第47話 公爵の意図

 それからさほど時間もかからず、ジークハルトとエレーナも会議室に到着し、緊急の話し合いの輪に加わる。


「まさか公爵の遣いが国王陛下の暗殺を試みるとは……礼節が仇となりましたな」


 腕を組みながら呟いたのはジークハルトだった。

 国王への謁見は非武装が原則。謁見する者が武器を隠し持っていないかも確認される。

 しかし、特に領主貴族やその使者が謁見する場合は、服の中までまさぐり、荷物を全てひっくり返して武器を探すようなことはない。

 特に建国当初からの王家の親戚であるウォレンハイト公爵家の場合、確認は通り一遍のものとなってきた。貢ぎ物を収めた箱の中を近衛兵が事前に見ることはしても、ハーブの収まった壺をかき回して武器を探すことまではしない。

 これは初代国王の時代より王家と血を分かつ公爵家への礼節であり、再び公爵家との血縁を強めて関係を保っていくつもりだった王家は、その対応を今も変えていなかった。

 それが結果として裏目に出た。


「その礼節も今日までだ。ハーゼンヴェリア王家とウォレンハイト公爵家の縁はもはや切れた……国王陛下。此度の暗殺未遂事件の発生は、公爵家との関係継続を成すべきと、王国宰相として進言していた私の責任です。血縁が薄れた今、ウォレンハイト公爵をもっと警戒すべきでした。お詫びのしようもございません」


「……いや、セルゲイの責任は問わないよ。今は血縁が薄まったとはいえ、ウォレンハイト公爵がこんな暴挙に及ぶなんて、誰も想定できない。僕だって想像もしてなかった」


 公爵家は初代国王の弟の家だ。フレードリクの代には、また血縁を強く結ぶために王妹と公爵家当主の結婚が実現した。昨年の火事によってその血縁は失われたが、スレインの子供の代には再び結婚によって両家を結ぼうと、王家の中では考えられていた。

 それほど王家に近い、名門中の名門貴族家が凶行に走った。このような事態を予想できなかったことは、誰かの責任ではない。


「責任の話より、今後の話をしよう。まずはウォレンハイト公爵の意図だけど……」


「……ウォレンハイト公爵家が陛下の暗殺を試みるとすれば、その目的はまず間違いなく王位の簒奪でしょう」


 重苦しい口調で言うセルゲイに、スレインは苦笑した。


「まあ、やっぱりそうだよね」


 王家の次に格の高い貴族が国王の暗殺を決意するとしたら、その目的はひとつ。スレインも他に理由は思い浮かばない。


「でも、仮に公爵の遣いたちが僕の暗殺に成功していたとして、それで王位を簒奪できるものなの? 王家との直接の血縁が薄れてる今、そんなかたちで王位を奪ったウォレンハイト公爵に他の領主貴族たちは従う?」


 スレインの王太子時代、平民上がりの頼りない青年に領主貴族たちが曲がりなりにも忠誠を誓ってくれたのは、スレインがフレードリクの息子であるという揺るぎない血統があったから。王家直系の血統という絶対の正当性もなく、国王を暗殺するような人間に貴族たちが従うとは、スレインには思えなかった。


「いえ、まずあり得ないでしょう。そのことはウォレンハイト公爵も分かっているはずです」


 セルゲイは首を横に振りながら、スレインの予想と同じ見解を示す。


「何か勝算があって、ウォレンハイト公爵が行動を起こしたのだとしたら……例えば、ガレド大帝国などと通じて、ハーゼンヴェリア王国を内と外から崩す計画を立てていたとしたらどうでしょうか? 王家の血筋を断絶させて王国社会を混乱に陥れ、帝国の再侵攻を容易にして占領を許した上で、ウォレンハイト公爵が自治領主のようなかたちで帝国から立場を安堵される密約を交わしていたとしたら?」


 外務長官らしい視点と発想から語られたエレーナの推測を聞いて、セルゲイが表情をますます険しくする。


「可能性としてはあり得るな。直系王族である国王陛下がおられるからこそ、ハーゼンヴェリア王国はまとまりを見せている。もしも今、暗殺によって陛下のお命が失われれば……おぞましい策だが、理屈としては十分に実現できる」


「刺客のうち二人を生け捕りにできたのは幸いでした。尋問によって、間もなく答え合わせが叶うでしょう」


 セルゲイに続いてジークハルトが言った直後、会議室の扉が叩かれる。


「失礼します。国王陛下」


 聞こえたのはヴィクトルの声だった。スレインが入室を許可すると、会議室に入ったヴィクトルはスレインたちの期待通りの報告をしてくれた。


「捕らえた公爵領軍兵士たちの尋問が終わりました。王宮魔導士の心理魔法を用いれば、二人とも比較的素直に知っていることを吐きました。ひとまずの状況を掴める程度の情報は得られたかと思います」


 ヴィクトルはそのまま着席して話し合いの輪に加わり、尋問で得た情報を語り始める。

 まず、エレーナの推測は概ね当たっていた。

 昨年のガレド大帝国による侵攻の首謀者、フロレンツ・マイヒェルベック・ガレド第三皇子。侵攻以前の数年にわたって、彼は大陸西部における帝国の代表者として、特に帝国と国境を接する小国とは一定の交流を維持していた。各国の王族はもちろん主要貴族とも面識を作っており、ユリアス・ウォレンハイト公爵とも話したことがあった。

 昨年の秋にハーゼンヴェリア王国への侵攻に失敗した後、フロレンツはユリアスに目をつけた。帝国の使役魔法使いが操る鳥に書簡を運ばせてユリアスに接触し、密約を持ちかけた。

 その内容は、ウォレンハイト公爵家がスレイン・ハーゼンヴェリア国王を暗殺すれば、帝国によるハーゼンヴェリア王国占領後、属領としたこの地の行政権をユリアスに与えるというもの。

 この密約に乗れば、他の王国貴族は占領後に尽く処刑される一方で、ユリアスは生存を許され、ウォレンハイト公爵家も守られる。あくまで代官のような立場ではあるが一定の地位も保証され、旧ハーゼンヴェリア王国全土を管理することになれば貴族としての生活レベルも維持できる。むしろ、自由に使える金は今よりも増える。

 ユリアスはさほど悩むこともなく、フロレンツから提示されたこの密約を受け入れた。その背景には、彼個人の思想がある。

 ユリアスとスレインが互いを苦手に思っており、二人の関係がぎくしゃくしていることは王家の側も察していたが、公爵領軍兵士たちによると、実際のユリアスの内心はもっと過激だった。

 今までは社交の表舞台に立ってこなかったために知られていなかったが、ユリアスは「高貴な血統は必ず優れた人間を作り、卑しい血は必ず劣った人間を作る」という思想の持ち主だった。貴族は大小の差はあれ血統を重んじているが、ユリアスほど極端な考え方は珍しい。

 そんなユリアスの考えでは、半分は平民の血を持つスレインが一国を治めるだけの能力を持つはずもなく、先の帝国に対する勝利も単なるまぐれ勝ちに決まっている。

 劣った血を持つスレインがこのまま王位についていれば、ハーゼンヴェリア王国は長くもたず帝国に敗れる。そうなればウォレンハイト公爵家も滅亡を免れず、自分も死ぬ。

 であれば、帝国より与えられた家の存続と自身の生存の機会を逃さず、密約に乗ってスレインを消すのが最善の選択。そんな思考の末に、ユリアスは今回の策を実行した。

 公爵家に仕える領軍騎士や兵士、文官たちも、ユリアスの決定に素直に従った。

 ウォレンハイト公爵家はその家格こそが存在意義であり、拠りどころである。だからこそ家格を強く重んじる公爵家の気風に、その臣下たちも数世代に渡って染まってきた。

 彼らはあくまで公爵家に忠誠を誓う身。公爵家が確実に生き永らえてこの地の行政権を得るという話に乗り気になるか、思考を停止して主君の決定に倣うか。そのどちらかだった。

 実行犯となった遣いと公爵領軍兵士たちは捨て駒というわけではなく、スレインを人質にして王領から公爵領へと逃走した上で、暗殺を完遂するつもりだったのだという。


「……おのれ、ふざけおって」


 ヴィクトルの説明が終わると、ジークハルトが珍しく怒りを露わにして拳を強く握る。

 セルゲイも言葉こそないものの殺気を纏っており、エレーナやモニカも冷徹な表情で怒りを表していた。ユリアスが王国貴族であるにもかかわらず王家を裏切ったからこそ、皆は帝国の侵攻を受けたとき以上に感情を動かしているようだった。

 一方で、スレインは自分でも意外なほど怒りを感じなかった。どちらかというと、ユリアスを避けずにもっと真面目に話していれば、彼がそのような思想を持った人物だと事前に気づき、対処できたかもしれない……という後悔の念が大きかった。


「何はともあれ、ユリアス・ウォレンハイト公爵の意図はだいたい分かった。さて、次はどう対応しようか?」


 皆よりも冷静だからこそ、スレインは話を進める。主君にそう言われて、臣下たちもひとまず怒りの表情を引っ込める。


「……ウォレンハイト公爵からすれば、暗殺の機会はこの一度きり。失敗した以上、彼にはもう後がないはずです。暗殺を成していないのに帝国への亡命などが受け入れられるとも思えません」


「となると国外に逃亡するか、あるいは一か八か戦いを挑んでくるか、ひとまずその二択が考えられますな」


「逃亡に関しては、公爵領の領都を監視しておけば防げるでしょう。公爵が身一つで逃げ出すとは考えにくいですから。逃亡の一行が領都をぞろぞろと出ていくのを見逃すはずはありません」


「ひとまず王国軍から騎士を何人か、公爵領都の監視に回しましょう。公爵家に勘付かれないよう、一般平民に扮した上で領都の様子を探らせます」


 セルゲイ、ヴィクトル、エレーナ、ジークハルトがそれぞれ意見を出し、素早く対応案がまとまっていく。


「暗殺の失敗をウォレンハイト公爵が知るまでには、まだ少し時間がかかるだろう。今はその猶予を逃さず、念のために王城の守りを固めながら、公爵が挙兵あるいは逃亡をしないか監視の体制を整える……陛下、ひとまず以上のような対応でいかがでしょうか」


 セルゲイに問われたスレインは、すぐに首肯する。


「分かった、それでいこう。それ以降の対応については、公爵の次の動きを見て考えようか」


 それから間もなく、鷹のヴェロニカを偵察に出していたブランカによって、公爵が今はまだ挙兵などのさらなる行動を起こしてはいないことが確認された。

 その日のうちに、一般人に扮した王国軍騎士が数人、公爵領へと発った。

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