第34話 戦端

 10分後。

 最初に戦端が開かれたのは、ロートリア軍の中でやや突出して布陣していた左翼の三頭騎士団であった。

 その陣の最後尾。

 山の入口に当たるやや開けた高台に、三頭騎士団を預かる騎士団長とその護衛、そして作戦参謀がいる。

 そんな彼らの下に、伝令が駆け込んできた。


「陣の中央突破されました!! 第一連隊から第七連隊まで壊滅!! 最左翼に布陣した第9連隊も壊滅状態です!!」


「バカな!?

 幾らなんでも早すぎる!!

 中央に配置しておいた魔法兵団はどうした!?

 砲撃はきちんと加えたんだろうな!?」


 まだ戦って数分も経っていないのである。

 余りにも絶望的な報告に、将軍は思わず伝令に聞き返した。


「はい! ですが……敵の魔法防御が分厚すぎて殆ど効果ありませんでした!!

 現在三つの散兵団が敵に攻撃を繰り返しておりますが、それも殆ど効果ありません!

 むしろ被害が広がるばかりです!!

 敵の突進止められません!!!」


 伝令の返答は、殆ど悲鳴のようなものだった。


「ええい……! 我が軍はなぜこうも脆弱なのだ……!!?」


 それを聞き、将軍が思わず呻く。


「敵が強すぎるのですよ!

 アレックスターの軍は一兵卒に至るまで、魔法による肉体改造で極限まで強化されています!」

「魔法による肉体改造!?

【魔人化】の事か!

 だがあれは、余りに非人道的過ぎるとして、わが国ですら禁止されているのだぞ!!

 なにしろ強化した人間が全く別の存在に変わってしまうからな!

 見た目も心も二度と戻らない!」

「敵は構わないのでしょう。

 勝てばいいのです」


 参謀が言った。


「ぐぬ~~~~!! なんという奴らだ!!」


 将軍が拳を握る。


「将軍。

 ここは一旦お引きください。

 残る3つの隊も直に突破されま……ぐわあっ!!?」


 突如として叫んだのは、将軍の傍に控えていた作戦参謀であった。

 その胸に、鉄柱かと思う程に太い槍が突き刺さっている。

 当然即死だった。


「おいいいいい!! 将軍ってのはどいつだあああ!?」


 護衛の騎士たちを薙ぎ払い、陣の最後尾までやってきたのは身の丈およそ三メートルはある巨人であった。

 全身は毛深く、頭からは二本の角が逆さに生え、背中からは翼が生えている。

 人間というより、もはや悪魔であった。

 これはロートリアが行った『合成獣』の研究を人間に活かしたものだ。


 その悪魔が、子供の背丈ほどもある強面をにゅうと突き出し、この場で唯一の生存者である三頭騎士団の将軍を睨みつける。


「おまえかあ?」

「ひいい……っ!?」


 もはや人間味など殆どないアレックスター兵士の姿に、将軍は一気に怯え竦んでしまった。

 剣すらも抜けない。

 カエルがヘビに睨まれた時のような、根源的な恐怖が彼の脳を麻痺させていたのだ。

 どんなに勇敢なカエルも、捕食者であるヘビに立ち向かう事はできない。


「その立派な身なり、お前がロートリア軍の将軍だな!? よおおし、その首持ち帰って酒の盃にしてくれるわああああ!!」


 悪魔が参謀ごと槍を引き抜いて、柄を短く持ち直す。

 ニヤニヤしながら将軍の肩を押さえ、その首に槍の穂先を当てる。


『もはやこれまで』


 と将軍が死を覚悟したその時。


「やあああああっ!!」


 突如として青髪短躯の少女が将軍の眼前に躍り出た。

 現れたのは、聖バルク騎士団第七連隊所属ナンバー3。

 鉄柱のような巨人の槍を、羽ペンのように軽やかな剣で弾く。

 次の瞬間。


「なんだはあ」


 悪魔にできたのは、なんだと呻くことだけであった。

 その数秒の間に、全身およそ七十か所を剣で裂かれる。

 玄武岩のように重く固い悪魔の体躯が、紙切れ同然であった。


『うつくしい』


 助けられた将軍が刹那に思ったのは、それだけであった。


「大丈夫?」


 ナンバー3が、放心したまま帰ってこない将軍の顔の前で手を振り、その身を起こしてやる。

 すると、ようやく将軍が我に返った。


「かっ……かたじけない、かたじけないいいいい!!」


 そして涙を流しながら言う。


 命が危機に曝されたことなら何度もある。

 だがあの悪魔ほど恐ろしいものを見たのは、彼の40年近くにわたる戦経験の中でも初めての事であったのだ。

 彼自身情けない事だと思っているのだが、体の震えが全く収まらない。


「いいから隊を立て直してよ。

 敵はボクが引きつけるから」


 ナンバー3がそう言って、陣を離れようとした時だった。

 先に作戦参謀を貫いた槍。

 それがまるで矢のように、大量の数が一度に飛来したのだ。

 その数およそ50本。


「!!」


 自分に降りかかる槍のうち、3本を弾き、残る全てを回避したナンバー3だったが、


「ひぐあっ!?」


 将軍は槍が直撃し、死んでしまう。

 これで三頭騎士団総勢900名が全滅した。

 開始僅か10分の出来事である。

 しかも戦っている相手はアレックスターの本隊ではない。


「……助けられなかった」


 ナンバー3が態勢を立て直しながら呟く。


「おい、ありゃあ第七連隊のナンバー3だぜ!」

「いい所にいるじゃねえか!

 レアな女だ!

 ガスター様にいい手土産になるぜ!」

「ついでに犯っちまうか!?」

「がはは!!」

「殺すなよ!?」


 先にナンバー3が倒したのと同じ、アレックスターの悪魔兵たちが次々にやってきた。

 その数およそ100名。

 しかもその後方には更に200名を超える悪魔兵の隊列が迫っている。

 1対1ならともかく、300倍もの物量が相手では勝てるものも勝てない。


「……『ジャイアントキリング』って、いっちばん好きな言葉なんだよね。

 ボク、チビだから……!」


 ナンバー3は湧きおこる恐怖を押し殺すためにそう嘯くと、悪魔兵が投げつけてきた槍を掴んで投げ返した。

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