第12話 国葬と社交③
オスヴァルド以外の近隣諸国の国王たちは、彼ほど攻撃的ではなかった。
しかし同時に、友好的とも言い難かった。スレインへの侮りからか露骨に皮肉な物言いをする者もいれば、表向きは穏やかな言動の裏に憐れみ、あるいは嘲りを込めてくる者もいた。
また、国王の代わりに送り込まれてきた名代たちは、誰もが表面的な挨拶に終始していた。
異例の経緯で王太子になったスレイン、そのような王太子を抱えることになったハーゼンヴェリア王国と、距離を置いて様子見を図っているのだろう。スレインの隣で、エレーナはそのような考察を語った。
そして、近隣諸国からの参列者への挨拶を終えたスレインは、次に国内の領主貴族たちとの挨拶に移る。
まず挨拶を交わしたのは、ハーゼンヴェリア王家にとって親戚でもあるウォレンハイト公爵。
ウォレンハイト家の現当主は、先の火事で王族と共に死亡した公爵の弟にあたる人物。すなわち、スレインと同じく今の立場になりたての男だ。とはいえ平民上がりのスレインと違って生まれも育ちも公爵家の人間なので、貴族の作法やら教養やらは一通り身につけている。
「……ユリアス・ウォレンハイト公爵」
「王太子殿下。本日は……どうも、お疲れさまでございます」
やや言葉に悩みながら頭を下げたユリアスと、スレインはこれまでに何度か会っている。国葬に先んじて顔を合わせ、互いの親族への哀悼の言葉などを交わし合った。
そうした関わりを経て、スレインはこのユリアスという男を苦手に感じていた。
彼は決して攻撃的でも挑発的でもない。むしろ大人しい気質の持ち主だ。しかし、平民上がりのスレインと親戚付き合いをすることを、明らかに嫌がっているのが態度の端々から伝わってくる。生粋の貴族、それも公爵家の人間なのだから、ある意味では自然な感覚とも言える。
互いに苦手意識を感じている、直接的な血の繋がりもない親類。今後どうするかはともかく、ひとまず今は関わり合いたくない存在だ。どちらにとっても。
「……では、殿下はお忙しいかと思いますので、ご挨拶はこれにて」
「あ、はい……またそのうち」
微塵も盛り上がることなく、義理の甥と叔父にあたる二人の挨拶は終わった。
これは言わば消化試合。「領主貴族たちに先駆けて親類である公爵と挨拶を交わした」という証拠を作るためだけの会話。重要な挨拶は次からだ。
「王太子殿下。お初にお目にかかります。クロンヘイム伯エーベルハルトと申します」
「……お初にお目にかかります。アガロフ伯トバイアスです」
エレーナに誘導されて接触したのは、いかにも貴族然とした二人の男。
領主貴族たちに対しては、王太子であるスレインの方が目上の立場となる。スレインより二回りは年上に見える彼らは、童顔であるためにまだ未成年にさえ見えるスレインに向かって丁寧に頭を下げる。
ハーゼンヴェリア王国の領主貴族のうち、二家しかない伯爵家。東のガレド大帝国との国境を守るクロンヘイム家と、西の国境を守るアガロフ家。その現当主たちだ。領主貴族の中でも最重要の二人と言える。
二人のうち後者、トバイアス・アガロフ伯爵の名乗りを聞いたスレインは、小さく息を呑んだ。
「お、王太子スレイン・ハーゼンヴェリア……だ。これからよろしく。それと、アガロフ伯爵……妹君は残念だった」
スレインはおそるおそるアガロフ伯爵に言葉をかけた。
先の火事で死んだ王妃カタリーナは、アガロフ伯爵家より王家に嫁いだ。トバイアスから見て、カタリーナは妹にあたる。
「……はっ」
トバイアスの反応は薄かった。
当然と言えば当然だ。元より王族だった者から見舞いの言葉をかけられるのならともかく、つい二週間前に平民社会から拾われて王太子になったスレインに言われて心に響くはずもない。スレインが立場上の義務から見舞いを言っただけだと、彼が気づかないはずもない。
「……王族の一人として、申し訳なく――」
「畏れながら王太子殿下。我が妹であった王妃カタリーナ殿下の死は、不幸な事故でした。王太子殿下がお気を病まれる必要も、ましてや私に謝罪をされる必要もございません。アガロフ伯爵家のハーゼンヴェリア王家への忠誠は、何も変わりません」
そう返されて、スレインは黙り込む。
トバイアスの言葉はスレインの立場としてはありがたいはずだが、素直には喜べなかった。自分たちの主従関係は、あくまで家同士の繋がりだと釘を刺されたようにも思われた。
「アガロフ卿の言う通りです、殿下。我々は王国の東西国境を守る臣として、これからも王家に仕え、身命を賭して務めを果たす所存。どうぞご安心ください」
場の空気を和らげようとしてくれたのか、エーベルハルト・クロンヘイム伯爵はやや明るい口調で言った。
その後すぐに挨拶を切り上げ、二人の伯爵は離れていく。
「珍しいですね」
二人の後ろ姿を見送りながら、エレーナが言った。
「……それは、両伯爵が二人揃って行動しているから?」
「あら、さすがですわ殿下。王国貴族たちの関係性を、既にしっかり記憶しておられるのですね」
エレーナは大人びた表情をスレインに向けた。
東西に長いハーゼンヴェリア王国の国土。その中央を王領が占め、各貴族領を東と西に隔てている。東の貴族たちと西の貴族たちは利害が食い違うことも多く、それぞれクロンヘイム伯爵家、アガロフ伯爵家を盟主に対立することもある。
すなわち、両伯爵家はそれぞれの派閥の利害を巡って睨み合う関係。当主たちも社交の場で挨拶や多少の雑談をすることはあれど、二人仲良く行動することはほとんどない。スレインはモニカからそう教えられていた。
「今のハーゼンヴェリア王国の状況は極めて……特殊です。彼らも今は派閥を忘れ、同じ王国貴族として今後のことを話し合うつもりなのでしょう」
エレーナの考察を聞いたスレインはしばし考え、そして呟くように言葉を発する。
「……正直、思っていたよりも、彼らは……」
「好意的、に感じられましたか?」
感想を言い当てられてスレインが目を小さく見開くと、エレーナがいたずらっぽく笑う。
スレインとしては、もっと「お前のような人間を新たな主君として認められるか」と反発を食らうと思っていた。直接そう言われることはなかったとしても、遠回しにそれに近いことを言われるだろうと覚悟していた。
そんな予想と比べると、先ほどの二人の言動は相当に穏やかで、スレインにとっては驚きを感じてしまうものだった。
特にトバイアスなど、妹のみならず甥まで亡くし、甥が収まるはずだった次期国王の座に見知らぬ平民上がりの青年がいる様を目の当たりにしたのだ。その心中がどれほど複雑かは想像に難くない。表情だけとはいえ、あれほど平静を保っているとは思ってもみなかった。
「王国貴族たちには、ノルデンフェルト侯爵閣下と私が手分けして話をしました……今は敬愛すべきフレードリク陛下と王族の皆様を悼み、喪に服し、陛下の遺された国を守るべきとき。そんなときに、これ以上さらに王国の安定を乱すような者は王国貴族の中にいるはずがないと。万が一そのような者がいれば、その者は国賊として王家と全ての貴族家から粛清されるだろうと」
「……」
そう答える彼女の笑みに、スレインは凄みを感じた。
ハーゼンヴェリア王国は小さな国。何代か遡れば王家と血が繋がる貴族も多い。実際に、スレインの祖父の従兄弟筋まで辿れば子孫は何人もいる。
だからといって、もし「平民上がりの小僧は王太子に相応しくない。自分こそが次期国王になるべきだ」などと行動を起こす者がいれば、フレードリクの実の子であるスレインを王座に置きたい法衣貴族たちと、他の貴族家の台頭を許したくない領主貴族たちによって即座に潰される。
誰が出しゃばってもそのように潰されるのだ。結果として、領主貴族たちの間には抜け駆けを許さない空気が生まれる。
「それに、フレードリク陛下は領主貴族たちの忠誠を見事に集めておられました。殿下はそんな陛下の実の子であり、ハーゼンヴェリア王家の血を最も濃く継いでいるお方です。王族や貴族にとって、血統は非常に重い意味を持ちます。彼らの王家への忠誠が、そう簡単に覆されることはないでしょう。ご安心いただいてよろしいかと思います」
「……そう。分かったよ」
スレインの返した笑みは、やや硬かった。
領主貴族たちの忠誠が、そう簡単に覆されることはない。その根拠はやはり、スレイン自身ではなく、スレインの受け継ぐ血にある。
当然と言えば当然だ。スレインは王太子ではあるが、この国の貴族社会、この大陸西部の王族社会にとって異物。一個人として忠誠や敬意を集めたいのなら、一個人として努力するしかない。
彼らに、この国にどれほど応えればいいか。先はまだまだ長いことを、スレインは実感した。
その後の領主貴族たちとの挨拶は、表向きは平穏に、しかし内実は薄氷の上を静かに歩くような緊張感を孕んで終わった。
彼らは王家への忠誠の継続を口にし、しかしやはりと言うべきか、スレイン個人への忠誠を語る者はいなかった。
かたちの上では厳かに、しかしその裏には様々な者たちの様々な感情を孕みながら、国葬の一日は終わった。
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