EARTH KEEPERS

Tsuyoshi

第1話 メテオ・ストライク

 時は西暦2052年。現在、スペースデブリ(宇宙ゴミ)は深刻な問題となっていた。人工衛星の数、一万機以上。放送・通信衛星から気象衛星、測位衛星など。しかし、それらの人工衛星は、今や人類にとって必要不可欠なものだ。その衛星もいずれは寿命が来る。それを人為的に処理しなければならなかった。

 人類の代わりに過酷な宇宙空間でのデブリ処理作業を行う為、日本の企業JACA(Japan(ジャパン) Aerospace(エアロスペース) Clean(クリーン) Agency(エージェンシー))はデブリの分解、燃焼による宇宙清掃の役割を与えられたアンドロイドを開発して宇宙に打ち上げた。

 アンドロイド達は地球を中心に、それぞれα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)の区域を定め、それぞれの型番に応じた機体が宇宙の清掃業務を行っている。


「デブリ80%リサイクル化終了。あとはお願いね、グレン」


 ミニスカートの着物を着用したデザインの女性型アンドロイドが、両方の手の平からサイクロン状の物質分解エネルギーを放出する。耐熱性のあるデブリを粒子レベルで分解し、その分解した粒子を振袖の裾から放出して宇宙空間に還元させていた。

 薄緑の着物の右胸にある、薄紅色の桜が点滅する。


「了解。どうせ、俺はイブキと違って燃やすくらいしか能がねぇからな」


 女性型アンドロイド・イブキが分解しきれなかったデブリを、軍人デザインの男性型アンドロイド・グレンが両腕に装着された高出力燃焼装置で燃やし尽くす。燃やしきれなかった物質はエネルギーを物質に蓄積させ、そのまま爆発させて宇宙の塵にする。


「任務、完了っと」


 赤のパイロットスーツの左胸にある、白菊が点滅した。


「もう、グレンちゃんったら、そんなこと言わないの。アタシ達はこの美しい地球を守る守護神なのよ」


 太古の昔から地球を支え続ける、筋骨隆々で巨大な神がやさぐれるグレンを笑いながら窘(たしな)める。片膝を着く形で地球を担ぐ姿は、石膏(せっこう)色の体色と相まって、まるで彫刻のようだ。広背筋が美しい。笑顔の神が横目で彼らを見つめている。


「支えるだけが任務ってか? ある意味罰じゃないか」

「アトラスさんのお陰で地球はいつも平和に回っているのよ。素晴らしい任務だわ」


 グレンが皮肉気味に神のアトラスに返すと、イブキがグレンにアトラスの役割の重要性を説いた。アトラスは地球の自転に合わせて、自身もゆっくりと回りながら静かに頷く。


「そうよ~? こうやって何万年って支え続けるのも簡単じゃないんだから」


 アトラスは右肩の位置で地球を支えているのを、そうっとゆっくり左肩の位置に体を移動させて持ち替える。これを人間のサイズで例えるならバランスボールを担ぎ直すような状態だ。この際にもし、1mmでも傾きがズレるとポールシフトが起きてしまうので、地球の回転軸の位置が変わらないように、慎重に体を移動させた。


「磁場が逆転しないように持ち替えるのも大変なのよ~? あぁ、肩が凝るわ~。出来るなら石になっちゃいたいぐらいよ」

「重要な役割ねぇ。俺としちゃあ、あらかたの物を分解出来るイブキの能力が羨ましいぜ」

「私達にはそれぞれ役割を持って生み出されたのよ。グレンの能力も大事な役割よ」

「俺の能力なんて大気圏突入時の燃焼力にも及ばねぇ。大気圏サマがあれば、俺なんて必要ないと思うんだがね」


 国際ガイドラインに人工衛星を処理する方法の一つとして、大気圏に再突入させて燃焼、滅却させる方法がある。その時に燃焼しきれなかった燃えカスの一部は南太平洋の『ポイント・ネモ』に落とす。別名『宇宙機の墓場』と呼ばれ、数えきれない程多くの残骸が海中に積もっている。


「もぉ~、そんなに卑屈にならないの! グレンちゃんの力だって立派じゃない」

「それに、ポイント・ネモに落とすのが問題だから、グレンの能力が必要になってくるのよ」


 ぶっきらぼうで投げやりな態度でデブリの燃焼作業を行うグレンに、アトラスとイブキがグレンの能力に誇りを持つように諭した。


「それにアンタ達が来てくれて、こうやって毎日おしゃべり出来て、アタシは嬉しいわ。ずっとアタシ一人で―――」

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 巨大な飛行物体が地球に接近中!』


 アトラスが二体に話し掛けている最中、イブキとグレンの通信装置にJACAからの緊急通信が入る。内容は直径百メートル級の隕石が地球に向かって接近しているというものだった。もし、これが日本に落ちれば東京が一瞬で壊滅するほどの威力だ。


『イブキβ、グレンβに告ぐ。至急、隕石を軌道から逸らし、地球への衝突を阻止せよ』

「なんですって!? 解析開始!」

「どうしたの!? 何が起こってるの!?」


 JACAからの伝令を受けた二体が即座に飛行物体についての解析を行う。アトラスは突然の緊急事態に慌てふためく。


「・・・・・・解析完了。地球に隕石が接近している。衝突まで残り三時間ってところだ」


 解析が完了したグレンが冷静沈着なトーンでアトラスに隕石の接近を告げる。


「なんですって!? このまま衝突したらポールシフトが起きちゃうじゃない!」


 もし、ポールシフトが起きてしまうと『宇宙線』という宇宙からの有害なエネルギーの粒子の直撃を防ぐ力が弱まってしまう。宇宙線が地球に直撃すると地球の生物や通信施設、電力施設などに悪影響が出る可能性があるのだ。


「しかしどうしたもんか、このサイズは俺達でどうにかなるもんじゃねぇぞ」

「・・・・・・ダメだわ。何度やっても成功率が上がらない」


 イブキとグレンは電子脳で高速演算を繰り返すが、どうやっても成功率が10%にも満たない結果が打ち出される。


「私達じゃ、どうしても無理・・・・・・本部に援護要請を―――」


 イブキがどうしても上がらない成功率に、JACAに援護要請を出すべく、本部に通信を試みた。そんなイブキの隣で、グレンはアトラスに視線を向ける。


「アトラス、アンタどうにかできないのか?」

「無理よぉ! アタシ動けないのよ!? 仮に動けたとしても、アタシ地球以外の物はすり抜けちゃって触れないんだから! そういう制約があるのよ!」

「不便な体だな・・・・・・しかしアンタも無理なら、いよいよ俺達でどうにかするしか―――」


 グレンがアトラスに助力を求めるも、彼は星を維持する神々の制約により、自分が守っている星以外の物質に触れる事が出来ないとの答えが返ってくる。その言葉にグレンはアトラスの助けは諦め、自分達でなんとかするしかないと思った。その時、


「私達だけでは無理です! 援護の要請をお願いします!」


 イブキの必死な声が隣から聞こえてきた。


『首相にミサイルの要請はしている。最悪の場合、地上から隕石の迎撃をする。以上だ』

「待ってください! 司令! 司令! ・・・・・・・・・通信が切断されてしまった」

「地上からはそれが限界だろうな」


 本部からの援護もあまり期待出来ない。グレンもイブキと同じ通信信号を受け取っていた為、通信内容を聴いてグレンはイブキ同様消沈していた。


「どうやら・・・・・・その様子じゃ、ダメだったみたいね。せめて、他にもアンタ達みたいなのがいたら良いのにね―――」


 アトラスがイブキとグレンの様子を見て、溜め息をつく。


「そうよ、それだわ!」

「キャッ! びっくりした~。どうしたのよ、イブキちゃん?」


 アトラスの言葉に閃いたのか、急にイブキが大声を上げた。彼女の声に驚いたアトラスは、イブキに何を思いついたのか尋ねた。


「他の区域にいる私達と同型のイブキ・グレン達に援護要請をすれば・・・・・・・・・上がった! 成功率はまだ全然低いけど、27%に届いたわ!」


 イブキは自分達とは別のα区域、γ区域の同型機に援護要請をすると提案。そして演算の結果、10%にも満たなかった確率が27%に届くという結果が出た。


「私達イブキ型のサイクロンエネルギーを収束させて、隕石を分解。それをグレン型達による収束燃焼エネルギーで爆散・燃焼。そうすれば粉々に散った隕石は大気圏衝突時に燃焼し切れるわ」


 自身の計算の結果、一番高い成功率で打ち出された案をグレンに伝えるイブキ。


「・・・・・・たかが27%じゃ無理だ! 73%は失敗するって事だろ! それにリスクが高すぎる。俺達も無事じゃ済まないぞ!」


 そんなイブキにグレンは至極当然な事を返す。たった10gの物体でも衝突すれば、1tの車に時速100kmで衝突されるのと同等の威力をもらう事になる。しかし、この隕石の質量はその何千倍、いやそれ以上もある。あまりにも無謀過ぎる提案を否定する。

 だが、イブキも負けじと強い口調でグレンに言い返す。


「さっきまで10%も無かったのよ!? そんな絶望的な状況で27%に成功率が跳ね上がっただけでも凄い事なのよ! やってみなくちゃ分からないじゃない! それとも、グレンにはこれ以上の成功率を出す方法を打ち出せるの!?」


 イブキは激しい身振り手振りでグレンに訴えかける。長く結った一束の銀髪が、無重力空間でゆらりと揺れた。


「それに、無事じゃ済まないのは分かってる。でもこれは私達にしか出来ない任務なのよ」

「・・・・・・・・・悪い。はぁ・・・・・・分かった、イブキの案で決定する」


 イブキに言い返され、ぐうの音も出なかったグレンは反論を諦めた。溜め息をつきながら、金髪を掻き上げる素振りをして彼女の案に乗る事にした。


「・・・・・・・・・・・・」


 その二体のやり取りを見ていたアトラスは、何か思う事があったのか複雑そうな表情を浮かべて黙っていた。


「イブキα、グレンα、イブキγ、グレンγ、応答願います! こちらイブキβ! 至急応答願います!」

『・・・・・・・・・・・・』


 イブキは他機体に緊急要請を出すが、何故か通信が繋がらない。その様子にグレンも苛立ち始めていた。


「くっそ、何で誰も応答しないんだ!」

「・・・・・・・・・あのね、グレンちゃん」


 アトラスが重い口調でグレンに話し掛ける。しかし、グレンはアトラスの言葉にすら、


「うっせーな! 今話しかけるな! 時間がねぇんだよ!」


 焦りなのか苛立ちなのか、強い口調で彼を閉口させる。


「・・・・・・・・・ダメ、繋がらないわ! グレン、私はこれから本部に問い合わせてみる。グレンは他区域のイブキ・グレン達のところに直接向かって招集を掛けてほしい! もし途中で通信が返って来ても良いように、通信はONにしておいて!」


 他機体に繰り返し通信を試みていたイブキは、いつまでも繋がらない通信に見切りをつけ、本部から他機体に緊急要請を出してもらうとグレンに伝える。それと同時に、他機体のいる区域に直接向かって、通信による要請が間に合わない場合は直接招集を掛けてほしい旨を併せて伝えた。


「分かった。これからすぐに向かう」

「お願いね。私は本部への通信が終わり次第、隕石への接触を試みるわ。皆が来てくれるまでの間、少しでも分解を―――」

「それはだめだ。俺が他の奴らを連れてくるまでは接触するな。・・・・・・イブキの能力が鍵なんだ。慎重に行動してくれ」

「・・・・・・・・・分かったわ。グレンと他四体の仲間が到着するまでは待機するわ」

「あぁ、そうしてくれ。じゃあ行ってくる」


 本部とコンタクトを取った後に、単独で隕石との接触をしようと考えていたイブキを冷静にグレンが窘める。そしてグレンはイブキから離れ、α区域の方向に向き直す。両腕の燃焼装置を足元に向け、爆発エネルギーを溜めるグレン。


「・・・・・・・・・待って、グレンちゃん!」


 アトラスがグレンにどうしても話したい事があるようで、彼を呼び止めるがそれも虚しくグレンの腕の装置にエネルギーが溜まる。そのままグレンはエネルギーを爆発させ、その推進力を利用して一気に加速。彼の制止の言葉を無視して、アトラスの顔の向きとは逆の方向にある目的区域に向かって、グレンはロケットのように飛び出して行った。

 そしてグレンが飛び立つのと同時に、本部に再び緊急通信を行うイブキ。


『こちらJACA本部。イブキβ、どうした』

「α区域とγ区域のイブキ・グレンと通信が繋がりません。本部から緊急通信をお願いします」

『・・・・・・・・・了解。イブキβは通信の確認が取れるまで待機せよ』


 イブキは本部に現在の状況を報告し、本部からの返答を待つ。


『・・・・・・・・・イブキβ、応答せよ』


 それから数分後、本部から回答があった。


『現在、通信障害が発生中。他イブキ・グレン機体との通信不能。原因は不明。以上』

「・・・・・・そんな」


 イブキに届いた本部の返答は、原因不明の通信障害が発生しており、本部からも連絡が取れないとの事だった。その知らせに、イブキはグレンが他の機体を連れて到着するのを待つより他ならなかった。しかし、彼女の目の前には徐々に隕石が迫って来ている。


(早く・・・・・・みんな来て・・・・・・グレン・・・・・・)


 その頃、グレンはα区域にそろそろ差し掛かるといった状況だった。


「本部からも繋がらねぇってか。直接呼びに行って良かったぜ」


 通信をONにしていたお陰で、イブキと本部とのやり取りを聴いていたグレンは、早く目的区域に辿り着く為に、燃焼装置のブーストを強めた。


(そろそろαの奴らと合流出来てもいい頃なんだが・・・・・・・・・何だ? やけにこの辺はデブリが多いな。こっちのイブキ達は何してやがる)


 グレンがα区域に近づくにつれ、漂うデブリの数が徐々に増えていった。その事に疑問を感じたグレンは、自分達と同型のアンドロイド達と合流しようと視覚を索敵モードに切り替える。


「イブキα! グレンα! どこにいる!?」


 無数に漂うデブリの間を縫ってこの区域にいる二体を探し回るグレン。しかし、彼の目にはどれもデブリと表示されるだけで、一向にアンドロイド達が見つかる気配がない。気付けばα区域の中心地点にまで差し掛かっていた。


「チッ、奴らの信号も探知出来ない。どうなってやがる」


 グレンがアンドロイド達に搭載されているGPS信号を探知しようと試みていたが、通信同様こちらも探知出来ない。


「あぁもう! 時間がねぇってのに! ・・・・・・・・・グッ!?」


 グレンが苛立って髪を掻きむしっていた時、突然背後から衝撃を受けた。軌道上のデブリ同士が衝突して、デブリの数が連鎖的に増えてしまう『ケスラーシンドローム』によって、弾かれたデブリの一つがグレンの背中に飛んできて衝突したのだった。


(しまった・・・・・・早く・・・・・・探さないと・・・・・・・・・イブキが・・・・・・)


 視界が砂嵐混じりで、次第にシャットダウンしていく。


《・・・・・・・・・ピーーーー。システムをダウンします》


 ぶつかった物体のあまりの衝撃の強さに、グレンの機能が完全に停止してしまった。


「・・・・・・・・・えっ!? グレン!」


 隕石を前に、グレン達の帰りを待っていたイブキが、彼の信号が消えた事を察知した。


「どうしたの!? イブキちゃん!」

「グレンの反応が消えました・・・・・・・・・きっとグレンに何かあったんだわ・・・・・・」

「えぇっ、グレンちゃんが!?」


 イブキが悲痛の表情を浮かべる。しかし、悲しみに暮れている場合ではない。グレンが来ない以上、彼女だけで隕石をどうにかしなければならない。イブキはキッと隕石を睨みつける。


「私だけでどうにかします」

「そんなの無茶よ!」

「それでも私がやらなくちゃ。確かに私だけなら成功率は限りなく低い・・・・・・それでも! ゼロじゃないなら、その確率に私は掛ける!」


 アトラスはイブキを制止するも、彼女は直径百メートル級の隕石に向かって飛んで行く。手の平にエネルギーを溜めながら―――。


「―――はっ! 一時的に機能が停止していたのか・・・・・・そうだ! 時間は!?」


 停止していたグレンの機能が回復した。どうやら衝撃のショックで一時的に機能が停止していただけのようだった。グレンは意識が戻るや否や、すぐさま時間を確認した。機能が停止して十五分程、経っていた。


「現在の地点は・・・・・・だいぶ飛ばされたな。・・・・・・ん? あれは」


 グレンは自分が現在どこにいるのか検索すると、区域のだいぶ端の方に飛ばされていた事が確認出来た。それと同時に、ようやく探していたアンドロイドを見つけた。廃衛星の隙間からイブキ型アンドロイドの背中が見えた。すぐさま彼女の元に急ぐ。


「イブキα! やっと見つけたぞ。グレンαはどこにいる。とにかく俺と一緒に・・・・・・」


 グレンがイブキαの肩を掴む。すると彼女がスルっと力なく崩れ落ちた。


「・・・・・・なっ!?」


 崩れ落ちた彼女は上半身しかなかった。完全に機能が停止し、人工皮膚や着物型の装甲も所々欠損し、内部の素体が見えている。そして彼女の残骸を見つけたポイントには、彼と同じグレン型の残骸もデブリに引っかかっていた。


「・・・・・・通信が繋がらないのも、信号が探知出来ないのも、全てそういう事だったのか」

(つまり・・・・・・最初から俺達を犠牲にして、隕石の軌道を地球から逸らすのが奴らの目的だったのか。所詮、俺達は人類からしたら使い捨ての道具にすぎないのか・・・・・・?)


 グレンはデブリと化したイブキ型とグレン型の残骸を見つめる。彼の中に怒りと悲しみの感情が沸々と湧き上がってきた。


(俺達も、お前達と変わらない存在だってのかよ・・・・・・チクショウ!)


 力なく漂う彼女の残骸を強く抱き締めるグレン。本来備わっていないはずの涙が彼の目から零れた。それは真珠のような粒となって、宇宙の暗闇に消えていった―――。


「―――イブキ、聞こえるか? こちらグレン」

「・・・・・・・・・グレン!? 良かった、無事だった・・・・・・の、ね」


 雑音混じりでグレンの通信に応えるイブキ。イブキの音声に疑問を感じたグレンはすぐにβ区域の状況を検索する。すると既にイブキが隕石と接触し、分解を始めていた事が判明した。


「ごめんね・・・・・・グレンの信号が途絶えて・・・・・・私だけでやるしかないって、思って・・・・・・」


 グレンの胸の中のイブキ型の残骸が今のイブキと重なる。


(そんな・・・・・・このままじゃイブキも・・・・・・)

「待ってろ! すぐ俺も向かう!」


 グレンはイブキ型の残骸を静かに離し、近くを漂うグレン型の残骸から腕をもぎ取る。


「そっち・・・・・・レン達に・・・・・・たのね・・・・・・った、待っ・・・・・・」


 ブツッと音を立てて通信が途絶えた。


「くっ・・・・・・通信機能が・・・・・・停止した! でも! きっとグレンが来てくれる! みんなを連れて、きっと!」


 イブキは地球に迫る隕石に押されながらも必死になって手からサイクロンエネルギーを放出している。分解のエネルギーを最大出力で使う為、必要最低限の機能だけ残し、あとは全て分解と機体の冷却にエネルギーを回す。


(私達、清掃用アンドロイドは人類の期待を背負って、この過酷な宇宙空間でデブリの清掃をする。私達に自信を持って送り出してくれた博士達の為にも。私はその期待に応えたい)


 イブキの電子頭脳に地球の本部での過去データが再生される。自分が起動されてから宇宙に送り出されるまで、博士や研究員達に様々な言葉を掛けられた。


『君達は宇宙のゴミを無くす為に開発されたんだ』

『両手から物質をリサイクルする為のエネルギーを放出する高性能次世代機だ』

『宇宙のゴミ問題は君達の活躍に掛かっている』

『イブキβ、グレンβ。私達は君達に期待しているよ』


 イブキは過去のデータが再生される中、後ろを振り向き地球を見る。アトラスに支えられた星は青く美しく光り輝いていた。


「ちょっと! 一体どうなってるの!? あっ、もう少しで見えそう・・・・・・」


 アトラスが地球の自転でゆっくりと隕石の方に体が回転していく。目の端に何かが見え始めた。ぐぐぐっと顔を捻ると、そこには地球に対してはかなり小さい隕石だが、凄まじい破壊力を持つ飛来物が迫って来ているのが見えた。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!! 来ないでぇーーーーーー!!」


 衝突すれば確実に地球で天変地異が起きるサイズの隕石に、アトラスは狼狽(うろた)える。かなり屁(へ)っ放(ぴ)り腰気味になっていた。


《蓄積熱150%、160%。直ちに放熱冷却して下さい。後90秒後にオーバーロード。機能が停止します》


 イブキの体から警報のアラームと警告音声が流れ始めた。しかしイブキは隕石を受け止め、分解を続ける。既に両手の人工皮膚が剥がれ、剥き出しの機械の手が次第に融解、ボロボロと指が砕け始めていく。


「くっ・・・・・・このままでは・・・・・・緊急冷却作動!」


 両手から放たれるエネルギーの出力は変えずに、振袖パーツに装備された無数の微細な太陽光パネルで充電しながら、本体の冷却を開始する。アラームは鳴りやまないが、オーバーロードまでのカウント秒数は止まった。しかし隕石の勢いは止まらない。


「グレン・・・・・・・・・早く来て!」


 遂に両手の拳が砕け散った。手首からエネルギーが直接放出される。腕部の崩壊は徐々に進み、頼みの綱の振袖パーツが徐々に燃え始める。止まっていた機体温度も再び上昇を始め、彼女の視界の砂嵐が酷くなった。


「もう・・・・・・・・・限界・・・・・・・・・かも」

「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」


 アトラスの悲鳴が後ろから聞こえる。


『アタシ達はこの美しい地球を守る守護神なのよ』


 不意にアトラスの言葉が再生される。


(そうだ、私達は守護神なんだ! 守るんだ! この地球を!)

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 諦めかけた時に再生されたアトラスの言葉に、再び闘志が湧いたイブキは背面の腰帯からのブースト出力を上げる。そしてそのまま隕石に直接手首のエネルギー放射口を当てる。


「私は諦めない! グレンが戻って来るまで絶対に!」


 彼女の警告アラームは強くなっていく。それでもイブキは諦めない。強い意志が機体の限界を超え、彼女のエネルギー出力が更に上がる。


「イブキちゃん・・・・・・・・・頑張って! 女の意地を見せなさい!! グレンちゃんはもうすぐ来るわ!」


 地球の為に自身が壊れるのも顧みず奮闘する彼女の姿に心を打たれたアトラスは、現存するアンドロイドはイブキβとグレンβの二体しか残っていない事を今の彼女には伏せる事にした。そして、自分が唯一出来る応援を精一杯行う事を決めた。

 アトラスの声援も受けて、イブキの出力はどんどん上がっていく。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ・・・・・・・・・っ!?」


 咆哮(ほうこう)を上げて隕石の分解を続けるイブキ。だが、途中で両腕が爆発し、砕け散った。


「イブキちゃん!! もうおしまいよぉーーーーーー!!」


 警告を無視して出力を上げ続けた結果、腕部でエネルギーが暴発し、そのまま崩壊を起こしたのだ。腕部の爆発の反動により、地球の方へ吹き飛ばされるイブキ。これから起きる隕石の衝突に目を固く瞑るアトラス。


(腕が・・・・・・・・・ごめん・・・・・・グレン・・・・・・私、ここまでみたい・・・・・・・・・)

「イブキーーーーーーーーーーー!!」

(・・・・・・・・・グレン?)


 酷い砂嵐の中でイブキは声のする方を向く。そこにはもの凄い勢いで自分の方に突っ込んでくるグレンの姿があった。


「・・・・・・・・・グレン!」


 グレンはα区域からγ区域を最大出力のブーストで周り、勢いを殺さずにβ区域まで戻って来たのだった。

 そして、グレンはイブキの横を通り抜け、流星の如く隕石に突っ込む。


「あとは俺に任せろーーーーーーー!!」


 隕石に突っ込んでいく最中、グレンは右腕に爆発エネルギーを溜めていた。彼の右腕にはα型の両腕分の燃焼装置が接続されていた。


《装填率300%! 目標まで、5・・・・・・4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・》


 カウントダウンに合わせて右腕を構える。収束されたエネルギーが放射口から溢れ出してきている。


《・・・・・・1・・・・・・0!!》


 カウントダウンがゼロとなった瞬間、グレンは超強力な右ストレートを撃ち込んだ。

 イブキの決死の分解作業が効いていたのと、彼の地球一周分の勢いのついた渾身の収束右ストレートによって、グレンの拳は直径百メートル級の隕石を貫いた。


「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 グレンが隕石を突き破った瞬間、強く眩い閃光を放ち、隕石は爆発。隕石は粉々に砕け、流星群のように四方八方に飛び散った。


「・・・・・・アタシ・・・・・・助かった?」


 アトラスが恐る恐る目を開ける。そこには無数に飛び散った隕石の破片と、右腕が砕けつつも、しっかりとイブキを抱きかかえるグレンの姿があった。


「任務、完了だ」


 腕に抱えたイブキに微笑みかけるグレン。イブキは彼の笑顔に安堵の表情を浮かべ、彼の胸に頬を寄せた。地球とイブキの危機を救ったグレンに、アトラスは称賛の声を贈る。


「ヒューーー、やるじゃないグレンちゃん! アンタ達は最高のアース・キーパーズよ」


 その頃、地上のJACA本部では、ミサイル発射までカウントダウンを始める段階で、突然隕石が消滅した事に、研究員達が両手を上げて喜んでいた。博士や幹部達は椅子に深く座り、深い安堵の溜め息を吐いた。

 そして、地球のすぐ近くで危機が迫っていた事を知らない一般の人間達は、夜空に突然花火のような流星群が発生した事に驚きながらも、呑気にその光景を楽しんだ。


「ママー、みてー、ながれぼし―」

「ほんと、綺麗ね。まるで花火みたいね」


 今日も平和な地球の周りを漂うスペースデブリ。

 現在、その数一億個以上。

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