第81話 連合②
ヴォルフガングは、自身が考えたという「連合」の概要を語り始める。
この「連合」は、参加国による協同での領土防衛に関する枠組みである。
連合に参加するいずれかの国が他国からの侵攻を受けた場合、他の参加国の全てが兵力を出してその国を防衛する義務を負う。その際の総指揮権は、連合の盟主となるヴァイセンベルク王国の君主が持つ。
もし連合に参加する国同士で武力衝突が起こった場合、盟主であるヴァイセンベルク王国の君主が仲裁し、どちらの国に非があるか、非のある側がどのような責を負うか裁定する。
「ひとまず、このような内容で考えている。どうだ、なかなか良くできているだろう?」
「ええ、そうですね」
どこがだ。そんな本音は隠し、スレインは笑みをより一層深めた。
大陸西部の各国が兵を出し合って相互防衛を成すというのは悪くない。
それぞれの国は互いに、特に隣り合う国同士では様々なしがらみを抱えているので、今のままでは協同でひとつの軍を作るのは難しいだろう。しかし、これから時間をかけて話し合い、利害を調整すれば、有事に協力して共通の敵に立ち向かう程度のことはおそらく叶う。
ハーゼンヴェリア王国の現状を考えても、悪い話ではない。
もし帝国が再び侵攻してきたとして、ハーゼンヴェリア王国単独でもおそらく防衛は叶うが、負担は極めて重くなる。いつ終わるとも知れない敵の攻撃を、ザウアーラント要塞で延々と防ぎ続けなければならない。
その点、他の国々が兵力や物資を供出してくれるとなれば、防衛戦は相当楽になる。また、十分な兵力が集まるのであれば、場合によっては要塞から打って出て帝国の軍勢を追撃したり、奇襲したりすることもできる。戦術の幅が広がり、柔軟に王国と大陸西部を守ることができる。
しかし、その総指揮権を問答無用でヴァイセンベルク王国が持つというのはいただけない。
敵地侵攻時はともかくとして、ザウアーラント要塞というこの国の領土での戦争の総指揮権を、この国の防衛を第一の利益としない他者に委ねるのは、この国の王として認められない。
まして、委ねる相手がこのヴォルフガングとなれば尚更に。
連合の参加国による争いの裁定を、ヴァイセンベルク王国の君主が行うというのも、非常によくない。尊大で気ままなヴォルフガングが公正な裁定を下してくれるとは思えない。おそらく忖度合戦や賄賂合戦が起こる。ろくでもない話だ。
スレインの本心に気づいていないのか、ヴォルフガングは機嫌よさげに笑う。
「ははは、そうだろうそうだろう。大陸西部の国々は、この数十年、惰性的な平和を良しとして月日を重ねてきた。しかし、再びゴルトシュタットを中心に団結し、ひとつになるときが来たのだ。貴殿もそうは思わんか? 時代は変わるものだ。これもまた、大陸西部の運命なのかもしれぬ。だとすれば、新たな団結の時代を作り上げるその先頭に立つのは、やはり古のヴァロメア皇帝家の血を継ぐ私であるべきだ。この私こそがふさわしい。そうだろう、ハーゼンヴェリア王?」
「……なるほど。確かに、そうかもしれませんね」
ゴルトシュタットは、ヴァイセンベルク王国の王都の名。
そしてここは、かつて大陸西部に存在した統一国家――ヴァロメア皇国の皇都でもある。およそ百年前まで、この大陸西部はゴルトシュタットを中心にひとつの国家として団結していた。
さらに言えば、ヴァイセンベルク王家はヴァロメア皇帝家の傍流の子孫。ヴォルフガングも、古の統一国家の君主の血を薄く継いでいる。
なので、もしもこの大陸西部が再びひとつに団結するのであれば、ヴァロメア皇帝家の血を継いでゴルトシュタットに居城を置くヴァイセンベルク王家がその中核になるというのは、最も歴史的な正当性がある。ヴォルフガングの言い分は、ある意味では正しい。
「どうだ、ハーゼンヴェリア王。私の話に乗る気はあるか?」
「とても興味深いご提案でした。我が国の貴族たちとも話し合い、検討したいと思います」
スレインは笑顔を固定したまま答える。ヴォルフガングの提案がこのような大規模なものだった場合は、ひとまず如何なる明言も避ける。事前にそう話し合われていた。
「はっはっは! そうか、話し合って検討するか」
スレインの返答は完全な逃げだったが、ヴォルフガングも気を悪くした様子はない。
「私もさすがに、この場で貴殿に承諾してもらえるとは思っていない。連合が成立すれば貴国にとっても極めて大きな変化になるだろうからな。じっくりと考えてくれるといい……考えてくれた結果、良い返事をもらえるものと期待しているぞ。勇敢で賢明なるハーゼンヴェリア王よ」
・・・・・・・
会談を終えた後、スレインとモニカは、ヴォルフガングと夕食を共にした。彼の自慢話を延々と聞かされながら。
そして翌日。他の国々にも連合への参加を呼びかけるからとヴォルフガングが早々に帰っていった後、スレインとモニカは重臣たちと話し合いの場を設けた。
「ヴァイセンベルク王国を中心とした連合……強固な相互防衛の枠組みという発想自体は、悪くはありませんな。突きつけられたいくつかの条件がなければ」
少し険しい顔でそう言ったのは、王国宰相セルゲイだった。
「この条件を語ったのが、あのヴォルフガング・ヴァイセンベルク国王だというのが特に問題ですね。彼の意図がまったく隠しきれていません」
「エステルグレーン卿の言う通り、あの男は力づくでこちらに言うことを聞かせたいというのが丸わかりですな。酷いものだ」
外務長官エレーナと将軍ジークハルトも、それぞれ懸念を語る。
相互防衛には一定の価値を認めながらも「ヴォルフガングがヴァイセンベルク王国に極めて有利な内容での連合結成を目指している」という点を強く警戒するというかたちで、三人の意見は一致していた。
ヴォルフガングが最重要視しているのは、「多数の小国に分裂している大陸西部が再び団結し、古の統一国家の同胞だった頃のように協力し合う」という尊い目標ではおそらくない。
彼の人柄を考えると、まず第一にあるのは個人的な野心だろう。大規模な枠組みの盟主というかたちで、大陸西部の全域に強い影響力を持つ偉大な王になり、歴史に名を残すという野心こそが、彼を「連合」結成に突き進ませている。
そしてもしかすると、彼はヴァロメア皇国の再興さえ狙っている。一代で大陸西部を統一することはできなくとも、その礎を築くことでやはり歴史に名を残す。それくらいは考えていても不思議ではない。
これまでの大陸西部ではある程度の平和が続いていたからこそ、大義名分もなく大きな動きに出られなかったヴォルフガングにとって、「周辺地域から大陸西部を守るための枠組みの結成」というのは最高の言い訳になったものと考えられる。
「彼が野心を大して隠そうともしていないことも問題だけど……さらに大きな問題は、彼がその野心を隠そうとする必要もない程度には力を持っていることだね」
「ええ。おそらくこちらの願いに反して、ヴァイセンベルク王の試みはある程度まで順調に進むでしょうね」
スレインは腕を組み、嘆息しながら呟く。モニカも小さく息を吐きながら、スレインの意見に同意を示す。
ヴァイセンベルク王国の人口はおよそ十八万とも言われ、大陸西部にある二十二の国の中でも頭一つ以上は抜けている。その人口規模に見合った経済力、軍事力、領土も有している。
これはヴァイセンベルク王国が、ヴァロメア皇国の皇領のあった豊かな土地に建国されたことが関係している。
力の強いヴァイセンベルク王国が自国主導の「連合」への参加を呼びかけ、それと並行して多少の圧力でも加えようものなら、隣接する小国などは、その国の実際の意思に関係なく応じることを余儀なくされるだろう。
そうして複数国が「連合」に接近する流れが生まれれば、おそらく大陸西部の輪を外れることを恐れてさらに「連合」に寄る国が増える。そうなれば、ハーゼンヴェリア王国とていつまでも参加を拒否し続けられるか分からない。
なし崩し的に参加国が増え、「連合」が規模を大きくした結果、少数派となった非参加国が盟主であるヴォルフガングからどのような扱いを受けるか。いかなヴォルフガングでも正当性なく他国への武力行使には踏み切れないはずだが、もし外交や経済の面で疎外されれば、それだけで小国の運営は容易に行き詰る。
たとえ不利な条件でも連合に加わるしか、大陸西部で生き永らえる術がない。ヴォルフガングから打診を受けたこの時点で、ハーゼンヴェリア王国はそのような状況に陥る可能性もある。
「ただ、ザウアーラント要塞を擁するハーゼンヴェリア王国は、大陸西部の防衛の要です。ヴァイセンベルク王にとっては是が非でも連合に加え、良好な関係を保っていたい国でしょう。そのことを利用して、こちらが連合に加わる意思を示すことと引き換えに、総指揮権や裁定権の点で考慮してもらえるよう交渉することは叶うかと考えます」
そう語ったのはエレーナだった。語りながらも、彼女の表情はあまり晴れない。
「それでもやはり懸念事項となるのが……」
「……いざ連合が効力を発揮して帝国と戦う日が来たり、ハーゼンヴェリア王国が周辺国と衝突してヴァイセンベルク王の裁定を仰ぐ日が来たりしたときに、考慮の約束を反故にされる可能性があること、かな」
スレインが苦い表情で言うと、エレーナも苦い表情で頷く。
「次代がどうなるかは分かりませんが、当代ヴァイセンベルク王は……あの有り様ですからな」
「左様。あの男が信用に値するとは、とても言えません」
セルゲイが表情を一層険しくしながら、ジークハルトは腕を組みながら、それぞれ言った。
もしヴァイセンベルク王国の君主が道理をわきまえる人格者であるならば、今回提示された条件も絶対に受け入れ難いとは言えない。問題は、現在のヴァイセンベルク王国の君主が極めて尊大で気ままなヴォルフガング・ヴァイセンベルクであること。それに尽きる。
そして、盟主の人格によって安定性が左右されるような連合に加わる利益は薄い。むしろ不利益が大きい。だからこそスレインたちは悩んでいる。
皆が黙り込み、それぞれの表情と仕草で悩む中で、書記を務めるパウリーナのペンの音だけが会議室に響く。
「……ヴァイセンベルク王は他の国々にも連合への参加を呼びかけると言っていました。まずは今後の各国の動きを調べるのが重要かと存じます。場合によっては、ヴァイセンベルク王国が単独で大きな影響力を持たないよう、各国と連携できるかもしれません」
「確かに、宰相閣下の仰る通りですな。軍事的・政治的な制約の大きくなる連合の内容に、反発を覚える国は多いでしょう」
「この連合の話に各国がどのような反応を示すか、気になるのは他の国々も同じであるはず。情報交換は容易に叶うかと思います」
セルゲイの提案に、ジークハルトとエレーナも頷いた。
「そうだね……ひとまずそれが最善の動きか。それじゃあ各国の動きについて情報を集めながら、様子を見ていこう」
外務長官であるエレーナは情報収集の実務を。将軍であるジークハルトは防衛体制の強化と安定化、さらにはヴァイセンベルク王国が万が一実力行使に出た場合に備えて王国西部貴族との連携強化を。セルゲイはそれらの統括を。それぞれ務めることで話はまとまった。
それからおよそ十日後。スレインたちの想定よりも早く、新たに事態が動いた。
この大陸西部で二番目に規模の大きな国である、オルセン王国の君主より、スレインに会談の申し入れがなされた。
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