第82話 同盟

「お久しぶりです、ガブリエラ・オルセン女王」


「ああ。貴殿と王妃の結婚式以来だな。相変わらず仲睦まじそうで何よりだ」


 スレインが挨拶を交わしたのは、ガブリエラ・オルセン。サレスタキア大陸西部ではヴァイセンベルク王国に次いで大きな人口と領土を持つ、オルセン王国の当代君主。六年前、二十代後半にして王位を継いだという若き女王。

 鮮やかな金髪を後ろで結び、真っ赤な軍装に身を包んだガブリエラは、力強い瞳や自信に満ちた表情も相まって強気な印象を感じさせる。優雅でありながら、勇ましさもある居住まいだった。


「まずは、先触れを出してからあまり日も経たずにこうして訪問したことを詫びさせてほしい。迎える貴殿としては迷惑を被ったことだろう。そして、謁見の間での挨拶を省略してもらったことについても、すまなかった。こちらもあまり時間の余裕がないものでな」


「……いえ、どうかお気になさらず」


 スレインは隣に座るモニカと一瞬顔を合わせ、答えた。

 ガブリエラは数日前に先触れを送り込んで訪問を予告した後、ここへ来た。予告から訪問まであまり間がなく、一般的な礼儀としては好ましくない行動だが、先触れさえ出さず詫びも適当だったヴォルフガングとは大違いと言える。

 ガブリエラが時間を惜しんで接触してきた事情も理解できる。ヴォルフガングはハーゼンヴェリア王国をはじめ、既に各国へ連合への参加の打診を始めている。それに対抗して何らかの行動をとるのなら、急ぎ過ぎるということはない。


「それで、オルセン女王。お急ぎでしょうから、早速本題を聞かせてもらいたい」


「助かる。では話そう……私はこのサレスタキア大陸西部に存在する国々による、相互防衛のための同盟を作りたいと考えている。貴国にはこの同盟に加わってほしく思い、打診に来た」


 ガブリエラの言葉を聞いたスレインは、内心を読まれないよう努めて微笑を保ち、少しの間を置いて口を開く。


「それは、ヴォルフガング・ヴァイセンベルク国王の提唱する『連合』に対抗して、ということでしょうか?」


「結果的にそのような目的も加わったが、私としては、ヴァイセンベルク王に先を越された、というのが本当のところだ。貴殿に信じてもらえるかは分からないがな」


 ヴォルフガングが動き出す前から、同じようなことは考えていたということか。スレインはそう理解する。


「本当は、大陸西部諸国の君主を招待した晩餐会か何かを開き、そこで『同盟』結成を呼びかけるつもりだったのだが……そう悠長なことも言っていられなくなった。なので、こうして急ぎ訪問させてもらったというわけだ」


「なるほど。それは貴殿としても難儀な話でしたね」


「ああ、まったくだ」


 スレインが微苦笑すると、ガブリエラも少し困ったような笑みを零した。


「それで、貴殿の言う『同盟』とはどのようなもので?」


「そうだな、肝心のそれを話さなければ……まず、『同盟』の目的はヴァイセンベルク王の語る『連合』と同じだ。『同盟』に参加する国のいずれかが外部の国から侵攻を受けた際、全ての同盟国が兵を出して侵攻に対抗する。そのための枠組みを作る」


 スレインが問うと、ガブリエラは語り始める。


「この『同盟』の盟主は、提唱したオルセン王国の君主が務めさせてもらう。ただしこれは、各国の合議の場などで進行役を務めるだけの、便宜上のものだ。あくまで全ての同盟国は対等な立場とする。何かを決めるときは全会一致を原則とし、その他の場面でも盟主は特別な権限を持たないようにする」


 同盟国で軍を結成する際、その総指揮権は侵攻を受けた当事国の王が持つ。ただし総指揮権を握ることになる王は、他の国々の指揮官の意見もできる限り尊重する。

 また、「同盟」に参加する国同士で争いが起こった際、その解決に武力を用いることは禁ずる。当事国の王たちがそれぞれ一国ずつ仲介役として指定した国の王と、盟主たるオルセン王国の王が間に立ち、話し合いでの解決を目指す。

 この場合も、オルセン王国の王は最終的な裁定権を持たず、あくまで仲介役に徹する。

 ガブリエラが語ったのは、そのような内容だった。


「なるほど。ヴァイセンベルク王の提唱する『連合』との違いは、盟主の権限というわけですか」


「そうだ。私が目指すのはあくまでも、大陸西部諸国が対等な立場で協力し合う枠組みの設立。盟主を擁する国に他の国々が従属せんばかりの枠組みなど論外だ」


 後半は半ば吐き捨てるように、ガブリエラは答える。


「ですが、何故このような内容に? ヴァイセンベルク王が語ったほどのものではなくとも、盟主として多少有利な権限を求めることはできたのでは? それに、全ての同盟国が対等な立場というのは私としては喜ばしいことですが、果たしてそれで『同盟』は迅速に機能しますか?」


「確かに、盟主として『同盟』の結成を目指す私には、特別の利益はない。そして貴殿の言う通り、全ての参加国が対等な立場に立つ『同盟』は、ただ結成しただけでは迅速に機能しないだろう。まともに機能させていくには各国の王が対話を重ね、様々な利害を調整する必要がある。それには多くの時間と手間がかかる」


 スレインの指摘は正しいと、ガブリエラはあっさり認めた。それにスレインは小さく片眉を上げて反応する。


「しかしそれでも、このようなかたちで『同盟』を結成するのが最善かつ唯一の選択肢だと私は考えている……百年後もオルセン王国が自立した状態でこの大陸西部に存在する。私はそれを目指している。しかし、我が国は小国だ。大陸西部に存在する全ての国がそうだ。なればこそ、我々は協力しなければならない。特定の国に他の国々が従属するのではない、真の協力関係を築かなければならないのだ。たとえ時間がかかっても。たとえ、名前だけの盟主となる私が一際大きな苦労をすることになるとしても」


 ガブリエラの目が、より一層力強くなる。その目でスレインを見据えながら、ガブリエラは話を続ける。


「……この数十年、大陸西部諸国は平和を享受した。もちろん国家間の争いも時おり起こったが、せいぜい小競り合い程度。その争いで人死にが出ることはほとんどなかった。統一国家の崩壊後、動乱の時代には百万を切るほどまで激減した大陸西部の人口も、今では随分と回復した。それに合わせて経済も、技術も、文化も発展してきた。

 それは間違いなく、先祖が我々に遺してくれた財産だ。長く続く平和と発展の時代を与えてくれた。もはや平和が当然なのだと思える時代をくれた。我々の先祖は偉大だった。

 しかし同時に、先祖は過ちも犯した。大陸西部の外――つまりはガレド大帝国との関係だ。長年の平穏な関係と、経済的な繋がり。それが裏打ちとなってこの先の平和も保証してくれると先祖は考えた。超大国が良心と理性を保つことを、彼らは安易に期待し続けた。

 その結果がこの二年間だ。大陸西部には二十二もの国がありながら、帝国の横暴な侵攻に立ち向かったのは当事国たる貴国と、その隣国たるイグナトフ王国の二国だけだった。他の国々は、静観しながら自国の防衛体制を固めるだけだった。我がオルセン王国とてそれは同じだった。認めよう、我が国は臆病であったと。

 しかし、これも全ては、大陸西部の国々が存続の危機に立たされたときのことを考えずに年月を過ごしてきたために起きたことだ。帝国という強大な敵に立ち向かおうと思っても、他の国々のうち何か国が共に戦ってくれるか、誰も分からなかった。皆で力を合わせて戦えるという確信が誰にもなかった。我々には不足していたのだ。備えが。覚悟が。

 だからこそ今、必要なのだ。再び帝国が大陸西部に牙を剥いたとき、我々が及び腰になることなく、足並みを揃えて一歩を踏み出すための枠組みが。小国ばかりの我々が、共に百年後も自立して存在するための枠組みが。我々は協力しなければ未来を守れない。我がオルセン王国が百年後も自立して存在するためには、大陸西部の国々それぞれが百年後も自立して存在する枠組みを作らなければならないのだ。

 私は『同盟』をそのような枠組みとしたい。先祖の過ちを正し、先祖から受け取ったものを子孫に繋ぐために。苦労は多かろうが、もし実現できれば……」


 そこでガブリエラは、表情を崩して笑みを見せた。


「……私の名が語られるだろう。オルセン王国と、大陸西部を守り続ける枠組みを作り上げた偉大な女王として。数十年後も、百年後も、そしてその先も。それこそが、私に与えられる唯一無二の褒美だ」


 そう言って、ガブリエラは口を閉じた。言いたいことを言い終えたようだった。

 スレインはしばらく無言を保ち、そして口を開く。


「ガブリエラ・オルセン女王。あなたの考えはよく理解できました。良いお話でした……世辞や皮肉ではなく、心からそう思います」


「ザウアーラント要塞を落とした英雄殿にそう評してもらえるのは光栄だな」


 微苦笑しながら、ガブリエラは答えた。


「あなたが『同盟』に込める決意、そしてその意義は、大陸西部に国を持つ一人の王として感銘を受けるものでした……この度の『同盟』参加の打診、我が国の貴族たちとも話し合い、検討したいと思います」


 何らの明言をせず、スレインはそう答えるに留めた。


「……そうか。今日はひとまず、そう言ってもらえれば十分だ。話を聞いてくれて感謝する、ハーゼンヴェリア王」


・・・・・・・


 それから間もなく、ガブリエラは王城を去っていった。


「食事も客室も必要ないとは予告されてたけど、まさか本当に一泊もせずに帰っていくなんてね。忙しい人だ」


「本当ですね。このまま他の国々を回ると仰っていましたが……あの様子だと、きっとしばらくご自分の国には帰還されないのでしょうね」


 執務室に戻ったスレインとモニカは、モニカの淹れたお茶を口にしながら語る。パウリーナは今回の会談内容を王国宰相セルゲイに報告しに行っているので、今この場には夫婦二人きりだった。


「その努力は素直に凄いと思うけど、果たしてどうなるかな」


 スレインは嘆息しながら呟く。

 オルセン王国の人口はおよそ十一万。大陸西部では二番手だが、ヴァイセンベルク王国と比べると国力は一段以上落ちる。その差はそのまま、両国の影響力の差となっている。

 国力。影響力。そして正当性。全ての面でヴァイセンベルク王国が有利である以上、「連合」の方が「同盟」より多くの国を集める可能性が高い。

 最終的に「連合」が「同盟」の勢いを上回って形を成した場合、敗者たる「同盟」の側についた国がヴォルフガングからどのような扱いを受けるか分からない。極端な話、孤立させられて国家運営が立ち行かなくなるかもしれない。

 国力を維持できなくなったハーゼンヴェリア王国が、ザウアーラント要塞を「連合」に奪い取られ、国家存亡の命運をヴォルフガングに握られでもすれば、最悪の結末と言える。

 だからこそ、ハーゼンヴェリア王国としてはガブリエラに提示された内容の方が明らかに好ましいにもかかわらず、即答は避けなければならなかった。ガブリエラの掲げる理想は良いものだが、その理想のみに安易に国を預けるわけにもいかない。

 またしばらくは、様子見の日々が続くことになる。選択肢は増えたが、同時に事態はより複雑になった。ますます繊細な立ち回りが求められる。

 今後のことを思ってスレインが憂鬱な気分になっていると、その頭をモニカが優しく撫でた。


「大丈夫です、スレイン様。私が常にお傍についています」


「……そうだね、ありがとう」


 思わず微苦笑を零しながら、スレインは大人しくモニカに撫でられた。

 そのまま二人で顔を寄せ合い、軽くキスを交わしたところで、報告を終えて戻ってきたらしいパウリーナのノックが響いた。

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