第33話 バルク不在
バルクが迷宮を脱出する少し前。
バルクがいなくなったロートリア軍本陣は混乱の極みにあった。
最大戦力であるバルクが居なくなったのみならず、アレックスター軍が動いたのだ。
その数およそ3万。
更にその後方には、国王ガスター率いるアレックスター本隊8000が控えている。
巨大な黒壁のような軍団が、たった7000の、それも寄せ集めの兵しかいないロートリア軍本陣へと迫っていた。
「なぜこのタイミングが分かった!?」
クーデリカが長机に手を叩きつけて叫ぶ。
頼みの綱であるバルクが居なくなった途端、敵が攻めてきたのである。
そう叫びたくなるのも仕方のないことであった。
「たぶんだけど、なんらかの方法で転移石の発動を観測したんじゃないかな。敵は初めから、ボクたちとバルク様を分断する作戦だったんじゃ……」
作戦補佐を務めるナンバー3が俯き加減に言った。
「なるほど……先のバルク殿の消失は転移石によるものだったか……!」
「我々は、最初から敵の手の内だったというわけだな……!」
王国と三頭騎士団を指揮する将軍たちが不安そうに続く。
「……バルク殿がいらっしゃらないのでは……!」
「残った戦力ではどうすることもできませんぞ」
「今からでも遅くない! 逃げましょう!」
「バカ者が! それでもお前たちはバルクの臣下か!」
バルク不在の動揺は全く収まらない。
まるでドミノ倒しのようにどんどんネガティブになる皆の発言を、食い止めようとしたのはクーデリカであった。
この場にバルクが居ない今、自分が彼の代役を務めなければならない。
「バルクが我々に語ったことがなんだったのか、もう忘れたのか!
現実から逃げても何も解決しない!
むしろ現実に立ち向かう決意こそが、今我々に必要なことなのだ!!」
クーデリカは毅然とした態度で言い放つ。
「し……しかし、どうすれば……!」
「ただ戦っても無駄死にですぞ!」
そんなクーデリカの言葉も、一度戦意を喪失しかけた将軍らには届かない。
彼らが求めているのは、精神的な鼓舞ではなく具体的な対策法であった。
だがその身のハイスペックさゆえ、これまで『やれば勝てる』戦いが余りにも多かったクーデリカは、『やっても勝てない』戦いというのが実感できずに居た。
従って『勝てないのはやる気がないからだ』とどうしても考えてしまう。
「……」
そのため、どうしたものかと沈黙してしまった。
この場で即座に将軍らを罵倒しなかったのは、クーデリカの成長である。
「幸い、奴らは我々の陣に攻め込んできています。
このまま山に引きずり込みましょう。
バルク様がいらっしゃらないという一点を除けば、これは理想的な状態といえます」
そうしたクーデリカに足りない部分を肌で感じ取り、ナンバー3が補佐する。
彼女にはクーデリカのそうした状況が、直感的に理解できていた。
なぜなら彼女もまたハイスペックに生まれた存在である事と同時に、世の中には自分などが及びもしない天才がいる事を知っていたからである。
『世の中には、やっても勝てない相手がいる』
『そいつに勝つためには、作戦が必要』
それをナンバー3に教え込んだのは、目の前のクーデリカだった。
「ですから基本方針は一緒です。
防御の固い陣を維持したまま、山に逃げ込んで戦いましょう。
持久戦を仕掛けるのです」
「しかし、バルク国王陛下がいらっしゃらないのでは……!」
「我が軍の戦力は半減以下ですぞ……!」
「たしかに。
でも、バルク様はいずれ帰還します。
携帯できる転移石で転移できる距離などたかが知れていますから。
バルク様はこの近くにいるはず。
ボクたちさえ粘っていれば、いずれ戻って来てくださるはず」
ナンバー3が冷静に作戦を話す。
「なるほど……!」
「バルク様さえ戻ってきて頂ければ、なんとかなる……!」
バルク帰還の話に、将軍たちの顔が一気に明るくなる。
「よし。
バルクが戻るまで死に物狂いで耐える。
この戦はそれで勝てる!
それまでバルクの代わりは、不肖ながら私が務めよう。
必ず皆に勝利を約束する!」
「そう……ですな……!」
「やるしかないだろう」
「やってやれぬことなどありませんなあ!」
将軍たちが次々賛同する。
だがその表情がどこか暗いのは、彼らが自分たちの勝利をイメージできないからだ。
『どのみち今から逃げ出しても、追撃を免れる可能性は少ない』
『敵が目の前に迫っている以上は、もはや戦うしか道はないだろう』
そうした後ろ向きな感情が、どうしても出てきてしまう。
「よし!
これより私クーデリカが指揮を取る!!
歩兵連隊と民兵は広く横に広がりつつ後退しろ!
横陣を作り包囲を避けるのだ!
王国・三頭騎士団は出来る限り横陣の左右を維持しろ!
第七連隊は当初の作戦通り、遊軍扱いとする!
各人展開し、個々の武力で敵の進撃を食い止めよ!
聖バルク騎士団は私と共に来い!
突破を図る敵軍を真っ向から蹴散らしてくれる!!」
「「「「はっ……!」」」」
そんな場の弱気な雰囲気を払拭するように、クーデリカが片手を振り上げ、檄を飛ばした。
将軍たちは軍団長であるクーデリカに首を垂れ、足早に司令本部を去っていく。
その頼りない背中を見送りながら、クーデリカは、
(バルク……!
たとえお前がこの場に居なくとも……!
この剣聖クーデリカ、
必ずやお前の大切な者たちを護り切ってみせる……!)
彼女もまた一人、心のうちに不安を抱えているのだった。
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