第64話 傭兵団①

 グルキア人傭兵団『ウルヴヘズナル』。

 サレスタキア大陸西部の中でも中央南側の地域を主な縄張りとし、数多の紛争や盗賊討伐、魔物討伐に参加してきた彼らは、手練れの傭兵団として広く名を知られている。

 兵力はおよそ五十。妊娠中の女や、まだ兵士と認められていない十二歳以下の子供を合わせると七十人ほどの大所帯。団としての戦闘力は並の傭兵百人に匹敵するとも言われている。

 現在の団長はユルギス・ヴァインライヒという三十一歳の男。ユルギスはかつて統一国家に存在したグルキア人の領地を、貴族として治めていた一族の子孫だった。ユルギスは既に爵位も領地も失った身ではあるが、先祖から受け継いだ姓を今も名乗っている。

 そのユルギスがフロレンツ皇子による募兵の話を聞いたのが、八月中旬の終わり頃。単に募兵の件を噂で聞いたのではなく、フロレンツ皇子の遣いが団に直接接触し、参戦を要請してきた。

 提示された報酬は戦闘員一人につき月給五千メルクという破格のものだった。加えてユルギスには『ウルヴヘズナル』を基幹にした千人規模の部隊を指揮する将となることが求められ、月給二万メルクという高給が提示された。

 大陸西部ではまずあり得ない報酬と、略奪品を全て自分のものとする権利。この条件を前に、ユルギスは参戦を決意した。大規模な傭兵団を維持するには金がかかる。

 そのとき受けていた魔物討伐の仕事を手早く片付けると、集結地点として指定されたザウアーラント要塞を目指して移動を開始。七十人の大所帯で長距離を移動しては宿を取ることさえままならないので、団を四隊に分け、それぞれ別の経路で要塞を目指した。

 そして、九月の初頭。ユルギスの率いる一隊は、ハーゼンヴェリア王国の王領、ザウアーラント要塞まであと数日という地点にいた。この日ユルギスたちは、ルトワーレという小都市の宿屋の一フロアを貸し切って宿泊していた。

 その日の深夜。まだ六歳の娘を寝かしつけ、副団長である妻を抱いたユルギスが眠りにつこうとしていたとき。


「失礼します、お頭」


 部屋の扉を叩く音と部下の声が聞こえ、ユルギスは本能的に枕元の短剣に手を伸ばした。

 隣でつい先ほど眠りについた妻も、今はもう目を覚まし、武器をとって服を着ようとしている。ユルギスも妻も戦場で生きてきた身なので、こういうときはすぐに動ける。


「なんだ、こんな夜遅くに」


「それが……ハーゼンヴェリア王家の遣いで、伯爵だとかいう女が宿に来ました。お頭に会いたいそうですが、どうされますか?」


 訝しげな表情を浮かべながらユルギスが言うと、部下は扉越しに尋ねてきた。

 ハーゼンヴェリア王家の遣い。そう聞いたユルギスは、少しの驚きに片眉を上げながら考える。

 そして、不敵な笑みを浮かべながら答える。


「……いいだろう、会おう。この部屋に連れてこい。相手は貴族様だ。くれぐれも丁重にな」


 フロレンツ皇子が傭兵を集め、侵攻しようとしているハーゼンヴェリア王国。その王家の遣いが自分に接触して何をするつもりなのか。ユルギスは少し興味を抱いた。

 既に服を着た妻の横で自分もシャツとズボンを身につけ、ぐっすりと寝ている娘は部下に別室へと連れて行かせる。そして、部下たちに椅子を二つ並べさせる。

 ユルギスは自分一人が椅子に座り、妻を傍らに、護衛を務める部下数人を後ろに立たせ、ハーゼンヴェリア王家の遣いを出迎えた。


「夜分遅くに失礼します。私はエレーナ・エステルグレーン。ハーゼンヴェリア王家より伯爵位と外務長官の職を賜っています。お会いできて光栄ですわ、ユルギス・ヴァインライヒ殿」


「……これはこれは。ご丁寧な挨拶をどうも、エステルグレーン伯爵閣下」


 ユルギスは少し驚きながら立ち上がり、エレーナに差し出された手を握り返す。相手は伯爵でこちらはたかが傭兵団長。正直に言うと、もっと尊大な態度を示されると思っていた。


「安宿の大して広くもない部屋ですが、どうぞ座って楽に」


「ええ、ありがとうございます」


 ユルギスの正面に座るエレーナの後ろには、三人が付いていた。

 一人は分かりやすく武人らしい男。もう一人は深紅の髪をした軍装の女。二人に挟まれるように立つ残りの一人は、黒い髪の一房を金に染めた、子供のように小柄で華奢な男……あるいは女。

 小柄な一人は顔を隠すようにフード付きのローブを着ており、フードの陰に隠れて見えづらいその顔立ちからは、性別を判断しかねた。

 この小柄な人物はどう見ても白兵戦闘の要員ではないので、おそらくは魔法使いか何かだ。残りの二人はエレーナを護衛する騎士か。


「それで、エステルグレーン閣下。私のようなしがない傭兵に、ハーゼンヴェリア王家は一体どのような御用がおありで?」


 ユルギスが不敵な笑みを隠そうともせずに尋ねると、エレーナは艶やかな微笑を浮かべる。


「私の主君であるスレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下は、あなた方『ウルヴヘズナル』を雇用したいと考えておられます」


「ほう、それは興味深い」


 そんなところだろうと予想していた通りの話だった。意外性も何もない。


「しかし、我々は既にガレド大帝国のフロレンツ・マイヒェルベック・ガレド第三皇子殿下よりお話をいただき、ザウアーラント要塞を目指しているところです。ご足労いただいたところ大変申し訳ないが――」


「存じています。その上で、我が主君はフロレンツ皇子に代わってあなた方を雇用したいと考えておいでです」


「……なるほど」


 その言葉を聞いたユルギスは、嘲りと少しの怒りを覚える。

 確かに自分たちは、金で雇われる根無し草の傭兵だ。しかし、こうも簡単に横取りが叶う人材だと思われているとは。

 物腰は丁寧だが、やはりこちらをたかが傭兵と侮っているらしい。どう言い負かして追い返してやろうか。そう考えていると、エレーナはさらに言葉を続ける。


「もちろん、これが簡単な話ではないと分かっています。なので我が主君は、『ウルヴヘズナル』の長であるあなたと顔を合わせ、直々に話をすることを望んでおられます」


「ははは、私程度に一国の王が会ってくださるとは畏れ多い。しかし、いつどこでお会いすればよいので? フロレンツ皇子に雇われることを決めた立場上、私が貴国の王城に参上することはできかねますよ。そんなところを民衆に見られて、噂を広められでもしたら大変だ」


「ええ、あなたがそう言うことは陛下も予想しておられました。なので、陛下は自らこの場に来ておられます」


 エレーナはそう言って立ち上がった。

 国王がわざわざここまで来ているというのは、ユルギスも予想外だった。

 少し面白くなってきた。そう思いながら、エレーナがスレイン国王を呼びに行くのを待っていると――エレーナは部屋を出ていくことなく、椅子の脇に立つと、後ろに並ぶ三人のうち小柄な一人を身体ごと向く。


「国王陛下」


 そして、その一人に向かって頭を下げる。伯爵である彼女の礼を受けながら、その一人はローブのフードを下ろし、顔を露わにした。


「……あなたがスレイン・ハーゼンヴェリア国王でいらっしゃる?」


 さすがに驚いたユルギスが、少し呆けた表情で尋ねると、穏やかな微笑を返される。


「ハーゼンヴェリア王国第五代国王、スレイン・ハーゼンヴェリアだ。よろしく」


 その一人は顔立ちだけでなく、声も少年のように中性的だった。

 少しの沈黙の後、ユルギスは苦笑しながら口を開く。


「……スレイン・ハーゼンヴェリア国王陛下のご活躍は、私のような卑賎の身でも聞き及んでいます。昨年にはガレド大帝国の五千の軍勢を撃退し、今年の春にはほぼ死者を出さずに内乱を収めたと。そのような英傑の影武者にしては、この彼は不適格では?」


「そうだね。二度の戦いを完勝で乗り越えた王と言われたら、普通はもっと逞しくて男らしい人物を誰もが想像するだろう。それなのに、こんな子供のような男が王を名乗って現れた。この事実こそが、僕が本物のスレイン・ハーゼンヴェリアである証明だと思うけど、どうかな?」


 ユルギスはエレーナに向けて尋ねたが、答えたのはスレインを名乗る青年だった。

 その落ち着き払った態度と、極めて聡明そうな表情や話しぶりを受けて、彼が一国の王だったとしても不自然ではないとユルギスも思った。


「なるほど。確かにあなたの仰る通りだ。では、あなたこそがスレイン国王陛下だという前提で話をさせていただきましょう」


「理解に感謝するよ、ユルギス殿」


 スレインを名乗る青年はそう言いながら、エレーナと代わって椅子に座る。

 彼がこうして前に出たことで、後ろに立つ二人の護衛の纏う空気が変わった。表情こそ変わっていないが、明らかに気配が鋭くなった。何かあったら即座に剣を抜き、目の前の青年を守る意思が伝わってきた。

 彼ら護衛の態度の変化を見るに、やはり目の前の青年がスレイン国王か。

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