第52話 決着
「国王陛下。そろそろよろしいかと存じます」
敵兵の大半が降伏し、無力化されていく様を本陣から眺めていたスレインは、傍らに控えていたジークハルトの進言を受ける。
「……分かった。ジークハルト、後は頼んだよ」
「お任せください。必ずや敵将を陛下の御前に連れてまいりましょう」
ジークハルトは答え、騎乗したまま本陣の脇、三十騎ほどの騎兵部隊の方へと移動する。
この騎兵部隊は、敵軍主力の包囲に万が一失敗した際、本陣を守る予備戦力を兼ねていた。しかしこの段になれば、もはやその心配もない。今よりこの部隊は敵将ユリアス・ウォレンハイト公爵を捕縛し、戦いに決着をつけるための戦力となる。
ジークハルトは将軍である自らが騎兵たちを引き連れ、陣を発つ。
「者共! 敵の本陣はがら空きだ! 裏切り者を生け捕り、国王陛下の御前に引きずり出すぞ!」
「「「おおっ!」」」
ジークハルトを先頭に、三十余騎が平原を駆ける。騎馬の全速力による突撃は、先ほど平原でくり広げられた歩兵突撃とも比較にならないほど速く、大きな破壊力を秘めている。
ジークハルトたちの行動を受けて、ウォレンハイト公爵家の側も動く。大将であるユリアスを囲む護衛のうち、騎兵三騎と歩兵六人はユリアスを連れて逃走を開始し、騎兵一騎だけが真正面から迫り来る。おそらくは玉砕を前提とした足止めか。
その一騎は、決戦の前に大将の使者としてジークハルトと言葉を交わした、公爵領軍の隊長ヘンリクだった。
「ジークハルト・フォーゲル将軍! いざ尋常に勝負!」
「っ! 受けて立とう!」
ジークハルトは応え、部隊から突出して進む。
互いに馬上で槍を構えて接近したジークハルトとヘンリクは、すれ違いざまに相手目がけて槍をくり出す。
勝負は一瞬だった。
日頃の鍛え方の差か。鍛錬を積み重ねてきた年数の差か。武人としての才能の差か。単に神の采配か。あるいはそれらの全てが要因か。ジークハルトはヘンリクの槍を躱し、一方でヘンリクはジークハルトの槍を避け損ねた。
首元を斬り裂かれたヘンリクは、血を噴き出しながら体勢を崩し、落馬してそのまま動くことはなかった。
敵も良い腕だった。ジークハルトはヘンリクの槍が僅かに掠った鎧の表面の傷を見てそう思い、すぐに意識を切り替える。
速度を緩めることなく、騎兵部隊を引き連れ、敵将目指して駆け続ける。
ユリアスは護衛を引き連れて逃げているが、その進みは遅い。足を引っ張っているのはユリアス自身だ。日頃から騎乗の鍛錬を積んでいない人間が下手に全速力など出せば落馬するので、仕方のないことだった。
「横に広がれ! 敵将は生け捕り、それ以外は殺せ!」
「「「はっ!」」」
これなら逃がすことはない。ジークハルトは騎士たちに命じながら、自身はユリアスを捕らえるために狙いを定める。
と、一度こちらを振り返ったユリアスが、何故かそのまま足を止めた。護衛たちに何かを言うと、騎兵三人と歩兵六人は少し戸惑うようなそぶりを見せた後、武器をその場に捨てる。
「包囲しろ! 殺すな!」
意外な展開に少々驚きながら、ジークハルトは命令を変える。三十騎は隙なく動き、ユリアスと護衛たちを取り囲んだ。
ユリアスはこの期に及んでも穏やかな表情のまま、ジークハルトに向けて口を開く。
「降伏だ。私は大人しく捕まる。だから戦いはこれで終わりだ……さあ、私を国王陛下のもとへ連れていってくれ」
「……そうか。承知した」
ジークハルトは少々拍子抜けしながらも、自らの手でユリアスを捕縛した。
・・・・・・・
「さて、諸卿。僕が考えた戦い方はどうだったかな?」
ジークハルトがユリアスを捕え、全ての決着がついたのを遠目に見届けて、スレインは西部貴族たちの方を向いた。
「……お見事です。民に無用の犠牲を出さない、と仰っておられましたが。まさかそのご信念をこれほど完璧に貫かれるとは。失礼ながら、私たちの想像以上のご手腕でした」
素直な驚きの感情を顔に浮かべながら、貴族たちを代表してトバイアスが答える。
「ありがとう。王として君たちの期待に応えることができたようで、何よりだよ」
スレインは努めて落ち着いた態度で、満足げに笑って見せた。
まず、エレーナたち外務官僚によって情報操作を展開し、ユリアスが徴集した兵たちに「降伏」という選択肢を意識させておく。
そして迎えた決戦では、こちらの主力部隊を前進途中で停止させ、さらに後退させることで敵を長く走らせ、疲労させる。そうして突撃の勢いを殺し、さらに威嚇や包囲をくり広げて戦意を完全に失わせる。
これは策としては単純だが、数百の兵士に隊列を維持させたまま、素早く停止や後退を行わせるのは容易ではない。徴集兵にできる部隊行動ではない。この策を確実に実行するために、数が少なくなるのを承知の上で、今回は正規軍人のみを戦力として揃えた。
その選択は功を奏し、王家の軍勢は見事に動いて策を機能させてくれた。あらかじめ降伏を促す情報を流しておいたこともあり、敵兵のほとんどが素直に降伏してくれた。
そして、ジークハルトたちは単純に強く、騎乗の技術も高かった。ユリアスが思ったよりあっさりと逃走を諦めてくれたこともあって、難なく敵将の捕縛を果たしてくれた。
死者はジークハルトの仕留めた敵騎士が一人だけ。両軍合わせて千人近くが参加した戦争としては異例の結果だ。
とはいえ、さすがにここまでの結果を狙って作り出したわけではない。スレインとしては、両軍合わせて死者が三十人以内に収まれば上出来と考えていた。死者がわずか一人、それも自ら玉砕を選んだ敵騎士のみで済んだのは、とても幸運な結末だったと言える。
スレインはその幸運を今は喜ぶことなく、まるで最初からこうなることが分かっていたかのような顔を西部貴族たちに見せていた。スレインがこのような態度を示していれば、幸運によって得られた成果も、狙って手に入れた当たり前のものであるかのように見える。
「……それじゃあ、後はユリアス・ウォレンハイト公爵への裁きだ。皆、よければこのまま僕と王都ユーゼルハイムに帰ろう。時間はそれほどかからない。ウォレンハイト公爵がどのように裁かれるか見届けてほしい」
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