「死んだふりに気づかない~女子高生の話。」

第0話 毎日を楽しく!

「たーかーらーちゃんっ! あーそーぼっ!」

「あのさ、耳元で全力で叫ばないでくれる?」


 遠慮がない相良さがらが押し付けてくる顔を、手の平で押し返す。

 隣に置かれた椅子が、ぎしぎしと音を鳴らした。


 揺りかごみたいに、ぐらぐら、ぐらぐら――、

 少し指でつつけば、そのまま後ろに倒れそう。


「だって、ずっと喋ってるのに、たから、気づかないんだもん」


「だって私、ずっと勉強してたよね? 相楽も見てるよね?

 私、集中してたよね? 邪魔しちゃ悪いなー、とか、思わないの?」


「思わない! あたしが喋りかけて会話をする、っていう計画の邪魔をするなって思うね!」

「私の協力、必須でしょそれ……」


 BGMの代わりに、相楽と会話をする……、

 慣れたもので、内容なんて『○○しながら』でも理解できる。


「というか、そこ、通路だから。他の人の邪魔になるわよ」


「大丈夫、後ろの――、#$%くんには、許可を貰ってるから」

「その名前は別に放送禁止用語じゃないから。ほら、——くんも、落ち込んでるし」

「宝も誤魔化しながら言ったよね、今」


 正直なところ、はっきりと名前を覚えていなかった……。

 彼には悪いけど、限界まで崩して呼ぶしかなかったのだ……許してね。


「あ、そこの問題、間違えてる――宝もバカだなあ」

「…………」

 その指摘は正解なので、消しゴムで答えを削る。


 計算をし直して、正しいと思った答えを書いた。


「――うん、正解」

「……よっと」


「――痛いっ!? ちょっとっ、なんでいまあたしのことを殴ったの!?」

「ムカついたから」


「なにその理不尽ッ!! でも、だって宝の方が頭、良いよねえ!?」

「だからこそ、あんたに指摘されたのが、腹立つの!」

「あたしを下に見るの、いい加減に考え直してくれないかなーっっ!?」


 相良にとっては、最近になってから教わった範囲だからこそ分かったのだろう。

 私が教えたところだし……、


 相楽に勉強を教えていると、私の知識が相楽に不足している部分に寄っていく。

 私からすれば時間が取られるし、不規則な順序で学び直していることになる……。


 ミスが多くなるのも、偶然じゃない。


「あのさ、いま、授業中……、自習とは言え大胆な移動過ぎるでしょ。

 早く自分の席に戻りなさい」


「じゃあ言うけど、いまは現代文だよ?」


 私の机の上には、数学の教科書とノートしかない。

 相良の机の上には……、なにもない。


「そうやって授業中に遊んでるから、あとで私に教わることになるのよ……」

「いやー、だって正直、宝の方が分かりやすいんだよねー」


「そう思われる教師って……、給料分も働いていないんじゃないの?」

「――宝、口に気を付けて。先生のチョークの音が少し変わった」


 知らない振りをして、私は勉強を再開させる。


「たーかーらー、ひーまー」

「勉強をしろ」


「嫌だよそんなの楽しくない」

「人生、楽しいことばかりじゃないことを、そろそろ知るべきよ」

「人生、楽しくない時は、楽しくする努力を続けるべきだよ」


 ……一理あるけど。

 その結果のための楽しくないことを、相良は受け入れるべきだ。


「分かったわよ。話し相手くらいにはなる。

 だから、私が集中していたら、空気を読んで、ちょっかいを出すのをやめて」


「それ、あたしの基準でいいの?」

「私が合図を出す。そしたらすぐにやめろ」


 はーい、と相楽がにんまり、と笑った。


「ねえ、宝っ」

「あ、喋らないで」


「早い! あ、というか、これでずっと喋らせないつもりでしょ!?」

「ねえ、喋らないで、って言ったよね?」


「これで押し切る気か!? やらせないけどね!」


 私の脇に、相楽の手が忍び寄る。


「――うひゃあっ!?」と声が出た。


 赤くなった頬の熱を消せないまま……私は相良を睨みつける……ッ!


「どういうつもり……?」


「宝はくすぐりが弱いから、がまんできないだろうな、って思って」


 ――こいつッ!! 


「っ、ふふ、あははははははっ、いひひひっっ!!」


 という、私の笑い声が教室中に響き渡る。


「あはっ、はひっ、くッ――このバカッッ!!」

「いたいッ!?」


 がしゃん、と椅子が倒れて相楽が床に倒れる。

 そんな相楽は頬を手で押さえて、涙目で見上げてきた。


「……ガチ殴り!?」

「調子に乗らないでよ……」


「ご、ごめんごめん……冗談だもん、もうしないってば」

「信用できると思うの? どうせまた繰り返すに決まって――」


「でも、宝は優しいじゃん」

「そんな誘導に意味はない」


「むう」


 ぴり、とした痛みに顔をしかめ、相良が頬をさする……。


「……そんなに痛かった?」

「へえ、これくらいの怪我なら、宝は心配してくれるんだー」


「……加減なんてしなくても良かったみたいね」


 へらへらしている相良のことは放っておくことにした。


「嘘っ、嘘だってば! 本当に痛かったから、本当だってばーっ!」


 ぎゅっと抱き着いてくる相良のことは……やっぱり放っておく。

 構ったら負けだ……相手にしたら負け。


 そう意識しながら前を向くと、ばちん、と先生と目が合った。



「……君たち、本当に仲が良いね……」


「誰がこんなやつと!!」



 私の叫びは、クラス中から否定的な目で見られた。


 ―― ――


 完全版 ↓↓


「死んだふりに気づかない親友が心配して救急車を呼んでしまった話と死んだふりを知っていながら救急車を呼んでいつ自分から起きてくるのか試している女子高生の話。」

 https://kakuyomu.jp/works/16816452218397027307

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