第69話 要塞攻略②

「難攻不落のザウアーラント要塞がこれほど呆気なく……内部に協力者がいるだけでここまで簡単に落とせるものなのか」


 制圧の進む要塞内に、側近と近衛兵に囲まれて入城しながら、スレインは半ば呆然として呟く。

 スレインたちの後ろに続く兵はいない。残りの徴集兵は、ハーゼンヴェリア王国内で待たされている傭兵たちが万が一後ろから邪魔をしてきたときに備え、後方警備に努めさせている。


「どれほど堅牢な要塞も、内側から攻撃を受けることは想定していません。此度の陛下のご発案も、いやはやお見事でした」


「初めてザウアーラント要塞を落とした王として、どうやら歴史に名を刻むことが決まったな。ハーゼンヴェリア王」


 スレインの両側では、ジークハルトとオスヴァルドが勝利を確信した様子で言った。


「陛下。要塞奪取はほぼ叶いました。後はフロレンツ皇子の殺害か身柄確保が叶えば――」


 そのとき。ジークハルトの言葉を遮るように爆炎が二発、轟音を上げながら要塞内に光った。

 スレインたちから見て十時の方向。そこにある兵舎の窓から放たれたらしい火魔法の攻撃が、前進して兵舎に迫っていたイグナトフ王国の兵士を十数人、吹き飛ばす。着弾と同時に炸裂する火球、俗に『火炎弾』と呼ばれる技だ。

 熱と爆風が生んだ隙をついて、兵舎から飛び出してきたのは帝国常備軍の鎧に身を包んだ百人ほどの兵士たち。加えて、統率のとれた動きを見せる数十人の傭兵もいた。

 帝国の魔導士と常備軍、そして精鋭らしき傭兵による、おそらくこの要塞で最後のまとまった敵部隊。まず間違いなく、大将フロレンツを擁する部隊だ。


「スレイン・ハーゼンヴェリア! 君もなかなかしつこいな! そろそろ素直に負けてくれると嬉しいのだが!」


 ざわめく戦場の中で、敵部隊の方からフロレンツのそんな呼びかけが小さく聞こえた。


「……しつこいのはあなたの方だよ、フロレンツ・マイヒェルベック・ガレド」


 スレインは声を張ることはなく、自分にだけ聞こえるよう抑えた声で答える。


「ジークハルト。あの部隊を殲滅してフロレンツ皇子を殺すか捕らえられる?」


「もちろんです。敵は所詮、二百にも満たない小勢。数の有利を活かして包囲すれば……っ!」


 ジークハルトは言葉を切り、焦りの表情を浮かべる。フロレンツを擁する敵部隊が、息を合わせて一斉に突撃してきたためだった。


「ルーストレーム卿! 敵はこちらの弱点を突く気だ!」


「おい、右方向に寄れ! 騎兵は敵を止めろ! 急げ!」


 ジークハルトが王国軍に、オスヴァルドがイグナトフ王国の部隊に向けて叫ぶ。

 敵部隊はハーゼンヴェリア王国軍が守る正面と、イグナトフ王国の部隊が守る左翼側のちょうど境界を目がけて突撃してくる。正面と左翼側、どちらの部隊の担当とも言えない領域を攻められて、さらに別部隊同士で咄嗟に連携するのも難しいとなれば、一点突破を許す可能性もある。

 掲げられた旗や兵士の装備、隊列の動きからこちらの部隊の切れ目を見抜き、大将であるフロレンツを抱えながら突撃を敢行する。スレインを仕留めて逆転勝利を狙う。

 一瞬でそれだけの決断を下した敵の実務指揮官も、大将の自分ごと突撃することを許したフロレンツも、敵ながらなかなか見事な度胸だった。

 スレインをジークハルトとモニカが守り、オスヴァルドが戦闘に備えて剣を抜き、それらをヴィクトル率いる近衛兵団が囲む。スレインたちが見据える左前方から、敵部隊が迫ってくる。

 その先頭を潰そうと、王国軍とイグナトフ王国の部隊それぞれから騎兵が駆ける。双方合わせて四十騎ほどの騎兵部隊が疾走して敵部隊の先頭を目指し――そこへ、敵部隊の只中から火魔法が放たれる。

 それは火炎の放射だった。こちらの騎兵部隊を倒すのではなく、自部隊に近付けさせないための攻撃だ。左右それぞれ二十騎の騎兵を押し止められるほど広範囲に炎をまき散らしながら、自部隊と共に前進するのは容易ではない。敵の魔導士たちも相当の手練れだと分かる。

 こうなると、騎兵によって敵部隊の突撃を阻むことはもはや叶わない。王国軍とイグナトフ王国の部隊は協力して隊列を組み始めているが、尋常でない勢いで突撃してくる敵部隊を受け止められるかは分からない。

 一方で陣形の右翼側を守る貴族領軍は、今回はほとんどの者が下馬して歩兵として戦っている。そちらはそちらで未だ敵の残存兵と戦闘中であり、今さら陣形左側の防衛には回れない。

 少々危ういか。スレインがそう思ったとき。


「俺たちの未来がかかった戦いだ! 『ウルヴヘズナル』、グルキア人の誇りを見せろ!」


 ユルギスの鋭い叫びが聞こえ、遊撃隊として最前面で戦い続けていた『ウルヴヘズナル』の五十人が敵部隊の真正面に躍り出た。

 彼らは獣のような叫び声を上げながら前進し、敵部隊と激突する。


「……凄いね」


「はい。まさに鬼神の如き戦いぶりです」


 呆気にとられるスレインに、モニカがそう同意を示す。

 陣形の最後方にいるスレインたちから見ても、ユルギスたちの戦いぶりは凄まじいと分かった。並の傭兵の二倍強いと語られるグルキア人傭兵。その評判は伊達ではなかった。


「王国軍! 敵部隊の側面をつけ!」


「イグナトフ王国の戦士たちよ! 後れを取るな!」


 ユルギスたちの奮戦で敵部隊の勢いが削がれたその隙を逃さず、ジークハルトとオスヴァルドが命令を下す。王国軍とイグナトフ王国の部隊がそれぞれ動いて敵部隊を包囲しにかかり、イェスタフたち騎兵部隊はその機動力を活かして敵部隊の後方に回り込む。

 完全包囲を果たし、あとはフロレンツごと敵部隊を磨り潰すのみ。誰もがそう考えたところで、しかし敵もまだ諦めなかった。


「全員、八時の方向に転進! 突き進め!」


 敵部隊の実務指揮官、おそらくは常備軍の軍団長格と思われる立派な鎧の騎士が叫ぶ。その命令を受けて、敵部隊はこちらへの突撃を止め、強引に包囲網の突破を図る。

 急いで包囲を成したために、こちらから見て奥側に位置するそこは歩兵の層がやや薄かった。常備軍兵士たちは鬼気迫る勢いで包囲網を突破すると、一塊になってそのまま要塞の東門――帝国領土へと続く門に向かう。

 門の前には、突撃してきた敵部隊とは別、要塞の厩から急いで馬を引っ張り出してきたらしい数騎の敵騎兵がいた。騎兵との合流を果たした敵部隊は、一人の騎兵の後ろに豪奢な装いをした男を乗せる。それがフロレンツであることは明らかだ。


「フロレンツ皇子が逃げるぞ! 止めろ!」


 先頭のイェスタフが声を張る中で、王国軍とイグナトフ王国の部隊は東門に殺到するが、それを敵部隊が迎え撃つ。


「皇子殿下を逃がせ! 帝国への忠誠を見せろ! うおおおぉっ!」


 敵の指揮官が絶叫し、馬上のイェスタフに飛びかかる。腰にしがみつかれたイェスタフが落馬し、乱戦の中にその姿が消える。

 その他の常備軍兵士たちも、数倍の戦力差がありながら戦うことを止めない。血にまみれ、手足を失っても目の前の相手に食らいつくようにして抵抗を続ける。

 仕える皇族のために命を捧げる常備軍兵士が全滅し、その抵抗に付き合っていた傭兵たちが降伏し、ようやく東門の前が空いたときには、フロレンツを連れた敵騎兵は逃げ去っていた。


「陛下。今からフロレンツ皇子を追えば、捕縛が叶うかもしれません」


 ジークハルトに言われたスレインは、少し考えて首を横に振る。


「いや、止めておこう。要塞より東はどうなっているか分からない。フロレンツ皇子は敵後方の部隊と既に合流しているかもしれない。欲は出さないでおこう。要塞の守りを固めて、負傷者の手当てを始めてほしい」


「御意……申し訳ございません」


 フロレンツを逃したことを将軍として詫びるジークハルトに、スレインは微笑んで首を横に振る。


「本命の目標は達成した。ザウアーラント要塞を奪取した。それで十分だ」

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