第6話 巻き添えのキス

 男のセリフに言い返すと思いきや、

 ディンゴは立ち上がりかけている最中に不思議な光景を目の当たりにする。


 雨が落ちている地面を見つめると、小さな球体が大量に転がっていた。

 それが今も増えている。


 球体の上に球体が落下し、金属音が繰り返される。

 さっき、妙に耳に残っていた音は、これだったのだ。


 ……しかし、これはなんだ?

 音の正体は分かったが、これそのものの正体は未だ不明だった。


 ……鉄、か? 鉄の玉? 一体、どこから――。


 ふと自分の手の平を見た時に、不可解な現象の答えが出た。

 滴る水滴が自分の右手を通り、落下する瞬間に鉄の玉となって落下した。


 そして金属音を鳴らすのだ。


「…………」


 手の平を地面につけ、持ち上げてみると、触れた部分の水が固まっていた。

 水滴は球体に、広がった水溜まりはまるで鉄板のように。

 ――液体が、固体になっている。


『見せてみろよ、お前の魔法を』


 そう言ったのは立ち塞がる男だった。

 授かった魔法があるはずだとも言っていた。


 ディンゴの手の甲には、最も若い数字が刻印されている。


「おい元魔女」

「だから魔女じゃ……いや、元だからいいのかも……?」


「逃げるなよ、お前には色々と、聞きたいことがあるんだからよ」


 立ち上がったディンゴに嫌気が差した男が、眉間を指で揉みほぐす。


「お前もしつこい奴だ」

「それ、あの元魔女もお前に感じてるだろ、ストーカー野郎」


 言葉を交わしても平行線。元より和解する気など二人にはない。

 男は再び拳を握り、ディンゴは拳を開いた。


 その変化に一瞬の戸惑いを見せた男より、ディンゴの手の方が早く振るわれた。


 落下する水滴に触れ、軌道を真下から真横へ。水滴を払い、男へ浴びせる。


 男に向かった水滴は当たる直前で固まり、鉄と同等の硬度へ変化し、


 ――男の肉体を突き破る。


 肩、胸、腹、腰、太もも、そして頬に穴が開く。


 耳慣れない発砲音と共に男の姿が後ろに倒れて、水に溶けて消えていった。


 男の体から溢れた大量の泡が、八方へ散り散りになっていく。



「それもお前の魔法なら、正々堂々と目の前にこい!」


「ちっ、アルアミカを目の前にして酔いが醒めたか。蓄えた酒を一気に消費するとはな」



 魔女フルッフが眷属の失態に頭を抱えながらも、目的はディンゴに勝利することでも、アルアミカへ復讐をすることではないと感情を整理する。


 眷属の手を借りずとも、すぐ足下には死にかけの魔女がいるのだから。


「君に恨みはないが、順位を奪わせてもらうさ」


 足下へ久しぶりに視線を落とした瞬間に、あれっ? と珍しく声を上げる。


「な、なな、なに!? いない!?」


 視線を回したフルッフが見つけた時、既にアリス姫はアルアミカの背後に迫っていた。


「おねーさんは逃がさない」

「え」


 腕を引かれて顔の位置を低くしたアルアミカの唇に、アリス姫の唇が重なった。


「あ!」


 ディンゴが声を上げ、アルアミカが顔を真っ赤にさせる。

 フルッフも思わず目を背けて若干、頬を紅潮させていた。


 五秒間の熱いキスの後、アルアミカが真意に気付いて悲鳴とは違った叫び声を上げた。


「な、なんてことするのよあんたわぁああああああああああああッ!!」


「口づけでディンゴに魔法が宿ったなら、おねーさんにも同じことをすればいいかなって。

 だって今のおねーさんは魔女じゃないんだし」


 どうやらぐったりとしていながらも全てを聞いていた姫様である。


「ディンゴも言っていたように、わたしだっておねーさんのことは逃がさない」


 消えろ消えろと擦るが無駄である。

 アルアミカの手の甲には『二番』の数字が刻印された。


 つまり、魔女アリス姫にとって、アルアミカが二人目となる眷属である。


「……はっ、やりやがったなあ姫サン。そうだよなあ、人に押しつけておいて、はいとんずらさせるわけにはいかねえよ。

 巻き込まれたんだ、こっちこそ巻き込み返してやらなきゃ、気が済まねえよなあ」


「そ、それは……っ、というか別にキスでなくてもいいんだけど!!」

「そうなの? てっきりキスじゃないとダメなのかなって思ってた」


 確かに、前例は一つしか見ていないわけだ。そう思っても不思議ではない。


「ん? じゃあ姫サンは、俺とキスした時は意識があったのか」

「薄らとだけど……、ッ、ちがっ、あれ緊急事態でしょ、許したわけじゃないから!」


 キスを受け入れたと解釈されて憤慨するアリス姫が抗議をしてくるが、ディンゴはまともに取り合わずに視線をはずす。

 近づくアリス姫をアルアミカが止めて、眷属を解除するようにお願いしていたが、姫様は、べーっ、と舌を出して解除する気はないようだ。


 そのやり取りを背後に感じながら、ディンゴが音もなくこの場から去ろうとするもう一人の魔女へ、水滴による攻撃を仕掛けた。


 手の平で払った水滴が鉄の球体となり、フルッフの肉体を穿とうとするが、


 空中に現れた水面のような波紋と共に、衝撃が殺され、地面へ落下し金属音を奏でる。

 彼女の足が止まり、


「眷属がいる魔女に、眷属が攻撃をしても通用しない……これはルールだ」

「知らねえよ、そんなこと」


「アルアミカに教えてもらうんだな。あいつを眷属にしたのは賢い選択だよ……、あの小さな魔女姫が狙ってやったとは考えづらいがな」


「ま、偶然だろうな。イタズラが結果的に良い方向へ転んだようなもんだ」


 そこで会話が止まる。アルアミカとは違って、彼女は口下手ではないものの、無駄な雑談を好むタイプではないようだ。


「ここは一旦引く。僕一人が残って君たちに勝てるわけもないからな」

「逃がすと思うか?」


「姫を守る騎士なのに賢くないみたいだ。気合いでなんとか立っていられているだけで、気を抜けば倒れてもおかしくないダメージを負っているはずだ。

 ……女の前で格好つけるのもそろそろ限界だろう。証拠に」


 と、魔女がディンゴの体の一部に軽い拳を当てた。

 それだけでディンゴは顔をしかめ、体を支えることができなくなった。


 魔女が跪いディンゴを見下ろす。


「手加減をした僕の力でこのざまだ。戦闘を続行させて困るのはそっちだろう」


 ディンゴが苦しんだあの男に関しても、はっきりと倒したわけではない。泡となって消えたが、フルッフに攻撃が当たらないことから生きていると分かる……、

 それに彼女の眷属があの男一人だとは言っていない。


 他の眷属がこの場に集まってしまえば、満身創痍のディンゴでは対処できない。


 自分が倒れたら……、アリス姫とアルアミカを守る騎士がいなくなってしまう。


 アルアミカはともかく、アリス姫を戦わせるのはあり得ない。


「……もう、国を狙うな、関係のない奴らを巻き込むな。

 姿を隠したりもしねえ、真っ正面から堂々と勝負を仕掛けてこい!」


「それが騎士道、というのか? 青いな……、本当に一騎打ちの戦いしか知らないような平和ボケした感性だ。……だが、いいだろう、順番に片付けるとしようか。

 そこの子を狙う前に、まずは君とアルアミカを始末する」


 その時、ディンゴの背後からゆっくりと、躊躇いながら近づく足音があった。


「ねえ、フルッフ――」


 アルアミカが声をかけたが、フルッフはそれを意図的に無視して、


「逃げも隠れも許さない。すれば、国は助からないと思え」


 アルアミカに一瞥もないまま、フルッフが飛び立った。


 閉じていた天井が開き始め、青空が再び姿を現す。


 雨もやみ、人々を苦しめていた火も全て消えていた。


 しかし、元通りとはいかない。

 失われた命が多い。

 その中には、この国を支え、引っ張っていた二名も含まれている。

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