旧題・最終話 父は殺人鬼
父さんをどうして殺す?
――組織からの命令だからだ。
なら、組織からの命令がなければ殺さないのか?
――もちろんそうだろう。
でも。
あの殺人鬼が僕の世界を毒で埋め尽くすというのなら、殺すだろう。
父さんと政府の間にどういう取引があったのかは分からない。組織の道具である僕には知らされていなかった。ただ、あいつが家族を欲したのは、分かる。
殺人鬼の考えなんて理解できないし、したくもないが、殺人鬼が今、殺人を抑えているのは、家族ごっこに夢中になっているからだ。
言い換えれば、僕たちとの生活を優先している。
家族を得た代償に、父さんは能力者である自分の身を売った。
定期健診、日常生活の監視。
外と内から全てを知り尽くされてまで、家族が欲しいものなのだろうか。
……殺人鬼の考えていることは分からない。
殺人鬼と、その殺人鬼を殺そうと家族として潜入したエージェントの二人。
生活をし始めて九年が経った今、家族間の関係に、なんの歪みも出ていないのが不思議だ。
隠蔽工作がされているにしても、僕たちの意図に父さんも気づきそうなものなのに……。
それはやはり、母さんの手腕が大きい。だけどたぶん、僕らのバランスを取ろうとしてやっているわけではないだろう。母さんだけは殺人鬼でもエージェントでもない、一般人なのだから。
彼女は、父さんが能力者だと知っていた。
今では、大々的に報道されているためほとんど全国民が認知しているが、母さんはそれ以前……、つまり報道前に知っていた人物でもある。
同じ高校、大学に通っていた、先輩後輩の間柄。
その名残は、夫婦、という役を演じている今も、呼び方で残っていた。
朝早く、僕たちが目を覚ます前には朝食を済ませ、父さんは仕事へ向かう。
父さんの仕事は会社員、と僕たちには伝えられているが、どれだけ調べても父さんが在籍している会社を見つけることは叶わなかった。原因は二つ、推測できる。
仕事内容を僕たちには明かさない契約が結ばれているか、調べた会社以前に、そもそも会社員でない可能性。……どちらもあり得る。
根気強く調べていれば見つかるかもしれないが、当然、偽名を使っているだろう。
顔写真は偽装ではないにしても……、調べる手間を考えたら、ここには踏み込まない方がいいだろうと誠也と相談して判断した。母さんも、どこに勤めているのかは知らないみたいだった。
「先輩、夕飯に食べたいものでもありますか?」
扉を開けたまま、玄関口で話す二人の声が、僕たちの自室まで聞こえてくる。
「……なんでもいい」
「それが一番、困るんですけど」
少しの間があった。父さんは長考の末、
「辰馬の好物を出してあげればいい」
「……あの子たちのことばっかり考えて。たまには自分の好みくらい打ち明けたらいいのに」
「俺も好きだぞ」
「へ……? え、えと、……夕飯の、話ですよね……?」
「それ以外になにがある? 辰馬と誠也が好きなものは、俺も好きだ」
母さんの不機嫌なオーラが手に取るように分かった。
「これ! お弁当です!」
「いつも悪い」
「そこは、ありがとう、と言ってください」
「? そうか、ありがとう」
僕でも分かる、ただ言っただけの、感情が乗らない言葉だ。
「――どうぞ、いってらっしゃい!!」
ばたんっ、と強めに扉が閉められた。
父さんの足音が、振り返る素振りなく、止まらずに家から離れていく。
「なんだよ、今の音……」
隣のベッドで誠也が目を覚ましたが、今、階下にいくのは賢くない。
まだ時刻は、僕たちがリビングへ下りる時間ではなかった。
「誠也、もう少しゆっくりしてからいこう」
熱湯にわざわざ触れれば火傷する。ぬるま湯になるまで待つ方がいい。
多少、不機嫌ではあったが、僕たちに当たる母さんではない。
というか、不機嫌というよりは、ご機嫌斜めだ。まったくもうっ、と呟いている母さん本人が、父さんに怒りを持つことを楽しんでいる節がある。
父さんに向いている好意は分かりやすい。
正体を知りながら母親役に志願するだけあって、この程度では嫌になったりしないみたいだ。
好意と言えば、矢印がまったく相手に向かない身近な人物がいる。
「俺は別の道からいくぜ。切り上げたデートの穴埋めをしなくちゃな。
あいつの家で待ち合わせをして、機嫌を取っておかねえと」
登校デート、と言うらしい。
「いいんだけどさ、任務に使えそうな相手なの?」
「別に、任務に使えるかどうかで俺は付き合う相手を決めてねえよ」
にしては、好意が相手に向いていないのが気になる。
なんのために付き合っているのだろう……?
「俺の人生、任務が全てじゃないんだよ」
そう言って、誠也が手を振り、いつもとは違う道を進んでいく。
誠也を追うと遠回りになるので、いつもの道順で学校へ向かった。
スマホで連絡を取る。
「任務以外で、任務とは関係なく、やっておくべきことはありますか?」
返答は早かった。
――任務だけに集中していればいい。
……通話が切れたスマホの画面が暗転する。
うん、スッキリした。
決めてくれた方が、分かりやすい。
迷わなくて済む。考えなくていいから楽だった。
誠也は息抜きを必要とするけど、僕は息抜きがない方が集中できるみたいだ。
任務が全てとは言わないが、任務に通じていなければ気持ち悪い。
そういう性格みたいだ、と自覚する。
「じゃあ、これは任務に繋がることだ。だからか、足がとても軽いぞ」
スマホの受信フォルダにある過去の僕からのメール……(このメール自体は誠也から送ってもらったものだ)を開いて、文面を再び見る。
この文面の真偽を、まずは確かめなくては。
―― 完全版 ↓ ↓ ――
「サツ人鬼と暗サツ者」
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