第85話 策と黒歴史

 翌日。スレインは会議室にセルゲイ、ジークハルト、エレーナを集めた。

 今回は王妃モニカは同席せず、寝室で休んでいる。王国にとって重要な子を懐妊しているモニカは、未だつわりの症状が少し出ているので、念のために安静を第一とすべきと医師から指示を受けていた。


「ハーゼンヴェリア王国として、ガブリエラ・オルセン女王の提唱する『同盟』の実現を目指し、オルセン女王を援護する方向で話を進めたいと思っている。僕のこの選択について、皆の意見を聞きたい」


 重臣たちを見回し、スレインは言った。


「陛下、よくぞ仰ってくださいました。私は陛下のご決断を支持いたします」


 まず答えたのは、王国軍将軍であるジークハルトだった。その力強い即答からは、喜びの感情が零れていた。

 ハーゼンヴェリア王国の軍事的独立性を損ないかねない「連合」ではなく、最大限尊重しようとする「同盟」を選択する。スレインのそんな決断を彼が喜ぶのは、当然のことだった。


「私も、陛下のご決断を支持いたします。この重大な局面において、陛下がお覚悟をもって下されたご決断に、異を唱えるはずがございません」


「……誇りあるハーゼンヴェリア王家に仕える一臣下として、私も全面的に陛下のご決断を支持いたします」


 エレーナに続いて発言したセルゲイの、決意に満ちた表情を見て、スレインは驚きを覚える。


「セルゲイ。君はこういう賭けに出ることにはあまり賛成してくれないかと思ってたよ」


「畏れながら陛下。私はこのハーゼンヴェリア王国の黎明期に生まれ、王国の歴史を見ながら育ってきました。私のこれまでの人生は、ハーゼンヴェリア王国とともにありました。場合によっては致し方ない道であると理解はしながらも、この国の国家としての独立性を脅かす『連合』は、一人の王国貴族として歓迎し難く思っておりました。なればこそ、陛下が王国の栄えある未来のために『同盟』実現の道を選ばれるのであれば、全力をもってお支えいたします」


 いつになく熱く語ったセルゲイを見て、スレインはしばし黙り込む。

 そして、笑みを浮かべる。


「ありがとう。さすがはこの国の宰相だ……それじゃあ、『同盟』実現を目指してオルセン女王を援護するために、具体的な策を考えていこう」


 場の空気が良いものに変わったことを感じながら、スレインは再び重臣たちを見回した。


「策を立てるための足がかりは、昨日少し考えてみた。ヴァイセンベルク王国そのものの影響力を削ぐことは現実的に考えて難しいだろうから、各国が共有している『連合』の懸念点を突いて、その問題を拡大して、各国をヴァイセンベルク王から引き離したいと思ってる」


「懸念点というと、『連合』内での総指揮権あるいは裁定権の問題でしょうか?」


「いや。もっと単純な点……ヴォルフガング・ヴァイセンベルク国王の人格的評価が低い点だよ」


 ジークハルトの問いかけに対して、スレインは静かに首を横に振った。


「各国の王は皆、あのヴァイセンベルク王に大きな権限を委ねることには大なり小なり不安を感じてる。それこそが、今の『連合』で最も突きやすい弱点だと思う。皆の不安を広げて、とてもあの人のもとで相互防衛の枠組みを共有することなどできないと思わせることができれば、一時的にでも『連合』の勢いを削いで、瓦解させることができる。そうしてヴァイセンベルク王国から距離をとった国々を、オルセン女王に『同盟』の側に取り込んでもらおう」


「なるほど。つまり、ヴァイセンベルク王個人の評判や信用を落とすということですね」


 エレーナが納得した表情で言うと、スレインは首肯する。


「そういうことだよ。できる限り、徹底的に落とすんだ。ヴァイセンベルク王には、各国の王から徹底的に嫌われてもらう。彼にとってはたまったものじゃない話だろうけどね」


 スレインが冗談めかして言うと、ジークハルトとエレーナが笑った。


「しかし陛下。力のあるヴァイセンベルク王を各国の王が見限るほどにまで、評判や信用を落とすというのは容易ではありますまい。ただヴァイセンベルク王の悪評を広めるだけでは、おそらく十分な効果は得られないかと思いますが」


 セルゲイはスレインの冗談に笑わず、そう懸念を示した。


「そこが問題なんだよね。彼の人格的評価が低いのは今さらだから、些細な悪評では今さら大きく変わらない。たとえ捏造した悪評を広めたとしても、各国の王が簡単にそれを信じて流されてくれるとも思えない。ただの質の悪い噂で終わるだろうね……一番好ましいのは、確かな証人がなるべく大勢いる場で、ヴァイセンベルク王にとてつもなく横暴で傍若無人な振る舞いをしてもらうことなんだけど」


 ヴォルフガングは、相互防衛の枠組みの盟主たり得ない。総指揮権や裁定権を預けられる器ではない。ヴォルフガングにそんなものを預けて傘下に入れば自分たちの国は終わる。諸王がそう思うような振る舞いをヴォルフガングがしてくれれば、スレインとしては極めて都合がいい。


「そう考えると、先日のサロワ王国の一件は惜しかったですね。ヴァイセンベルク王が限度を考えず、国境を越えての武力行使や略奪、虐殺にでも及んでくれていれば、『連合』への支持は完全に失われていたでしょうが……」


「かの王は尊大で自己中心的ではあるが、馬鹿ではない。よほど頭に血が上っているときでもない限り、そのあたりの限度は見誤らないだろう」


 エレーナとジークハルトの会話を聞きながら、スレインは考えを巡らせる。

 そして、ハッとした表情になると、手をぱちりと叩いて合わせた。


「エレーナ。ヴァイセンベルク王について、何か過去の醜聞かはないかな? 彼にとって触れられたくないような、周囲が触れないよう気をつけているような、そんな醜聞は」


「過去の醜聞……ですか」


「僕は平民上がりの若い王で、王侯貴族の世界に入ったのはここ数年のことだ。僕の立場なら、たとえば各国の要人が集まる社交の場で、各国の王が触れることを避けるようなヴァイセンベルク王の黒歴史に、何も知らずに悪気なく触れてしまったとしても不自然じゃない。そうして――」


 スレインが考えついた策を説明すると、重臣たちはまず驚き、そしてエレーナが微苦笑を、ジークハルトが楽しげな笑みを浮かべる。


「……それはまた、独創的な策ですね」


「さすがは国王陛下ですな」


 最後に、セルゲイがしばらく考えるそぶりを見せた末に、鋭い表情で口を開く。


「ヴァイセンベルク王の評価を地に落とす、という点では、確かに極めて有効な策かと存じます。実現できれば効果は大きいでしょう。今回もお見事なご発案です」


 重臣たち全員が賛成を示したことで、スレインの策はそのまま実行を目指すことが決まった。


「そうなると、利用するのに丁度いい話――ヴァイセンベルク王の、若い頃の苦い失敗談があります。このような真面目な会議の場で語るのは、少々不適切な話なのですが……」


「……あれか」


 エレーナのこの言葉だけでどんな話が語られるのか察しがついたらしく、セルゲイが少し顔をしかめる。エレーナが語り進めていくと、知っている話だと途中で気づいたらしいジークハルトも苦い表情になる。


「――というお話です。いかがでしょうか?」


「なるほどね。確かに、僕が彼の立場だったら掘り返されたくない話だな。若気の至りの結果とはいえ、それは恥ずかしい……だからこそ丁度いい。利用させてもらおう」


 エレーナの話を聞き終えたスレインは、苦笑交じりに答えた。

 その後はエレーナの語ったヴォルフガングの失敗談を、具体的にどう利用するかを話し合う。その話し合いも、さして時間もかからず終わる。


「さて、策は定まった。次は必要な根回しをしていこう」


 この策を実行するには、まず「同盟」の提唱者であるガブリエラの承諾と協力が要る。

 さらに、大陸西部がこの問題で揺れていることをそろそろ掴んでいるであろう帝国側――ローザリンデと補佐役のジルヴェスターにも、一言話しておく必要がある。

 加えて、ハーゼンヴェリア王国の命運を左右する決断の実行にあたって、領主貴族たちにも話を通さなければならない。これは必須事項ではないが、彼らを蔑ろにすると余計な禍根を残す。


「王国の軍事的独立性を保つためのことなので、領主貴族たちは陛下のご決断に賛同を示すでしょう。派閥盟主であるアガロフ伯爵とクロンヘイム伯爵には、私から伝えておきます」


「ありがとう。残る二者には……話の重要性を考えても、僕が直接話すべきだろうね」


 国内への説明はエレーナに一任し、国外へはスレインが王として責任をもって説明する。そう話がまとまり、会議は終了した。

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