第2話 切れない縁
放課後になってから、随分と時間が経っているのでそろそろ日が暮れそうだ。
今日はもう会えないと思っていたが、意外にもやつは近くにいた。
駄菓子屋の前のベンチで、小さなカップ麺を食べている糸上春眞だ。
「よっ」
控えめに手を上げると、彼女は麺をすすっている最中でぴたりと止まり、片手で持っていたカップ麺の容器を膝の上に落とした。
「ッッあ、つうっうううういっ!?」
中身がこぼれ、熱湯が彼女を跳び上がらせた。
「え……、そんなに驚いた? わっ、て、驚かしたわけでもないのに」
「驚くわよ! き、記憶を抜き取ったし、手帳だってバラバラに切ってやったのに!!」
「実は二冊目があったんだ、って言ったら?」
「それはない。だってあんたをバラバラにして、全部のポケット、カバン、下駄箱とか探して、あたしの情報がもうないことを確認した。スマホのデータの中も見て、切り取ってあたしのスマホに貼り付けて、これ以上ないってくらい完璧に証拠を抹消したのに!!」
おい、今さり気なく、僕をバラバラにして、とか言わなかったか?
え、僕の体はバラバラになっていたのか?
「……だるま落としみたいに身長が縮んでいたら、お前を許さないぞ」
「へえ、あんたのそれがコンプライアンスなんだ」
どや顔で、僕の弱みを握った、と浮かれているらしい。
……、ああ、コンプレックスと間違えたのだろう。
僕はお前の弱い部分を見つけたぞ。そう、頭だ。
「大丈夫、大丈夫、あんたは元々、あたしとそう変わらないチビだから」
「低身長を、別に劣等感には思ってないけどさあ」
確かに、意識して見ると、並んだ僕と糸上の身長は同じだ。
本当に、だるま落としみたいに胴体のどこかを抜いたんじゃないだろうな?
「いつもは自分が上から見下ろしていたみたいな言い方じゃんか。ムカつく……!」
売り言葉に買い言葉の感覚で言ってしまったが、身長は同じだったはずだ。
過去の僕が調べた糸上のプロフィールにあった身長と僕の身長が一致している。
胴体が抜かれたわけじゃなく、元々、目線が合う身長なのだ。
「あ、でも身長が同じなのに、どうして糸上の方が体重が重いんだ?」
「――おもっ……!? こ、殺してやるッ、お前はほんとうにバラバラにしてやる!!」
糸上のコンプレックスを刺激してしまったらしい。
スカートの下、太ももに巻き付けていたホルスターからハサミを取り出し(いや、殺し屋かよ)、じゃきんじゃきんと音を鳴らしながら僕の体を切り刻んでいく。
体の各パーツが分断されて、ぼとぼとと地面に落ち、積まれていく。そして、ショートケーキのいちごのように、残された僕の頭が、積まれたパーツの上に落下した。
血は一滴も出ていない。
ただ、バラバラにされたという感覚。当然、痛みもなかった。
切り刻まれた痛みはなくても、指を動かして、触れた自分の足の感覚がある。
見ている方もそうだろうが、僕自身もこれは気持ち悪い。
僕は今、これどうなっているんだ?
一旦、全部を型から取り外した完成前のプラモデルみたいになっているのでは?
「手も足も出ないだろー」
糸上が屈んで、僕の頬を指でつんつんと押してくる。
優越感がひとまず、彼女の怒りをおとなしくさせてくれたらしい。
「……こんな道の真ん中で、惨殺事件みたいな状態でいたらさ――」
予想したのも束の間、通行人が僕を見て、すぐに開口、周辺に届く悲鳴を叫ぶ寸前で、
糸上が、ハサミで音を切り取った。
「悲鳴を、スマホに入れて……、音量を下げてから、再生っと」
小さくなった悲鳴が、僕と糸上にだけ聞こえ、騒ぎになることもなかった。
「なにその面白い使い方」
なんでもできそうな能力だ。
この場で見た記憶を切り取られると、通行人は何事もなかったように去っていった。
「戻してくれよ」
「ねえ、なんでそんなに落ち着いてるの? 全身をバラバラにされてるんだから、ちょっとは騒いで泣きついて、あたしに助けを求めればいいのに」
「だって、別に痛くないし」
すると、パチンッ!! と、頬に熱が刺さる。
「……なんでビンタした」
「痛くないって言うから」
これで助けを求めるなら、バラバラにした意味がない。
たとえば全身を拘束して、ビンタをすれば同じように助けを求めるだろうけど……。
「いいから戻せって。万能そうな能力でも、隠し通すにも限度があるだろ。普段の能力の使い方が控えめなのは、大胆なことをすればすぐにばれるって思っているからだ」
日も暮れ始め、通行人も少ない道だからこそ、僕がバラバラでも未だ騒がれていない。通っても数人、であれば、糸上の能力で隠蔽はできる。だが、さすがに人が多くなれば、難しくなるだろう。ハサミが能力発動のトリガーなら、両手に収まる数しか扱えない。
隠蔽に限れば、集団でこられてしまえば、対応し切れなくなる。
そうなる前に早く戻せと言っている。
「じゃあ教えて」
「なにを」
「今回は、どうやってあたしのところに辿り着いたわけ? 記憶も、手がかりも切り取った、あんたにはなにもないはずなのに、どうして。
なんとなくとか、運だとか、そういう縁を頼りにしたわけでもないんでしょ?」
「まあ、僕も手がかりをいつも後生大事に抱えているわけじゃないから」
「それを教えなきゃ、体は戻さないから」
糸上からすれば、次の僕の追跡を逃れるため、今回の経路を潰そうとするだろう。
そう予測できるのだから、教えるのは拒みたいところ……だが、今回の経路は、教えたところで徹底的に潰せる範囲には収まっていない。
ネットに一度でも上げてしまえば、一生、どこかで残り続けるように、僕のアナログ的なクラウド機能は、僕を知り尽くしていなければ全てを潰すことは不可能だ。
今回はたまたま誠也だったが、たとえば両親、従兄弟、バイト先、拡散してしまえばいくら記憶を消したところで、僕に返信がくる。後は同じことの繰り返しだ。
文面が同じなら、僕は糸上を追い続ける。
既に、自分にかけられていた悪評なんてものは、どうでもよくなっている。
能力者である糸上春眞に、興味を引かれてしまったのだから、仕方がない。
「誠也? あの人気者の?」
取引に応じて教えると、糸上が顔を真っ青にした。
「……口が軽そうなあいつに教えるとか……最悪過ぎる……!」
「大丈夫だよ、まったく信じてなさそうだったし。
僕の妄想だったって言えば、あいつは信じると思う」
「うーん、まー、そうだよね。急に能力者って言われて信じるやつはいないか」
いるからこそ、僕は何度もこうして会いにきてるんだけど、気付いてなさそうだ。
彼女がこれで納得したなら、わざわざ石を投げ入れることもないだろう。
その後、悪戦苦闘しながら、糸上は僕の体を組み立てた。
バラバラだった体が、継ぎ目も分からなくなり、ぴったりとくっついている。
どういう原理かは分からないが、バラバラでも血はきちんと通っていたらしい。
もしかして実際に切ったのではなくて、そう見せているだけなのかもしれない。
トリックアートみたいな。
すっかり日が暮れ、駄菓子屋も閉店時間になった。
シャッターが下りるのを見届け、僕も糸上と別れることにする。
「なんだ、僕の記憶はもう切り取らなくていいの?」
「いいよもう……。どうせなんとかして、また追いかけてくるんでしょ? だからもういい……ただし! あたしの能力のことは誰にも言わないこと!!」
「言わないよ、バカだって思われる」
たとえ言ったとしても、糸上が知らんぷりを決め込めばいいだけだ。
情報が漏洩しても、それを信じる人間が他にいない。
実際に見てしまわない限りは。
「お前も、能力を使ってずるすんなよ」
「……坂上くんにはもうしないよ」
「僕以外にも……まあそれはいいか。糸上の能力だし、僕に害がないなら見過ごす」
逆を言えば、害になればそれを除去するため動く。
今回のようにだ。
別れ際、なんとなく、聞いてみた。
「そう言えば、まず最初に切りそうなものがあったのに、それは切らなかったのか?」
「? それって?」
「縁」
切ってしまえば、記憶や手がかり以前に、繋がりさえなければ、僕は糸上に到達しようがない――オカルトの領分になってしまうが、その力は絶大だ。
それ一本、
なによりも強い繋がりを、どうして切らなかったのか、分からなかった。
「なんで?」
「……そんなはっそー、なかったなー」
「なんで動揺してんだよ」
あ、もっと早く気付いていれば、手間が省けたと知ってのガッカリ感だったのか。
あくまでも推測なので、縁を切れるかどうか分からないし、切られたとして、糸上に会えなくなるとも限らないけど。
同じクラスなのだから当然、毎日、会うわけで。
縁なんて切ってもすぐにまた繋がりそうなものだ。
僕と糸上は、果たして切っても切れない縁なのだろうか。
「じゃあ、また明日、糸上」
真っ暗な道の一部を照らす、スポットライトのような街灯の下で、糸上と別れた途端だ。
「待って」
と、糸上が僕の制服をつまんで引っ張った。
重心を後ろに崩した僕の体と、前のめりの彼女の体がぶつかりそうになる。
急接近するのは、顔だった。
フルーツのような甘い香りを最後に、
意識が(三度目)、ブラックアウトした。
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