第35話 絶望的な状況で

 ロートリア軍の最左翼にて、ナンバー3が悪魔兵たちと戦っていた頃。

 同じく中央でも激しい戦いが行われていた。

 ロートリア軍主力の聖バルク騎士団とアレックスター本隊が戦っていたのである。


「あ……あいつらなんなのぉ!?」

「アタシらと同じくらい力強いよ!」

「こんなの勝てっこない!!」


 山間の緑深い地を縦横無尽に駆けているのは、聖バルク騎士団の女騎士たちだった。

 だがそこに、かつて戴冠の儀の際にロートリアの王都を練り歩いていた時の優美さは欠片も無い。

 剣も鎧も砕かれ、隊服もボロボロ。

 当然馬も無く、頭から血を流しているものまで居る。


「げははは!」

「逃げろ逃げろ女どもぉ!!」

「捕まえちまうぞぉ!?」


 そんな彼女たちの後ろから、山の木々を根こそぎなぎ倒して迫ってくるのは、アレックスター本隊に所属する悪魔兵たち。


 そう。

 開始10分で敗走したのは三頭騎士団だけではなかった。

 ロートリア軍の最主力である聖バルク騎士団もまた敗れていたのである。

 だがそれも仕方がないことであった。

 アレックスターの本隊には悪魔兵が約2000名も居たのだ。


「バルク様助けてぇ!」

「バルク様はどこにいったの!?」


 ロートリア最強の騎士団と噂される彼女たちであったが、一度敗れてしまえば年若な乙女と変わらない。

 禁忌を犯し人間の限界を超えて強くなったアレックスターの悪魔兵たちからすれば、ただのエサであった。


「ぐへへへへへへへえ!!」


 やがて追いついた1匹の悪魔兵の巨大な手により、逃れていた女騎士のうち3人が一つかみにされる。


「「「きゃあああ!?」」」

「おらああああ!!! 食っちまうぞおおおお!!!」


 悪魔兵がサメのような口を開いて、女騎士たちをパクリ飲み込もうとした。

 まさにその時。


「社交儀式剣奥義・【剣乱撃滅舞踏ソードワルツフロムPP】」


「あばあ!?」


 超高速の連続斬りが、悪魔兵を体ごと、いや立っていた大地もろとも寸断する。

 崩れ落ちる悪魔兵の体の向こう側に立っていたのは、金髪美麗の女騎士。

 第七連隊所属のお嬢様騎士こと、ナンバー7であった。


「な、ナンバー7様!?」

「アナタたち!

 狼狽えてはなりませんわ!

 バルク様はまもなくいらっしゃる!

 それまで皆で耐えますのよ!」


「「「はい!!」」」


 その一声で、女騎士たちの心に希望が蘇る。


 グワアアアアアアンッ!


 だがその時、大聖堂の鐘でも打ち鳴らしたかのような大音響が突如として辺りに響き渡った。

 直後に鮮烈な赤い光が、ナンバー7たちの居た場所を横に薙ぐ。

 極度に蓄えられた魔力を放出したことによる、熱線攻撃だった。

 熱線の直撃を受けた女騎士たちが一瞬で蒸発してしまう。


「アナタたちいいいいい!?」


 ナンバー7が叫んだ。


「ほほう! これは第七連隊所属のナンバー7ですかな?」


 如何にも他人を見下したような声音にナンバー7が振り向くと、そこに身長およそ2メートルの大男が立っている。

 筋骨隆々とした体に、破城槌ほどもある大剣と、盾ほどもある無数のプレートを張り合わせた黒い鎧を身に付けていた。

 以前バルクによってロートリア城から追い出された男、ヘルダーリンだ。


「アナタは……!【風魔将軍】ヘルダーリン!?」

「私の名前を御存じとは。光栄ですな」

「ふざけないでくださる!?

 よくも大切な仲間を!!

 許しませんわ!!!

 いざ尋常に勝負なさい!!!」


 叫んで、ナンバー7が突撃した。

 神速の突きだった。

 だがヘルダーリンは上体を軽く揺らすだけで突きを躱す。


「ふ……アナタごとき私が相手するまでもありませんね。グリフィン」


 ヘルダーリンが言って、パチン、と指を鳴らした。


「ギュオルワアアアアアアッ!」


 するとヘルダーリンの頭上から、巨大な生き物の咆哮がした。

 バキバキと大木を小枝のように踏み倒して飛来したその生き物は、グリフィンだった。

 体長は8メートルと小柄ながら、獅子のように長いたてがみと、尻尾に筒のような金属製のパーツが付属している。


「なっ……!?

 戦術級グリフィン!?」

「そうです。

 先ほどの砲撃はこいつですよ」


 ナンバー7が驚いている間に、ヘルダーリンがグリフィンの背に飛び乗る。


「どうです?

 アナタも一度喰らってみては?

 一発で昇天しますよ、ワハハ!」


 ヘルダーリンが、高みから勝ち誇った顔で嘲笑った。

 間髪入れず、ナンバー7がグリフィンに突っ込む。


「社交儀式剣奥義・【剣乱撃滅舞踏ソードワルツフロムPP】」


 まるで貴族令嬢が会場でワルツを踊るかのように。

 超高速のターンを繰り返すことにより、360度からの全包囲攻撃を可能にする必殺剣である。

 無数の刃がグリフィンをヘルダーリンもろとも寸断する。

 はずであった。


「あああっ!?」


 しかしナンバー7の剣はあっさり弾かれてしまう。

 その細身の刃がグリフィンの眉間に触れようとした時、半透明の障壁のようなものが浮かび上がって跳ね返したのだ。

 その凄まじい斥力でナンバー7は反対方向に吹っ飛び、背後にあった大木の幹を何本も圧し折ってようやく止まった。

 舞踏用のドレスをイメージした彼女の隊服はボロボロ。

 その右胸に刻まれた天秤のマークにも血が滲んでいる。


「バカな……このわたくしが……魔力障壁の反発ごときで……っ!」


 ナンバー7は両手を突き、なんとか反撃せんと起き上がろうとする。

 そんな彼女の前にズシンズシンとヘルダーリンを乗せたグリフィンが迫った。


「ブザマですねえ!!

 言い忘れておりましたが、このグリフィンはロートリアのザコグリフィンとは訳が違います!

 魔力装甲は驚愕の3000枚!

 更に尻尾に高威力の熱線魔法を放つ大砲を備え付けてあるのです!

 その威力はドラゴンのブレスにも勝るほどです!

 いわば戦略級グリフィンとでも申しましょうか!」


 ヘルダーリンはグリフィンの足元で這いつくばるナンバー7を見下ろして、愉悦の笑みを浮かべている。


「フ……! わざわざ貴重な情報を……ありがとうございますわ……! アナタを倒した後でほかの皆にも伝えさせて頂きますわね……!」


 ナンバー7が皮肉の笑みを浮かべて、剣を杖代わりに立ち上がる。


「ほおおおおおんうううううっ!!!」


 するとその姿を見て、ヘルダーリンはゾクゾクと身を震わした。

 自分よりも遥かに劣勢な相手が、強がりを言っている様にエクスタシーを感じたのである。

 彼は三度のセックスよりも弱い者いじめが好きだった。


「ふううううううう!

 でえええはもう一つうううう……!

 面白い真実を、アナタにお伝えしましょう。

 わたくしたちはこの戦で、ナンバー10から2まで、殆どの第七連隊隊員を狩って参りました。

 残るはアナタとナンバー3だけ。

 わかります?

 他のメンバーは殆ど死んでるんです。

 生き残りは捕虜にしました」

「……っ!!!?」


 第七連隊が殆ど全滅している。

 その事実を聞かされた時、ナンバー7の中で何かが砕け散りそうになった。

 仲間の危機にたちまち取り乱す。


「う……ウソですわ! わたくしはともかく、他の皆が負けるわけっ……!」

「ショックですかあ?

 ショックですよねええええ!

 だって大切なお友達『でした』もんねえ!

 クカカカカカ!!

 残るナンバー3ですが、それも300名の悪魔兵に攻撃させております。

 じきに力尽きることでしょう。

 第七連隊もアナタでお終い。

 これでロートリアもお終いということです。

 ざぁんねぇんですねえ!!?」


 気高い女騎士の動揺し切った姿に満足したヘルダーリンは、高らかに笑い出した。

 デッキブラシのように短くなった銀色のヒゲをもしゃもしゃと弄る。


「ククク!

 どうです?

 今からでも遅くありません!

 あのクソザコで無能なロートリア王を裏切り、この私の忠実な下僕として生まれ変わりたいと仰るなら特別に許して差し上げなくもありませんよお?」


 そしてイヤらしい目つきでナンバー7の艶めかしい肢体を舐め回しながら言った。

 それに対しナンバー7は、


「仲間を失い、

 正義を失ってまで生きる意味などありませんわ」


 これまでの動揺した様子から一転、毅然とした態度で言い切った。

 その返答を耳にした途端、ヘルダーリンの顔が怒りに歪む。

 目の前の女が自分の思う通りにならないのが気に入らないのだ。


「くだらない……!

 第七連隊の小娘はどいつもこいつもバカですねえ!

 口をそろえたように似たような言葉を吐きやがります!

 ザコメスなんですから、強いオス様に媚び売って生き残ればよいものを!

 そういう訳でしたらお前などに興味はありません!!

 大人しく殺されてしまいなさぁい!!」


 ヘルダーリンはそう言うと、一際高く指をパチィン! と鳴らした。

 その合図を聞いたグリフィンはグルルと喉を鳴らしながら、ナンバー7の顔に尻尾の先を突きつける。

 女騎士三人と、辺りの木々を根こそぎ焼き払ったあの熱線を顔面に直接発射するのだ。

 蓄えられた凄まじい量の魔力による赤煙が、グリフィンの体中からシュウシュウと立ち上っていた。


(クーデリカ様……みなさん……そしてバルク様……申し訳ありませんわ……!)


 死の直前。

 ナンバー7は大切な人たちの尊厳を護れなかったこと。

 そして彼らへの侮辱を許してしまった自分の非力さを悔いていた。

 そして目を閉じる。


「……」


 中々消えない意識。

 もう熱線は発射されたのだろうか。

 死んだにしてはやけに体のあちこちが痛い。

 何故か体が横たわった気もする。

 それと空中を飛んでいるような……。


 ナンバー7がそんな事を考えていると、


「大丈夫か!?」


 ふとその耳に、懐かしい団長の声が届いた。

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