へ向かう。彼女もアックスを操り、突入に加わることになる。

 スレインはゴルトシュタットの開け放たれた東門を見据え、空の薄明の下に手を掲げる。


「突入」


 その命令は士官たちの復唱によって素早く伝達され、まずはオスヴァルド率いるイグナトフ王国の部隊が動き出す。

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