part3
第1話 アルアミカ その2
生物の頂点に立つ竜は、数千年前から圧倒的に――強過ぎた。
同等だと思っていた相手と切磋琢磨しながら弱肉強食の世界で競っていたかと思えば、実際は彼らの単独勝ちだった。気付けば彼ら以外の生物は滅び、食糧としていた自然も消えてしまい、あっという間に世界は荒廃してしまった。
枯れた大地はひび割れ、彼らが歩く度にそのひびが広がっていく。大地が徐々に沈み、噴煙が周囲を覆ってしまった。噴出した重たい空気が底に溜まってしまうが、巨大な体を持つ彼らにはなんの影響もない。ゆえに、足下の世界に気を配ることもなかった。
彼らの頭を悩ます障害は存在しない――はずだった。
「しかし、彼らはお腹が空いてしまったのです」
何百年と食べなくとも平気な竜の体にも、限界が訪れたのだ。
強大な力を持つ竜を脅かしたのは、生物である以上避けられない、飢餓の恐怖である。
「た、たいへんだよ! だって、生物も自然もなにもないんでしょ!?」
「そう、どこを探しても食べ物なんてなく、食べられるとすれば同じ竜だけ……。
だけどおとなしく食べさせてくれる竜なんていないから、竜同士の激しい戦いになってしまったのでした……」
「大ゲンカだね」
竜と竜がぶつかり合えば、勝負がつくことは稀であり、そのまま数百年と戦いが続いてしまう――そのため、結局、餓死してしまう竜が多数いた。
仲間の末路を見た竜たちが、自分たちが生き延びるためにある方法を取った。
それは――食糧を生み出すこと。
扱いやすく、逆らっても絶対に竜が脅かされることもない……、尚且つ、短時間(竜からすれば)で繁殖し、莫大に増殖する生物。
当時、ある竜の背中でこそこそと生き続けていた、竜を出し抜いた生物に敬意を表し、魔力を宿した貴重な餌として、抜擢されたのが――、
そう、人類である。
そして、彼らが食したことで判明した、餌の好みを分析した結果……、最も栄養価が高く魅力的な味が染みているのが、魔力を宿した、成人する前の少女である。
現在では、彼女たちを『魔女』と呼んでいる――。
アルアミカの語りを、椅子に腰かけ、頬杖をつきながら、ディンゴもアリスと共に聞き入る。
「……まじょ?」
「うん、魔女。竜が持つ魔力を体内に宿す人間のこと。
……竜によって造られた人間ってことになるね」
「聞いたことある!
悪い子はまじょに連れていかれちゃうって、みんなが言ってたよ!」
ディンゴが知る姫様は、王宮に閉じ込められ、自由に出入りができないでいた。国王の厳しいしつけによるものだ(結局、ディンゴの手引きで自由に外出をしていたのだが)。
姫様の中では、ディンゴが国王の役割を担っているために、ディンゴの存在が消えているのかと思ったが、姫様の記憶年齢自体が、ディンゴと出会う以前まで遡っているらしい。
ディンゴと出会う以前までは、活発に外へ出ていたやんちゃな姫様だった、とは聞いていた。
姫様が箱入り娘となったのは、ディンゴを助けた一件がきっかけとなったのだ。
放っておけばすぐに危ない橋を渡る、と、国王の不安が姫様を押さえつけるようになってしまった。……それ以前からも、国王から姫様への接し方は少々強かったらしい。
国王の役目を担うディンゴは、嫌われ具合を現在進行形で体験しているためよく分かる。
なので、ディンゴは一人だけ、部屋の隅にいることだけを許された。
天蓋付きベッドの上でじゃれ合う二人を、遠巻きに見ることしかできない。
そのため、アルアミカの語りに横槍を入れることも、当然、禁止されていた。
「大丈夫、魔女はそんなことしないから。
ただ魔法が使えるだけで、他は人間と大差ないんだから、差別するのも可哀想でしょ?」
魔女が悪い子を攫う、という伝説も、親が子供をしつけるためにいつどこで誰が言い出したか分からない、風の噂だ。
そのせいで魔女への印象が悪くなっているが、実際に魔女が悪いわけではないし、悪行をしている姿も見たことさえないだろう。
自称ならともかく、魔女がこちらの世界へくる機会などまずないからだ。
彼女たちの生活圏は、『ここ』とは別の、彼女たちが作り出した世界にある。
「竜たちは作った魔女たちを餌としましたが、当然、魔女たちもただ食べられるわけにもいかないと、反抗し出したのです」
第一に、別世界へ逃げるという一手。とは言え、竜が生み出した魔女たちが作り出した世界に、竜が干渉できないはずもなく……、籠城は早い段階で崩壊してしまった。
いくら人間からかけ離れた力を持とうが、竜に対抗できるものではない。
「竜がきたの!? え、じゃあ、みんな食べられちゃうよ!」
「魔女たちは慌てました。ですがその時の魔女たちは、食べられることはありません」
なんでー? と質問する姫様へ、アルアミカが聞き返す。
「なんでだと思う?」
早く話せ、と思ったが、口出し禁止のため、急かすこともできなかった。
姫様が楽しみながら聞いているので、まあいいか、と、ディンゴは前に移動しかけた腰の重心をあらためて元へ戻す。
「うーん……」
と悩む姫様。アルアミカも正解へ誘導する気はないようだ。
「魔女たちは竜と取引をしました。
今よりも美味しい魔女を差し出すから、少しの間、待っていてください、と」
つまり生け贄だ。魔力の質が高ければ高いほど、竜は美味に感じる。
その快楽は、数百年も待ってでも得たいものであることを、魔女たちは確信していた。
取引を成立させた魔女たちは、すぐに魔力を高める方法を探り始めた。
数百年も待たせておいて味に変化がなければ、次こそ魔女たちは貪り喰われてしまうだろう。
そうならないためにも、研究施設兼教育所として、学院が設立した――、
創立から数千年が経った今でも尚、続いている、巨大な魔女学院である。
アルアミカも、もちろんその学院に在籍していた。
「学院で高成績を収めた魔女は卒業を経て、竜に食べられるのです。
それは美しいことだと教えられていました。恐怖する者は誰もいませんでした……」
人間が竜を崇めるように、魔女にとってもそれは同じことだった。
竜に食べられることは、竜と一緒になること。
我らが敬愛する竜に進化すること――信仰力もまた、成績の一部となっている。
竜に捕食されることを恐怖する者は、魔女として半人前であり、落ちこぼれである。
そう、教えられ、そして学院内でも蔑まれてきた。
「ですが、高成績を出す魔女も数を減らしていきました。竜への信仰が、次第になくなりつつあったのです。そうなると質の良い魔力を持つ魔女が用意できなくなり、竜たちも中途半端な味では満足できなくなりました」
「……それから、どうしたの……?」
姫様は途中から口を挟む頻度が減り、真剣に聞き入っていた。
緊迫した状況を、感受性豊かに感じ取ったのかもしれない。
「味の品質が落ちたことで竜たちは怒りました。何千年と続いた魔女たちの世界が再び危機に陥ったのです。……解決方法は分かっています。しかし、竜たちを満足させる味を持つ魔女を育てるのは難しく、事態が回復することはありませんでした」
逆に、悪化する一方であった。
残っている魔女は、落ちこぼれと呼ばれている最底辺の味しか持たない者たち。
竜に捕食される恐怖を持つ内は、魔力の質が上がる効率は悪くなり、時間がかかってしまう。
強い向上心と背丈以上の経験により、魔力の質はぐんと上がるのだが……。
「だから考えました。自発的な上昇志向を抱かせるにはどうしたらいいのか、と」
竜に捕食されると分かっていて、魔力の質を高める魔女はいない。
彼女たちにとって捕食される恐怖はなによりも避けたいことなのだ。
誰だって、死にたくないのだから。
「――彼らは、逆に考えたのです」
捕食されるのが最大の恐怖であると言うのならば。
「成績上位でなければ、下位の者から捕食されていく――」
期間は一ヶ月。
その間に順位を上げなければ、最下位であった者は問答無用で竜に捕食される。
順位を奪う方法は、相手の魔女を倒すこと。命を懸け、頭を使い、自分の限界を越えた戦いを経験することで、魔力の質が上がっていくはずだ。
――そう、彼らは結論づけた。
捕食されたくないがために他者を蹴落とし、生き残ろうとする。
その必死の戦いは、落ちこぼれであろうとも必ず成長すると踏んでいたのだ。
人は、追い詰められれば限界以上の力を引き出せる。
それは魔女であっても例外ではないはずだと――。
「今、世界各地に魔女が散り散りになり、機会を窺っているのです……」
己の身に刻印された順位をさらに上げるために。
「かつてのクラスメイトを、蹴落とすための策略を練りながら――ね」
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